第25話 先輩:完全攻略③
そして翌日。
朱美は沙橙と一緒に学校近くのカラオケ店へ向かった。
平日の夕方とはいえ、店内はそれなりに賑わっている。
受付を済ませて指定された部屋に入ると、二人は早速マイクを手に取った。
「……朱美ちゃん、最初に歌う曲は?」
「うーん……」
沙橙に促され、朱美は自分で作ってきたセトリを眺める。
一応ラブソング縛りという条件があるようだが、そこまで厳密にするつもりもないのだろう。
現に全く恋愛と関係ない曲を選択しようとしても止められることもない。
それならばと、とりあえず無難なところから入ることに決めた。
「じゃあこれで」
「……了解」
沙橙が機械を操作し、画面に曲名が表示される。
イントロが流れ始め、朱美は息を吸い込んだ。
そして歌い始めた瞬間、喉から出た歌声は驚くほど伸びやかだった。
(……あれ?)
自分でも信じられないくらい気持ちよく歌えている気がする。
普段は緊張したり声が裏返ったりすることが多いのに、今日は調子が良いようだ。
「……上手くなったね」
「本当?」
一曲終わったところで沙橙が拍手を送ってくれる。
それが嬉しい半面、意外でもあった。朱美の感覚ではまだまだ下手だと思っていたからだ。
「……本当だって。昔よりずっと聴きやすくなってる」
「へへ、ありがと。沙橙も歌いな」
素直にお礼を言い、次は沙橙の番だとマイクを渡す。
すると彼女は意気揚々と歌い始めた。
沙橙の歌声は力強さがあった。特にサビの部分などは迫力があって聞いていて心地よい。
それだけでなく、アレンジも効いているため聞き飽きることがないのだ。
朱美はいつの間にか無意識のうちに手拍子を打っていた。
それが聞こえたのか、沙橙もノリノリになっていく。そして最後はハイタッチで締めくくった。
その後も二人は交互に歌い続けた。互いに好きな曲をリクエストしながらどんどんテンションが上がっていった。
「あー、楽しかった」
「……そうだね」
しばらくして一旦休憩しようとドリンクバーで飲み物を注いで席に戻ったところで二人とも息切れしていた。
椅子に腰掛けると疲労感とともに満足感が湧き上がってくる。
沙橙がジュースを一口飲むと朱美の方を見て尋ねてきた。
「……どうだった?」
「すごく良かった」
「……本当?」
「うん。こんなに楽しいとは思わなかったよ」
朱美が素直に答えると沙橙はニコっと笑う。
「……それなら良かった」
それから二人は今日の出来事を振り返りながら他愛もない会話を交わす。
「……次は違う場所行ってもいいかな?」
「もちろん」
沙橙はそう言ってスマホを取り出すとマップアプリを開いた。どうやらこの後行く場所を探しているらしい。
しかし朱美はそこでふと思い出したことがあった。それは昨日紫音に言われた言葉である。
『朱美から強く求められたらその時は──全部、食べてしまうから』
(もしも私が勇気を出して紫音先輩を求めたら……)
想像すると胸が高鳴った。同時に恐怖も感じる。踏み出すのが怖いというよりもその先にあるものが見えなくて怖いのだ。
未知への期待と不安がないまぜになった感情に戸惑いながら朱美は首を横に振った。
今はただ、沙橙との時間を楽しもう。そう思った矢先だった。
「……朱美ちゃん、なんか顔色良くないけど大丈夫?」
「え?」
突然沙橙が心配そうな表情で朱美を見るものだから驚いてしまった。
どうやら考え込んでいたせいで顔に出てしまっていたようだ。
慌てて誤魔化そうとするものの上手くいかない。
「……もしかして紫音先輩のこと?」
「ちっ違……う…こともない……けど」
「……やっぱり」
沙橙は顔を曇らせた。そして少し悩んだ素振りを見せたあとにこう切り出したのである。
「……朱美ちゃん」
「う、うん?」
「……ボクね、思ったことがあるんだ」
そう前置きしてから続ける。
その瞳は真剣そのものだった。




