第26話 先輩:完全攻略④
「……ボクは朱美ちゃんに幸せになってほしい」
「……っ!」
「……だから辛いときは遠慮なく頼ってほしいし、もし悲しいことがあるなら一緒に泣いてあげたい。そして嬉しいことがあるのなら共に喜び合いたい」
沙橙の言葉には嘘偽りなど一切含まれていなかった。純粋すぎる好意に朱美は言葉を失ってしまう。
だってこんなの反則だ。こんなふうに真正面からぶつかってこられたら断れるわけがないではないか。
それでもなんとか平静を装い答えることができたのは奇跡的だろう。
「ありがとう、沙橙」
「……うん。だから……」
沙橙はそこで一度言葉を切った。そして大きく深呼吸をすると改めて口を開く。
「……ボクじゃだめ、かな?」
「え……?」
沙橙の口から出てきた言葉を理解するのに時間がかかった。
「ちょ、ちょっと待って」
朱美は混乱しながらも沙橙の言葉を遮った。しかしそれは逆効果だったようで余計に追い詰められてしまう羽目になる。
なぜなら沙橙の表情が一瞬だけ歪んだからだ。傷つけてしまったことに気づき慌ててフォローしようとするも上手く言葉が出てこない。
そんな朱美の様子を見かねたのか沙橙が先に謝ってきたのだ。
「……ごめん、困らせるつもりはなかったんだ」
その言葉を聞いて少し冷静になれた気がする。そして今度は落ち着いた口調で尋ねたのであった。
「……どうして急にそんなことを?」
「……急じゃないよ。ずっと前から想ってた」
沙橙はそれだけ言うと黙ってしまった。それ以上の追及はできないと思ったのかもしれないし単純に答えたくなかっただけかもしれないが、とにかくこれ以上聞くことは許されない雰囲気を感じ取ることができたためそれ以上何も言えなくなってしまったのである。
朱美は頭を悩ませるしかなかった。まさかここで告白されるとは夢にも思っていなかったからである。
「……ごめん」
結局、朱美はそう謝ることしかできなかった。
沙橙は悲しそうな表情を浮かべた。それは断られたことに対するショックではなく、迷惑をかけてしまったことに対する罪悪感によるものなのかもしれない。
しばらく沈黙が続いた後、先に口を開いたのは沙橙の方だった。
「……朱美ちゃんのせいじゃないよ。ボクが勝手にしたことだから」
「でも」
「……いいんだ」
沙橙は朱美の言葉を遮るようにして言った。その声色からは悲壮感のようなものは感じられなかった。
きっと自分自身のことよりも他人のことを優先してしまう性格なのだろう。だからこそ余計に申し訳なさを感じてしまうのだ。
朱美は居ても立っても居られなくなり「もう帰ろうか」と提案した。今さら歌う気には到底なれないし、早くここから立ち去りたいと思ったから。
幸い沙橙も異論はないようで大人しく従ってくれたことにより、店を出ることになった。
外はすでに暗くなりかけており街灯がチカチカと光っていた。辺りには人の姿はほとんど見当たらない。ちょうど良かったと安堵しながら歩き始めるがお互い無言のままである。気まずい空気が漂っていたものの、どちらもそれを口に出すことはしなかった。
ただ黙々と帰り道を進んでいくだけである。そしてついに分かれ道までやってきてしまったようだ。
どちらともなく足を止めたタイミングで沙橙が口を開いた。
「……今日は楽しかったよ」
「うん……」
「……また一緒に行こうね」
沙橙は寂しそうに笑っていた。そんな彼女を前にして何も言えない自分に嫌気が差す。それでもどうすることもできない現実を受け入れるしかなかったのだ。
朱美は無理やり笑顔を作ると答えた。
「私も楽しかったよ」
本当はとても複雑な心境なのだが嘘はついていないと思う。ただその言葉には重みが感じられず薄っぺらいものになってしまっているだろうことは容易に想像できたけれど、仕方がなかったと思うしかないのだろうと諦めの境地に至ろうとした瞬間のことであった。
突然沙橙に手を握られたのだ。あまりのことに驚いてしまい反応できずにいると彼女の方から声をかけてくる。
「……朱美ちゃんのこと、ずっと好きだよ」
「え?」
思わぬタイミングでの発言に動揺してしまう。そんな様子を見て沙橙はクスリと笑いかけたあとそのまま手を離した。
「……それじゃあ、また学校で」
そう言い残して立ち去っていく姿を呆然と見送ることしかできなかった。




