第8話 紫音(えっちな先輩)ルート①
「じゃ、行こうか」
「待ってよ! 私はまだあおちゃんと一緒に登校するの認めてないんだからね!?」
「あら、威勢のいい子猫ちゃんだこと。だけど一度わたくしに負けた分際でよくもまあそんな口が利けるものですわね、みーちゃん?」
「ぐぬぬ……」
今、朱美は両手に花状態である。
鼻の下が伸び切り、すごくだらしない顔面になっていた。
朱美の左腕を美桜が、右腕を蒼衣が押さえている。
この時間が永遠に続けばいいと思いながら、朱美は歩を進める。
「はー……幸せ……」
周囲の人達にジロジロ見られながらも、朱美は幸福な時を過ごしていた。
両手の花は、まだバチバチと見えない争いを繰り広げているが。
「相変わらずなのね、あなた」
ソプラノ歌手のように高く響く声。
朱美も美桜も蒼衣も、この声には聞き覚えがあった。
「いい加減一人に決めたらどうなのかしら」
「紫音先輩……」
細い目で、朱美を睨むように見ている。
背が高くてスラッとしたモデル体型が羨ましい。
この人が紫音――JKを満喫している、朱美と蒼衣の二個上の先輩で、銀髪紫目の美少女である。
「先輩……高校へ行かなくてよろしいんですの?」
紫音は高校生になったはずなのに、中学の校門前で朱美たちを待ち伏せていた。
蒼衣は遠回しに「卒業したんだからここに来るな」と言っていたのだが、そんなことは紫音の知ったことではない。
「どうしても朱美に会いたかったのよ。両手は先約があるみたいだから――ここね」
「……はぇ?」
紫音はおもむろに朱美に近づくと、そのぷっくりとした唇で朱美の唇を弄ぶ。
上唇を掴み、下唇を甘噛みし、ゆっくりと舌を入れていく。
あまりにも突然の出来事に、朱美は目を見開くことしか出来ない。
美桜も蒼衣も固まってしまい、ただ見ていることしか出来なかった。
「ちゅっ……ん……んむっ……」
「んっ……! んぁ……はぁん……」
「ん――ご馳走様」
朱美はあまりの快感に膝から崩れ落ちる。
美桜と蒼衣も、朱美につられて膝を折った。
対照的に、紫音はすごく恍惚とした表情で元気そうにスキップしながらこの場を去っていった。
「な、なんなのあの人……っ!」
「あの方、とてつもないわざを持っていましたわね……」
美桜は敵意を剥き出しにし、蒼衣は尊敬の眼差しで紫音を見ている。
朱美はというと――
「しゅ、しゅごい……」
――余韻に浸っていた。
☆ ☆ ☆
紫音と出会ったのはいつ頃だっただろうか。
確か小学校高学年の頃だったと思うが、その頃から紫音の色気はすごかった。
ほぼ毎日顔を合わせていたが、あの人は会う度にキスしてきた。
「朱美とキスをするとその日の歌のコンディションがよくなるのよ」
などとわけのわからないことを言いながら。
紫音の歌はプロ顔負けで、一度聞いただけでその世界に引き込まれてしまう。
「朱美のキスは麻薬ね」とまで言われてしまった。
朱美は紫音のことが嫌いではない。
むしろ顔も声も綺麗で好きだった。
だが、キスだけはどうしても苦手だ。
紫音の歌は好きだし、キスも気持ちいい。
でもそれ以上に、自分の全てを支配されているような錯覚に陥るのが嫌だった。
だけど、それと同じくらい幸せな気分になるのも事実だった。
「ぷはぁ……今日はここまで、いい顔になってきたわね」
「はぁ……はぁ……紫音……」
「あら? もっとしてほしいのかしら?」
小学生の頃は先輩後輩もなかったため、呼び捨てで呼んでいた。
思えば、朱美が女の子とイチャイチャしたいと思い始めたのはここからだったかもしれない。
紫音に性癖を狂わされてしまった感覚があった。
朱美の中の常識が、小学生にして崩壊していた。
「うぅ……紫音、もっとぉ」
「ふふっ、いいわよ。朱美が望むならいくらでもしてあげるわ」
紫音のキスは麻薬。
そんな言葉がぴったりだった。
だめだだめだと思っていても、ついすがって求めてしまう。
始めたのも求めているのも紫音のはずなのに、朱美の方がキスのトリコになっている気がする。
「はむっ……ん……ちゅっ……」
「んっ、あふ……んむ……」




