第39話 幼なじみから馴れ初めを聞くことに
……そして翌日以降も変わらず朱美は『観葉植物』として生きる決意表明を行っていた。
「ってことで美桜、いい人いないの?」
「しつこいよ朱美おねーちゃん……」
美桜はげんなりしながら答えるが、朱美にとっては最早関係ないことだった。
「まあまあ良いじゃん! ちょっと気になる人がいるかどうかだけ教えてよ~!」
既に相手がいることもその相手が蒼衣であることもわかってはいるのだが、それでもあえて朱美は問いかけ続けていた。
美桜の隙をつけば蒼衣も心変わりする可能性が高いのである。
ほとんど脅しのようなものだが、朱美には失うものは何もない。上手くいけば観葉植物になれる夢も叶えられる。良いことづくめだ。
「あのさあ、そんなに私に恋しててほしいわけ?」
「うん! もちろん!」
「即答かい……」
美桜は眉根を寄せながらため息をつき、今日も家を出ていこうとする。
「……もしかして蒼衣に会うの?」
「違いますー。あおちゃんとは関係ないし……って何言わせるのさ朱美おねーちゃんのばーか!」
玄関で靴紐を結んでいた美桜は怒り心頭といった様子でドアを開け放つと外へ出て行ってしまった。
朱美はその背中に声をかけることはしないまま、踵を返し自室へ戻りながら考える。
「警戒されてるのはいつものこととして、もう少しで崩せそうなんだけどなぁ」
「あら、何を崩すつもりなんですの?」
「うぉっ!? ビックリした!」
突然背後から声がかかる。
反射的に振り返ればそこに立っていたのは蒼衣であった。
……ここは朱美の家なので蒼衣がいるのはおかしい。
「朱美さんの部屋の窓が開けっ放しだったので勝手にお邪魔させて頂きましたわ」
聞いてもいないのに勝手に説明してくれた。
そして我が物顔で朱美のベッドに座り込む蒼衣。
「……それで? 何が崩せそうなんですの?」
「えーと、あのー……」
誤魔化そうとしたものの見事に失敗。
鋭い視線に射抜かれ逃げ場を失った朱美は観念して白状することになった。
「美桜と蒼衣が付き合ってることを知ったのでイチャイチャの場面がいつか見られないかなぁと……ほんとすみませんでした!!」
「……」
土下座スタイルで床に額を擦り付け全力謝罪する朱美に対し、しばし無言となる蒼衣。
そしてしばらくした後ため息混じりの声が聞こえてきた。
「……知ってらしたのですね」
「……はい。昨日公園でたまたま見ちゃいまして……すみません」
「まあ良いですわ。どうせ隠し通すのは無理だと思ってましたし」
顔を上げると、蒼衣は苦笑いを浮かべている。
あまり怒っていなさそうだと判断した朱美はひとまずホッと胸を撫で下ろした。命拾いした気分だ。
とはいえ油断大敵な部分もあるので、慎重に会話を続ける必要がある。
「でも驚いたなぁ。美桜が蒼衣とくっつくなんて」
「ええ、わたくしも驚きましたわ。最初は嫌われているものだと思っておりましたから。でも実際に話してみると意外と可愛らしいところが多いと知って……気づけば惚れてしまっていましたわね」
「へぇ〜、そういうことだったんだ!」
思わぬ形で裏事情まで知ることが出来たことに感動を覚えつつ、興奮気味に相槌をうつ朱美。そして同時に思ったことがあった。
――これはチャンス到来ではないか?
蒼衣が付き合うまでの経緯を語ってくれているということは、即ち二人の関係性をもっと深掘れるかもしれない。もしかしたら更なる深いエピソードを聞けるチャンスなのではないか!?
そんな希望的観測を持つくらいに、蒼衣は饒舌に語ってくれている。
いつもは感情を表にすることが少ない彼女だが、今は頬が緩み、目元も柔らかくなっているのが分かるほどだった。完全に恋する乙女の顔である。
「それで、美桜はなんて言ってたの?」
「はい?」
朱美の質問に首を傾げる蒼衣。
「いやー、お互いの好意が確認できたみたいな話はまだ聞いてないなーって」
「それは……言葉にするのは難しいのですが」
「何?」
口籠もり目を泳がせ始めた蒼衣を見て確信を得た朱美は、さらに迫り続ける。
押せばいける、押し続けろ自分……と念じながら。
「えっと……その……なんといいますか……告白、みたいなものをされましたの。それもわたくしからではなく彼女の方からでしたわ」
「え、美桜から!? いったいどんな」
言い終える前に蒼衣の顔が真っ赤に染まったかと思うと、両手で顔を覆ってしまった。
「どんな告白だったの? 詳しく教えてください蒼衣さん!」
催促すればようやく観念したようで小さく口を開く。
しかし、それでもまだ恥ずかしさが残るのか視線を彷徨わせながら話し始めた。
「『いつも突っかかっちゃうけど、それはあおちゃんの前だと緊張してテンパっちゃうんだよ』……と」
「ほほう! それでそれで!?」
「そ、それだけですわ! もう! これ以上は言えません!!」
突然大声を出したあと蹲ってしまう蒼衣。
それでも朱美は止まらない。むしろテンション上がりまくりだ。
こんな美味しいネタ逃してなるものか! とばかりに畳み掛けるように質問を投げかけていく。
「それで蒼衣はなんて答えたの?」
「そ、それは……」
耳まで赤くなった蒼衣の口から、か細い声が出る。
「……わたくしも同じ気持ちですと言いましたわ」
その瞬間、朱美の中で何かがはじけた気がした。言葉にできない幸福感があふれ出てくるのを感じる。
同時に、身体中を激しく駆け巡る感動という名のエネルギーによって震えていた。
感極まった様子で鼻血を出す寸前の朱美だったが、理性の鎖はギリギリのところで繋ぎ止められていた。危うく卒倒しかけるところだった。
「はぁー! 最高! もうダメ尊すぎて死にそう……ご馳走様でした」
「朱美さんって……本当にどうしようもないド変態ですわよね」
「誉め言葉として受け取っておくね」
満面の笑顔の朱美と対照的に呆れた顔をする蒼衣。
だが、蒼衣もまた充実感に包まれており悪い気はしていない様子だった。
それどころかどこか嬉しそうですらある。
「これからもちょくちょく聞かせてもらいたいなーって思ってるんだけど、いいかな?」
「……変に干渉してこないのならば許可いたしますわ」
「やったー!」
「ただし、一つだけ条件がありますわ」
朱美は喜びのあまり小さくジャンプすると、蒼衣が人差し指を立てた。
なんだろうと思いつつ続きを促すと、蒼衣は真剣な面持ちで告げる。
「決してわたくしたちの邪魔をしないことですわ。分かりましたわね?」
「そりゃもちろん!」
力強い返事とともに、元気よく片手でグッドサインを作りながらアピールする朱美。
これから幸せな観葉植物ライフを送れそうだと、きたない笑顔が零れるのだった……




