第38話 幼なじみ×妹ルートへ
翌朝目を覚ますと、枕元に一枚の紙切れがあった。
『あおちゃんと出かけてきます』
美桜の字で書かれたそれを見て、朱美は思考停止した。
蒼衣と美桜は、目を合わせればいがみ合うような仲だったはず。
それなのに、一体どうしたというのだろう。
「ど、どこいったんだろ……」
混乱しながらも着替えをすませ、朱美も家を飛び出す。
朝食も取らずに外に出てしまったが、さてどうしたものか。スマホを取り出し連絡を試みても既読にならない。美桜はともかく、蒼衣はメッセージを無視するタイプではないはずだ。
考えているうちに腹が鳴り始めた。とりあえず何か食べようとコンビニに向かう道すがら、二人を探してキョロキョロと辺りを見渡す。
「うぅん……」
思えば二人が行きそうな場所など思いつかなかった。
カフェ? 水族館? ショッピングモール? 駅前の本屋?
もしくはカラオケかボウリングだろうか。あるいはゲームセンターか映画館か。それともテーマパークなのか?
「ダメだ。情報が少なすぎる」
いくら悩んでも答えは出ず、途方に暮れるばかり。
仕方ないのでコンビニでおにぎりとお茶だけ買って帰路につく途中、ふと思い立って公園へ寄ることにした。
ここならもしかしたら……なんて淡い期待を抱きつつ足を運ぶと、そこには確かに見慣れた後ろ姿があった。
「あれは……!」
「ねえ、あおちゃん」
美桜が蒼衣と肩を寄せ合いベンチに腰掛けている。
まるで恋人のような距離感に、思わず朱美は息を呑む。
これはどういう状況なんだと問い詰めようとして近づいたその時……
「……好き」
美桜の小さな声が耳に入った。
「え……」
思わず朱美は固まった。
今確かに『好き』と言っていた気がする。
聞き間違いではない。確かに聞こえた。
一体誰に対する告白なのかわからないまま呆然としていると、いつの間にか距離を縮めていた二人が、そっと唇を重ねるのが見えた。
「!?」
心臓が大きく跳ね上がる。
信じられない光景に目を疑ったが、何度見直しても現実は変わらない。
目の前では確かにキスをしている美少女たちがいたのだから。
「まさか……」
美桜と蒼衣が付き合ってるってこと? いやでも昨日まで険悪な雰囲気じゃなかったか? 急展開過ぎないか?
そんなふうに、朱美の頭の中は疑問符で埋め尽くされるばかりであった。
二人の唇が離れると、美桜の頬はほんのり赤く染まり、目元にも潤みが見える。一方の蒼衣は落ち着いた様子で美桜の髪を優しく撫でていた。
朱美は木陰に身を隠し、さらに困惑する。今まで犬猿の仲だったはずの二人が、こんなにあっさり親密になっている事実を受け止めきれなかった。しかも、覗いているのがバレたら大変だ。
この場から立ち去るべきか迷ったものの、どうしても好奇心が抑えきれない。
少し離れたところに移動して再び観察を試みると、二人の会話が微かに聞こえてきた。
「――ねぇ、朱美おねーちゃんに私たちのこと言っちゃダメ?」
美桜の小さな声が、風に乗って聞こえてくる。
先程まで桃色空間を作り上げていたとは思えないほど真剣な表情をしていた。
朱美の名を呼ばれたことで心臓がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
「やめた方が賢明ですわね」
蒼衣は静かに答える。彼女はいつも通り冷静沈着そのものだった。
「あの方は『百合を眺める観葉植物になりたい』とかなんとか言ってらしたのでしょう? もしわたくしたちの関係性が知れてしまったら、おそらく嬉々としてこちらに突進して来るはずですもの」
「確かにそれは怖いかも」
蒼衣の指摘に美桜は苦笑いを浮かべる。
朱美は自分が発した言葉を思い出して赤面してしまう。確かにそんなことを言ったかもしれないけど、まさか本当にそういう展開が起きるなんて予測できなかったのだ。
それでもやはりこの光景から目を逸らせない自分がいた。美桜や蒼衣が言う通り、自分が絡んだ時点で何かが崩れてしまいそうだという不安もあるのに、一方でこの先をもっと見たくて仕方がなかった。
二人は相変わらず仲睦まじく寄り添っていた。
互いに触れ合う指先や微笑み合う姿はまさに恋人同士そのものだ。
それでも二人の間にある特別な空気感だけは、どんなラブストーリーの主人公よりも強く感じさせられる。
「……次はどうする?」
「そうですわね。次は映画でも行きましょうか」
二人は楽しげな声で次のデートプランについて話し始めている。その内容を聞く限り、これまで以上に甘い時間になりそうだった。その度に朱美の胸は躍り続ける。
まるで彼女自身もそこに参加しているかのような錯覚さえ起こすほどだった。
「朱美おねーちゃんにばれなきゃいいね」
「ふふふ、そうですわね」
朱美はそんな二人のやり取りを聞きながら、小さく拳を握りしめる。自分が夢にまで見た楽園が今まさに目の前にあるのだ。
思わず涙がにじむほど感動する一方で、罪悪感にも似た感情が襲いかかる。本来なら自分がいるべきではない世界への侵入者という意識だった。
けれども、それはそれとして……
「……最高だな」
涙どころかヨダレまでたらしながらニヤリと笑う朱美。
木の陰から隣り合う二人を眺める快楽は一度味わってしまうともう戻れない中毒性すら感じさせた。
それこそまさに観葉植物の如くじっと佇み続けることで得られる新たな境地なのであった。
「もう少し観察しても……良いよね?」
自分に言い訳をしつつも、欲望に忠実になっていく自分を受け入れ始めていたその瞬間だった。
不意にスマホが振動し始めた。画面を確認すると母親からのメッセージ通知だったので慌てて応答する。
内容としては単純なものだった。『どこで何をしてるんだ』という至極当然な質問だったが、今の朱美にとってはある種脅威ともいえるものだった。
「音……聞こえてない、よね?」
もちろん脅威なのは質問内容なんかではなく、発生した音自体。
いくら二人が会話を弾ませていようと、スマホの通知音は厄介だ。
どうか聞こえていませんようにと願いながら『ちょっとコンビニ寄ってた。すぐ戻る』と返信した。
二人の様子はというと……
「気付いてないみたい……よかった」
特に気にした様子もなく未だ穏やかな空気感を保っていた。
安心しつつ改めて二人の様子を見守ろうと決めたところで新たなる問題点が浮上した。
『すぐ戻る』と返信してしまったため、あまり長居できないという点だ。
つまりタイムリミットが生まれてしまったわけである。
これでは思う存分観賞できないじゃないか!
「――ま、いっか! また今度こっそり見ればいいんだよね!」
諦め悪く割り切れない気持ちもありつつ結局その場を離れることを選択する以外ない状況に追いやられてしまう。
そんな悔しさと共に公園を後にする際最後にもう一度だけ振り向いてみる。
そこには手を繋いで歩き出した美少女二人組が遠ざかっていく後ろ姿があった。




