第40話 高校卒業後の朱美と沙橙
旅は帰る場所があってこそ。
必ず戻ってくると約束して、どれほどの月日が経っただろう。
彼女はまだそこにいるだろうか。
変わらず朱美を待ち続けているのだろうか。
朱美の帰る場所は、沙橙のそばしかありえない。
「ただいま、沙橙」
「……おかえり、朱美ちゃん」
ただいまとおかえりを交わせる幸せを、朱美はどう言葉にすればいいのかわからなかった。
朝焼けの海のように果てなく広がるこの感情は、はたして。
「……というか帰るなら言って欲しかったな。いつ帰ってくるかソワソワしながら待っていたのに」
「ごめんごめん。でも驚かせたくて」
「……朱美ちゃんってボクの反応見て楽しんでるところあるよね」
「沙橙は本当に可愛いからねー!」
「……もう。でも、本当に久しぶりだね。何年ぶりかな?」
「さぁ……四年は経ってる? っぽい?」
なにぶん自分のやりたいことを探すのに苦労していたから、時間の感覚が曖昧だ。
だけど、月日を経てもまたここに戻ってくることができた。
自分探しの旅も楽しかったけど、やっぱり沙橙の隣が一番落ち着く。
「……そっか。四年も経てば、朱美ちゃんもすっかり大人だね」
「それはお互い様でしょ」
だけど沙橙にそう言われると、なんだか気恥ずかしくなってしまう朱美。
仲良くし始めた頃と変わらず優しく微笑んでくれる沙橙。
その笑顔が朱美にとって一番好きな顔だ。
「……すごく美人さんになったよ。まるでお姫様みたいだ」
「……沙橙……そ、そんなのは」
朱美はそっと沙橙の手を取る。
この手も、温もりも、変わらない。
「お姫様は沙橙の方、でしょ?」
「……! そんなこと言ってくれるようになったんだ。旅をしてる中で何か悪いことでも教え込まれた?」
くすくすと悪戯っぽく笑う沙橙。やっぱり朱美はこの笑顔が大好きなのだ。
いつもはとても優しくて駆け引きなんてできないくせに、時々冗談めかして子供っぽい仕草をするのは反則だ。
「……沙橙」
「……え、朱美ちゃん……?」
朱美は沙橙を優しく抱きしめる。
戸惑う沙橙も朱美をとことん狂わせる。
「ずっと会いたかった。沙橙に会うために私はここに帰ってきたんだよ」
「……うん、ボクもずっと会いたかったよ」
沙橙が抱きしめ返す。
あたたかくて、優しくて、少しいい匂いがする。
朱美の中の変態心がうずいてしまうが、ぐっと堪える。
今はまだ、その時ではないのだ。
――もう絶対に離さない。離れたくない。離したくない。
自分探しという目的は達成できた。
ならばもう、朱美に〝一人旅〟は必要ない。
「沙橙、私と……」
「失礼しまーすっ」
唐突に部屋の扉をノックされ、声とともに勢いよく扉が開く。
朱美たちは弾かれたように体を離し、何が起きたのかと扉の方を見た。
「……えっと、ごめんね? 出直そうか?」
「……いや、大丈夫。それで、今日はどうしたの?」
「あー、そうそう。あんた結婚式どうするの? もうすぐだよ?」
「……あー、そうだったね」
扉の向こうから現れた少女は沙橙と親し気に話す。おそらく接し方的に同棲相手だったりするのだろうか。
堂々と家に入ってきたし、沙橙もそのことには驚いていないし。
……自分の知らない人。
朱美は無意識に拳を握りしめる。
でも、当然といえば当然である。沙橙にも朱美の知らない交友関係があって然るべきだ。
朱美は長いこと旅をしていたのだし、その間に知らないことが増えていても不思議ではない。
「……あ、そうだ。朱美ちゃんも一緒にどう?」
「どこに?」
「……結婚式」
「は?」
沙橙が口にした言葉に、朱美の思考は一旦フリーズした。
さっきの会話も一応耳にはしていたが、気にしないように努力していた朱美にこの仕打ちはないだろう。
「……あれ、もしかして予定ある?」
「い、いや……特には」
旅を終えたばかりの朱美に予定なんてあるわけがない。
しかも、沙橙の結婚式に呼んでもらえるというのは光栄だ。
だけど、喜びと驚きと戸惑いが同時に押し寄せてきて、朱美の頭は混乱していた。
――だって、沙橙の結婚だ。自分以外の誰かと結婚するというのだ。
朱美は然るべきタイミングで沙橙にプロポーズをしようとまで思っていたのに、その前提条件が崩れ去ろうとしているのだ。
「……じゃあ、来てくれる?」
「……うん、喜んで」
「……よかった。朱美ちゃんにも祝ってもらえると嬉しいなぁ」
沙橙は嬉しそうに微笑む。
その笑顔も好きだけど、今の朱美にはつらいものでしかない。
朱美は沙橙の結婚を祝福できるだろうかと本気で悩んでいた。
いや、しなくてはならないのだ。それが元クラスメイトとして……好きな人への務めだ。
たとえ沙橙の隣に立つのが朱美ではないとしても。




