第37話 観葉植物になりたい主人公
「観葉植物になりたい」
「……は? 急に何言ってるの?」
「百合を眺める観葉植物になりたいんだよぉ!」
朱美は吼えた。
少し前まで自分が女の子に囲まれたいと思っていたのだが、自分を介さない女の子同士のイチャイチャに興味がわいてきたのだった。
「女の子同士が仲良くしてるのを、ただ眺めていたい。美桜ならこの気持ちわかってくれるね?」
「いや、全然意味わかんないんだけど……」
美桜の手を掴み、朱美はキラキラとした期待のこもった眼差しを向ける。
しかし、美桜は心底気持ち悪そうに朱美の手を払う。
そのことに朱美は少し傷ついたが、めげずに美桜に言いよる。
「美桜はこの人いいなって思う人いないの?」
「知らないよ、そんなの」
美桜は朱美を冷たくあしらい、部屋から出ていく。
朱美はそんな美桜の背中を見つめ、ため息をついた。
辛辣でツンデレな妹だから一筋縄ではいかないことはわかっていたが、こうも取り付く島がないとは。
朱美はベッドに転がり天井を見つめる。
視線を左に向ければ、窓があった。
そこからは、お隣の蒼衣の部屋が見える。
蒼衣は制服姿のまま窓際に椅子を持ってきて本を読んでいた。
以前の朱美ならば、すぐにでも声をかけたはずだ。
しかしその時の朱美は、何となく声をかけず、じっと蒼衣を眺めていた。
無表情のまま黙々と読書をする蒼衣。
今までなら幼なじみということもあって見逃していたが、よく見てみると結構綺麗な顔をしている。
思わず見とれていた朱美の視線に気づいたのか、蒼衣が顔を上げ、窓越しに二人の目が合った。
「あら、朱美さん。どうかしました?」
蒼衣が窓を開けて尋ねてくる。
それに釣られて朱美も自分の部屋の窓を開けた。
「あー、いや別に。なんとなく見てただけだよ」
「そうですか。珍しいですわね、朱美さんが何も言わずに見てくるなんて」
「そっかな? それよりさぁ、蒼衣は何読んでるの?」
「これですか? ふふ、いい質問ですわね。聞いて驚かないでくださいまし」
「何かすごい本なの?」
朱美が聞くと、蒼衣は瞳をキランと輝かせ得意げな笑みを浮かべる。
「――幼なじみが絶対に勝つラブコメですわ!」
朱美は無意識のうちに自分の口元に手を当てていた。
それほどまでに蒼衣の言葉に衝撃を受けたのだ。
「ちょっと待って。今なんて言った?」
「幼なじみが絶対に勝つラブコメですわ」
「ごめん、言ってる意味がよくわからない」
「なんでわからないんですの!? そのままの意味ですわ!」
蒼衣がなにやら憤慨しているが、朱美の頭は混乱していた。
当の幼なじみに『幼なじみが絶対に勝つラブコメ』とやらを得意げに紹介しているのだから。
普段奇行の多い朱美もさすがにドン引きである。
「まったく……朱美さんが本のこと知りたいって言うからご紹介しただけですのに」
「ごめん、知らない間に知りたくなくなってたみたい」
蒼衣は腕を組んで鼻息荒く胸を張っている。
そんな彼女を見て、朱美はなんだか全てがどうでも良くなってきた。
同時に、一つの疑問が湧き上がる。
それはなぜ蒼衣がそんな本を読んでいるのかということだ。
「ちなみに蒼衣はなんでその本読もうと思ったの?」
「そ、それは……」
途端に蒼衣の頬が赤くなり、もじもじと身を捩る。
そして恥ずかしそうな表情を浮かべながら言った。
「――乙女の秘密ですわ!」
そう言い残すと、蒼衣は勢いよく窓を閉めてついでにカーテンまで閉められた。
一人取り残された朱美は呆然とするしかない。
しばらくして我に返ると大きなため息をつく。
「はぁ……ひたすら百合を眺めるだけのお仕事とかないかな」
朱美の思考はぶっ飛んでいた。
普通ならば蒼衣の奇行の方が気になるはずだ。
だが、今の朱美は自分が観葉植物になることの方に興味があった。
そんな朱美は結局、その日一日中、夢に見るほどの妄想を続けるのであった。




