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反撃の狼煙(下)

5.愚者の夜宴


時は戻り、ティールたちの病室にアナスタシアとアルベルトが赴くよりも前の夜のこと。


白亜のガルディニア王宮、その一角にある豪奢な第二皇子宮では、レナードを筆頭とした保守派による夜会が開かれていた。


大理石の床には最高級の絨毯が敷かれ、これでもかと贅を尽くした調度品に囲まれた部屋の玉座に、第二皇子レナードは不機嫌そうに深く腰掛けていた。


「――チッ、ジルニアの死神め。あの夜会で、この私に恥をかかせただけでなく、まだこの国に居座り続けているのか」


レナードは、大きなワイングラスに注がれた深紅のワインを煽り、忌々しそうに吐き捨てた。

彼の周囲に集う保守派の元老院の貴族たちもまた、それぞれに醜悪な笑みを浮かべながら、レナードの言葉に同調するように頷いていた。


「レナード殿下、ご安心を。あの夜、我が派閥の放った『仕掛け』は確実に機能しております。ジルニアの特級執行官本人に刃は届かなかったとは言え、我がガルディニアの旧式魔導兵器の猛毒に侵されたあの小娘を救う術など、あるはずがございません。それに刃をふるったのは第一皇女の手の者……離宮に隠れさせた術師も兵士も、秘密裏に雇った傭兵です。我々がやったなどという確たる証拠も既に処分され、この世にはございません」


ふくよかな体のシャツのボタンがはちきれんばかりに悲鳴をあげている、下俗な笑みを浮かべた元老院の議長が言った。


「左様でございます。今頃は街の病院で、血を吐いて死にゆく小娘の傍らで、あの傲慢なティール・エルドラも絶望に打ちひしがれていることでしょう。たとえアッシュフォードの生き残りであれど、所詮滅ぼされた亡国の王女。我が国の魔導科学の結晶の前には、ジルニアの犬に成り下がった女など無力に等しい」


彼らは、レナードの個人的な私怨――歓迎パーティの夜会でティールに完璧に無視され、アナスタシアの前で恥をかかされたという、あまりにもお粗末で下俗な理由のために、帝国の禁忌である毒刃を用いた暗殺を仕掛けたのだという話は事実であった。

元老院からすればそれが理由の全てでは無いだろうが、少なくともレナードの動機はそこであるのだから、もはや救いようもない。


彼らの選民思想は歪みきっており、ジルニア王国の『無言』の執行官たちが、どれほど恐ろしい「死神」であるかという本質を、何一つ理解していなかった。


「ふん、当然だ。このガルディニア帝国において、この私に逆らう者がどうなるか、あの女の目の前でたっぷりと思い知らせてやらねば気が済まぬ」


レナードは傲慢さに歪んだ口元を吊り上げ、残忍な微笑みを浮かべた。


「第一皇子のアルベルトは、あの通り病床で死を待つだけの木偶だ。アナスタシアがどれほどジルニアに擦り寄ろうとも、次期皇帝の座はこの私のもので確定している。……おい、ジルニアの執行官どもが、小娘の死体に泣きついて本国へ逃げ帰る準備を始めたら、国境で盛大に見送ってやれ。我が帝国の勝利を、世界に知らしめるのだ」


「ハハハ、殿下、仰る通りですな!」


部屋の中に、愚者たちの低俗な笑い声が響き渡る。


レナードは、自らが売ったその喧嘩が、どれほど凄絶な対価を伴って自分たちに返ってくるのか、その前兆すら気づいていなかった。


(……)


窓の外で、一羽の機械づくりの鳥が羽ばたいて去っていく。

その目は青く輝き、ことの一部始終と言葉を録画、録音のできる特殊な魔導具である。


この特殊な魔導具こそ、アナスタシアの情報源であり隠れた切り札であることを知る人間は少ない。彼女はこの鳥が持ち帰った情報を元に、翌日の病室でティール達に頭を下げたのだ。



彼らが「泣き寝入りして逃げ帰る」と信じて疑わないティールは、今まさに、死に損ないと見限られていた第一皇子アルベルトという最高の『役者』を仕立て上げ、レナードとその派閥のすべてを根こそぎ奈落へと叩き落とすための、最も優雅で、最も容赦のない終幕の準備を終えつつある。


ガルディニア王宮の頭上に広がる夜空は、まるでこれから流れる凄惨な歌劇を予感させるかのように、不気味なほどに静まり返っているのだった。


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