第31話 クラスメイト:完全攻略④
午前中の授業は、珍しく朱美にとって有意義なものになった。
沙橙との新しい関係性が心地よく、今まで以上に集中して授業を受けられたからだ。
沙橙は朱美の動きを目で追っているようだったが、恥ずかしそうに目を逸らすこともあった。
それがまた朱美の胸をくすぐる。
……そして放課後。約束の時間がやってきた。
夕方のホームルームが終わり、クラスメイトたちが三々五々教室を出ていく中、朱美はドキドキしながら席に座っていた。
ふと普段沙橙が座っている席の方を見ると、いつもの控えめな笑みとともに小さく手招きしている沙橙が見えた。
「……じゃあ行こうか、朱美ちゃん」
「うん」
鞄を持ち、二人は教室を後にする。
校舎を出て校門へ向かう途中で、沙橙がふと足を止めた。
「……ちょっと寄り道してもいいかな?」
「もちろん」
朱美は頷き、二人は校門とは逆方向へ歩き出す。
しばらく進むと、人通りの少ない裏庭に辿り着いた。高い木々が茂る場所で、夕闇が徐々に濃くなり始めている。
「ここ……」
朱美が周りを見回すと、沙橙が静かに話し始めた。
「……この場所、覚えてる?」
「え……?」
言われてみると確かに見覚えがある。ちょうど一年前、朱美と沙橙が出会った屋上から帰る時に朱美が「ここお気に入りなんだ」と話した場所である。
お気に入りなのは先生達に見つかりにくくていいサボり場所というだけなのだが。
沙橙はここへ案内するためにわざと寄り道を選んだということだろうか。
「ここから見える夕焼けが、ボクの一番好きな景色なんだ」
「へぇ……確かに綺麗だね」
低い石垣の上に立つ沙橙の横顔を、夕日がオレンジ色に染めていく。
朱美はその横顔を見つめながら、あることに気づいた。沙橙は今日一日、一度も朱美と目を合わせていなかったのだ。
きっととても緊張しているのだと朱美は思った。
「……朱美ちゃん」
「うん?」
「……ボク、ずっと考えてたんだ。どうしたら朱美ちゃんに恩返しできるかって」
「恩返しって……そんなの気にしなくてもいいのに」
沙橙は首を振り、大きく息を吸った。
そして意を決したように朱美の方を向き、両手を差し出す。
「……だから、これ」
鞄から取り出したのは、シンプルな紙袋だった。
中から出てきたのは、水色の包装紙に包まれた四角い箱。
「えっ、これって……?」
驚く朱美に対し、沙橙は微笑むばかりで答えようとしない。
代わりに、頬を赤らめながら言った。
「……開けてみて」
「……わかった」
朱美は恐る恐るリボンを解き、包装紙を開ける。
中に入っていたのは……シルバーのネックレスだった。
中央にハート形のペンダントトップが付いており、夕日の光を受けてキラキラと輝いている。
「……ボクとおそろいなの。ボクのはこれ」
そう言って沙橙はポケットから同じデザインのネックレスを取り出し、チェーンを引っ張って見せた。確かにペンダントトップの部分が朱美のものと同じく輝いている。
「え、ほんと?」
沙橙は小さく頷く。
「……朱美ちゃんに似合いそうだと思って買ってみたんだ。お礼……兼、恋人の証ってことで」
「うわぁ……ありがとう! すごく嬉しい!」
朱美は胸に手を当てながら感動に浸った。まさかこんな素敵な贈り物をもらえるとは夢にも思わなかったのだ。
しかも沙橙とお揃いというのが更に特別感を増している。
「着けてみてもいい?」
「……うん」
朱美は慎重にネックレスを首にかけた。
鏡がないので見えないが、不思議と暖かく感じられる。
「……とても似合ってる」
「ありがとう、大切にするね」
朱美は改めて感謝の言葉を伝えた。沙橙は少し照れた様子で視線を逸らすが、口元は緩んでいる。
二人の間に穏やかな空気が流れる中、朱美はあることを思い立つ。
「ねぇ、沙橙」
「……なに?」
「――キスしたい」
「!?」
突然の発言に沙橙の顔が一気に紅潮する。
だがその瞳は潤みながらも期待に満ちていた。
「……い、いいよ。ちょっと恥ずかしいけど」
「……よかった」
朱美はそっと沙橙に近づき、背伸びをしてその唇に触れた。ほんの一瞬の接触だったが、心臓が跳ねるには十分すぎる衝撃だった。
互いの息遣いさえ聞こえる距離で、朱美は囁いた。
「好きだよ」
「……ボクも好き」
「……それじゃあもう一度」
今度はお互いの舌が絡み合う深い口付けになった。
甘く柔らかい感触に溺れそうになる中で、朱美は思う。今まで以上に幸せを感じられる瞬間が生まれた、と。
「……んっ」
名残惜しそうに唇を離すと、沙橙は完全に放心状態になっていた。
頬はバラ色に染まり、目は潤んでいる。
「大丈夫?」
尋ねると沙橙はこくりと頷き、消え入りそうな声で答えた。
「……すごく気持ち良かった」
「よかった! これからもたくさんしようね」
「……うん」
小さく頷く沙橙がかわいくて仕方がない。
朱美は愛おしさを感じながらその頭をそっと撫でる。
「さて、そろそろ帰ろうか」
二人はどちらともなく手を繋ぎ、裏庭を後にした。
夕暮れの道を歩く最中、沙橙がふと思い出したように口を開く。
「……ねぇ朱美ちゃん、覚えてる?」
「何を?」
「……屋上で朱美ちゃんが言ったこと」
「えっと……〝笑顔を見たい〟って話?」
「……うん。ボク、そのおかげで今こうやって笑えてるんだと思う」
沙橙は屈託なく笑った。
朱美もつられて微笑み返す。その笑顔は以前のような不安定なものではなく、確かな自信に裏打ちされていた。
「これからもずっと笑顔でいようね」
「……うん!」
強く頷いた沙橙の目には、夕焼けよりも眩しい光が宿っていた。




