第33話 到達後の余韻とキス魔の先輩
「ふぅ……」
朱美は一人で夜風を浴びながら一息つく。
こうして一人になると冷静になれて、思考もまとまる。
とりあえず朱美は、皆への感謝を忘れないようにしようと改めて思う。
みんなが一緒にいてくれることがどれだけ幸せか、今日のことでよく理解できたから。
「朱美さん……急にベランダまで走り出してどうしましたの?」
背後から声をかけられて振り向くと、そこには蒼衣の姿があった。手には二つのグラスを持っており、片方を朱美に差し出す。
「ほら、お茶持ってきてあげましたわ。暑い時はこれが一番ですから」
「ありがとう……」
グラスを受け取ると、冷たい麦茶が喉を通っていくのが心地よい。しばらく黙って二人で並んでいると、蒼衣が静かに口を開いた。
「今日は楽しいですわね。まさか皆さんとパジャマパーティーができるとは思いませんでしたわ」
「そうだね……なんか不思議な感じだよ」
「でも、こういう時間があっても良いと思いますわ。皆様それぞれ忙しいですし」
蒼衣の言葉に頷きながら、朱美はグラスを見つめたまま言葉を紡いだ。
「うん……ありがとね。みんなとの時間がこんなにも大切だって気づけた気がするよ」
その後少し沈黙が続いた後、二人で微笑んだ。それだけで充分だった。それぞれが抱える気持ちを少しずつ理解し合えただけで十分だと感じたからだ。
そして互いにお礼を言い合いながら部屋に戻ると、美桜が朱美のお腹目がけて激突してくる。
「ぐはぁ!」
「もう、遅いよ朱美おねーちゃん! あおちゃんと何してたの?」
「ふふ、みーちゃんは相変わらず気が強いですわね。朱美さんが求めてこない限り何もしませんわよ」
美桜と蒼衣が一緒にいると、なぜかだいたいバチバチとした殺伐な雰囲気が漂う。
朱美は二人に仲良くして欲しいと常々思っているものの、なかなか上手くいかない。
どうしたものかと考えを巡らせる。
「美桜、喧嘩腰はダメだよ」
「別にそんなつもりじゃないもん!」
「そう言い張ってみーちゃんは何回朱美さんに愛想を尽かされてきたんですの?」
「それは朱美おねーちゃんが鈍感すぎるからだし!」
またしても喧嘩が勃発してしまう。
朱美はため息をつきつつも蒼衣をなだめ、美桜を抱きしめる。
ここで止めないと事態は悪化の一途を辿るだろう。
早く二人の仲直りをしてもらわないと収拾がつかなくなってしまう。
どうすれば円満解決となるのか悩みに悩む朱美であった。
「まぁまぁ二人とも落ち着いて」
「私は落ち着いてるよ?」
「わたくしも落ち着いていますわ」
そう言いながら二人はお互い睨み合っている。
朱美は仲裁役として間に入りながらも頭痛を覚えていた。このままではいつまで経っても仲直りできない気がする。せめてどちらか一方だけでも優しく接してくれるようになればいいのだけど、それができるなら苦労しないわけで。
「はぁ……仕方ないわね」
その様子を見ていた紫音が頭を掻きながら立ち上がる。
「んっ」
「うむっ!?」
そして立ち上がった勢いそのままに、美桜の唇を奪った。突然キスされたことで驚愕している美桜をよそにして、次は蒼衣に向かっていく紫音。
「あ、あの、紫音先輩? わたくしは大丈夫で」
「ダメよ、蒼衣。あなたにもキスしてあげる」
蒼衣も紫音から熱烈な口づけを受けることとなった。
朱美としては止めるべきだったかもしれないが、流石に状況についていけなかった。
朱美は目の前の光景に唖然とするしかない。
紫音は堂々と美桜と蒼衣を順番に抱きしめながらキスを交わしている。
彼女は誰にも遠慮しない性格のようで、この中で一番年上なこともあり、場を支配することに慣れている様子だ。
「ふふっ。これで仲直り完了ね?」
「……」
「……」
美桜も蒼衣も完全に固まってしまっている。完全敗北という感じだ。
それとも、キスの快感に酔いしれているのだろうか。
「えっと……紫音先輩……?」
恐る恐る朱美が呼びかけると、振り返った彼女の表情には余裕がある。
「なぁに? 朱美」
笑顔でありながら圧迫感があるのは気のせいではないと思う。
紫音は美人なお姉さんだからこそ凄味があり過ぎるのだ。
「なんというか、すごい行動力ですよね……?」
「当然でしょう? 学校でも魅惑のキス魔って呼ばれてるのよ?」
「へぇ……」
それは誇るべきことなのだろうか。朱美にはよくわからない世界である。
「それより朱美、あなたもキスしてほしいの?」
「いえ! 結構です!!」
全力拒否しておくことにした。紫音に襲われたら最後、一瞬で堕ちてしまう自信があるからだ。それに紫音みたいな女性にはあまり深入りしない方が吉だと本能的に察知していた。
「あら残念。でもまた今度機会があったらしてあげるわよ」
「そんな機会絶対に来ませんから!」
「……騒がしいけど何があったの? ……って、蒼衣ちゃんも美桜ちゃんもヨダレ垂らしながら笑顔なの怖いな……」
沙橙は異様な状況に少し引いていた。
それもそうだろう。目は虚ろで口だけ笑っている抜け殻のような状態の人間はかなり気味が悪い。
しかもそれが二人もいるときたもんだ。
一部始終を知っている朱美ですら身震いするのだからその反応は当然と言える。
「ぶっちゃけ私も怖い」




