第30話 クラスメイト:完全攻略③
翌朝。
朱美は昨日よりも遥かにすっきりとした気持ちで目を覚ました。
昨夜、沙橙と一緒に星を見ながら語り合った時間の余韻が、まだ胸の奥に温かく残っている。
窓を開けると春の爽やかな空気が部屋に流れ込む。
鳥のさえずりに混じって、隣の家の郵便受けがガタリと開閉する音が聞こえた。
「んー……今日も平穏無事に行きたいなぁ」
そう呟きながら体を伸ばし、朝の支度を始めた。
顔を洗い、軽いストレッチをしてからスマホを見ると、沙橙からメッセージが届いていた。
【朱美ちゃんおはよう。今日一緒に学校行かない?】
【いいね! 準備できたら迎えに行くよ】
返信を送信し終えると、再びスマホが震えた。
【実はね、昨日言ってた〝お礼〟、今日でいいかなって思ってるんだ】
【どんなお礼?】
【それは秘密】
朱美は首を傾げつつも、悪い予感はしなかった。
むしろ楽しみさえ感じながら制服に袖を通す。
玄関の扉を開けると、外は快晴だった。
花壇に咲いたチューリップの淡いピンクが、柔らかな光の中で輝いている。
「……朱美ちゃん」
玄関先に出ると、沙橙が既に門の前に立っていた。
朝日に透けた短髪は、記憶の中の幽霊めいた輪郭はなくただ清潔で美しい。
膝丈スカートのプリーツが揺れ、肩までの髪がそよ風になびいている。
「おはよう! 待たせた?」
朱美が駆け寄ると、沙橙は控えめに首を振った。
「……ううん、今来たところだよ」
「そっか。じゃあ行こっか」
「……うん」
並んで歩き出す二人。
道端の桜並木はほとんど散ってしまったものの、青々とした若葉が初夏の訪れを告げていた。
「ところで、お礼って何?」
「……それは放課後のお楽しみ」
沙橙が悪戯っぽくウィンクすると、朱美の心臓が一拍跳ねた。
普段は大人しい印象の沙橙だが、こういう仕草をする時はなぜか妙に艶めかしく見える。朱美は慌てて視線を逸らし、咳払いをする。
「えー、気になるなぁ」
「……気にしない気にしない」
沙橙は楽しげに笑い、歩調を合わせる。
通学路には次第に他校の生徒たちも増えてきた。
みんなスマホを見たり友達と喋ったりして、それぞれの朝を過ごしている。
「……ねぇ朱美ちゃん」
「ん?」
「……ボク、あの日以来ずっと怖かったんだ。朱美ちゃんがもしボクのことを思い出してしまったら……その記憶が負担になるんじゃないかって」
朱美は立ち止まり、沙橙を見つめた。
沙橙も合わせて足を止め、真正面から朱美と向き合う。
「……でも今、朱美ちゃんが笑って話してくれるのが嬉しくて少し安心してる」
「私は覚えてなくてごめんって言うべきなのかな?」
「……それは違う」
沙橙はふわりと笑った。まるで春の日差しのような笑顔に、朱美はただ見惚れるしかない。
「……だって朱美ちゃんが覚えてようと覚えてなかろうと、ボクを救ってくれたことには変わりないから」
「……沙橙」
朱美は思わず沙橙の手を取った。温かい体温が心地よい。
沙橙は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに朱美の指を絡ませる。
「……お礼、期待しててね」
小声で囁かれ、朱美の頬が熱くなる。何か企んでいるような沙橙の顔が、やっぱり可愛くて仕方がない。
「わかった。放課後まで楽しみに待ってる」
「……うん。約束だよ」
二人は手を繋いだまま歩き出した。
その姿を偶然見かけた他校の女子たちが、黄色い声を上げながら興奮しているようだったが、今の朱美と沙橙にはそれがどうでも良かった。




