第28話 クラスメイト:完全攻略①
『そこでなにしてるの!?』
朱美は咄嗟に叫んでいた。
ここは学校の屋上。そんな場所に、フェンスを飛び越えて危険な場所に立っている人影があった。
後ろ姿で誰かはわからないが、髪が長くスカートを履いていることからおそらく女の子なのだろう。
屋上から下を覗いているようだった。
『そこにいたら危ないよ!?』
その人物に向かって朱美は必死に叫ぶ。
声が届いたのか、その女の子はフッと顔をあげた。
茶色で腰まで伸びた長い髪が前髪にもかかっているのではないかと疑うほど前髪も長く、顔がよく見えない。手入れをしているとはとても思えなかった。
まるでホラー映画の幽霊のように、顔に髪の毛が何重にも垂れかかっている。
だが、そんな状態でもその瞳は大きく見開かれていて、驚きに満ちていることがわかった。
『待ってて! 今そっちにいくから!』
『……もうボクを楽にしてくれよ』
『へ?』
今にも落ちそうな位置でフェンスにもたれかかっていた彼女がこちらに視線を向けながらポツリと言葉を漏らす。
距離があるため聞き取れないが、なんだか悲痛さが含まれた声色だったように朱美には感じられた。
『……お願いだからもう邪魔しないで……』
風になびく髪の間から、涙を拭う指先がちらりと覗いた。
『そっちは危ないんだってば! 戻ってよ!』
朱美は女の子のそばまで駆け寄った。
しかし、少女は涙に濡れた顔を上げると、震える声で言った。
『……やめて。もう、何もかも終わりにしたい』
その瞬間、強い風が二人を包み込んだ。屋上の柵の向こう側では、制服の裾がひらひらと揺れている。
『私はあなたのこと何も知らないけど、こうして見ちゃったら見て見ぬふりなんてできないよ!』
朱美は迷わず手を伸ばした。
『……うるさいな』
『私の手を取って? 私はあなたの笑顔が見たいの!』
少女の目が一瞬だけ光ったような気がした。
朱美はさらに手を伸ばし続けた。
この言葉と手が、彼女に届くと信じて。
風が二人を引き裂こうとする中、少女の唇が微かな動きを見せた。
『……どうして……』
涙と共にこぼれ落ちたその問いかけに、朱美は力強く答えた。
『だって、そんな顔したまま死んでしまうなんてやだよ!』
『っ……!』
『だからこの手を取って! 笑顔を見せて! どうせなら笑い合おう!』
『……笑い、合う?』
風の音に紛れるような細い声だった。朱美は柵越しに身を乗り出し、両手を広げる。
『そうだよ! 今日一日が嫌だったら明日はどうなるかなって二人で話そう。明後日でもいいし、来週でもいい。未来がつまんなそうだって決めつけずにさ、ひとまず深呼吸しようよ』
少女の肩がぴくりと動いた。長すぎる前髪の隙間から覗く目元はまだ赤い。
『……バカみたい』
ぽつんと吐き出されたその言葉は、棘ではなく寂しさの塊だった。
『バカでもなんでもいいじゃん。ほら』
朱美は片膝をつき、もう一度手を差し出す。
夕陽が二人の間に斜めに差し込み、朱美の笑顔を優しく照らしている。
『……こんな自分と、本当に一緒に笑ってくれる?』
風に乗って聞こえたその問いに、朱美は即座に頷いた。
『当たり前じゃん! ほら、早く来て!』
柵の上で震える手がゆっくりと伸びてきた。朱美は最後の一歩を踏み出す勇気を与えられるように、その小さな掌をしっかりと掴んだ。
柵を越えて少女の身体がぐらりと傾いた。朱美は咄嗟に背中に回した腕で支えながら、「大丈夫」と囁くように言い続けた。
少女の足はようやく安全地帯に戻り、膝から崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。長い髪がさらりと地面に流れ落ちる。
『……変な人だなぁ』
『でしょ? 自覚ある』
『……なんで助けるの?』
『言ったじゃん。笑って欲しいから』
朱美は少女の前に屈み込み、ハンカチを取り出して渡した。少女は少し躊躇った後、受け取り鼻を軽く押さえる。
『名前……聞いてもいい?』
『……君に名乗る名前なんかない』
『冷たいなー。まあ、私も名乗ってないし言いたくないよね』
朱美は苦笑しながら立ち上がる。
沈む太陽が屋上全体を茜色に染め始めていた。
遠くで下校のチャイムが鳴っている。
『……じゃあ、君の名前だけ教えてよ』
少女は朱美をじっと見つめる。
その瞳には先ほどまでの絶望はなく、新たな光が宿っていた。
その光に応えるべく、朱美は堂々と胸を張った。
『私は朱美。よろしくね!』




