第24話 先輩:完全攻略②
今日も今日とて、いつも通り授業が始まる。
しかし、朱美はどうしても集中できなかった。
原因は明白だ。
『――全部、食べてしまうから』
あの時の紫音の瞳が忘れられない。
あの眼差しの中に宿る熱情が、まるで自分を焼き尽くすのではないかと思えるほどだった。
「……ねぇ、朱美ちゃん」
隣の席の沙橙が朱美の肩をつつく。気づけば、すでに次の授業が始まろうとしていた。
「……なんかずっとうわの空気味だけどどうした? 何かあった?」
「い、いや……別に」
「……ふーん?」
沙橙は明らかに疑わしげな目つきを向ける。
彼女は鋭い。隠そうとしてもすぐに見抜かれてしまう。
「……もしかして紫音先輩関係?」
「え!? なんで!?」
思わず大きな声が出てしまい、クラスメイトたちが一斉にこちらを見る。
教師まで訝しげな視線を送ってきたため、朱美は慌てて口を噤んだ。
「……やっぱりか」
「お願い、誰にも言わないで!」
「……別に言わないけど、なんか悩み事なら相談乗るよ?」
「ありがと……」
沙橙は優しい。
朱美は正直に打ち明けるべきかどうか迷ったが、結局話すことに決めた。
休み時間になり、二人きりになったところで朱美はポツリポツリと話し始める。
「あのね、沙橙。その……紫音先輩のことでちょっと」
「……うん」
「最近、紫音先輩のことが全然分からなくなってきて」
「……具体的には?」
「……キスはするんだけど、それ以上のことには踏み込んでこないっていうか……でもその一方で私を食べるみたいなこと言うし」
「……ほう?」
沙橙は腕を組んで考え込む。
そして唐突に立ち上がると、空き教室の窓際に向かって歩いて行った。
窓を開け、深呼吸をしてから戻ってくる。
「……つまり要約すると『思わせぶりな態度を取る癖に決定的な一歩は踏み出さない』ってことか?」
「まぁ、端的に言えば……」
沙橙は真剣な顔で頷いた後、「う~ん」と唸る。
しばし沈黙が流れ、周囲の騒々しさが二人だけの空間を際立たせる。
「……紫音先輩、本当に変わってるなぁ」
「うん……」
「……でも朱美ちゃんがそれで悩むのも仕方ないと思う。自分から誘いにくいってのもあるだろうし」
朱美は素直に頷く。
紫音があまりにも余裕綽々で大人っぽく見えるため、自分が幼い子どものように感じられるのだ。
紫音はそんなこと気にしないだろうが、朱美としてはモヤモヤが晴れない。
そんなふうに朱美が肩を落としていると、沙橙がポンと朱美の肩を叩いた。
「……ひとつ提案があるんだけど」
「提案?」
「……明日、放課後にカラオケ行かない?」
唐突な提案に朱美は面食らう。
けれど沙橙は妙に真面目な表情をしていた。
「なんで急にカラオケ?」
「……理由は二つある。まず一つ目は気分転換。最近の朱美ちゃん、ちょっとピリピリしてるから」
朱美はハッとさせられる。確かにここ最近は紫音のことばかり考えて、周りに気を遣えていなかったかもしれない。
自分の顔をこねくり回して、なんとか明るい表情ができるように努力してみる。
「それで、もう一つは何?」
「……ボクが朱美ちゃんと遊びたいから」
「え?」
「……ボクが朱美ちゃんと遊びたいから」
「なんで同じこと二回言うの」
沙橙が拗ねたように言うのを見て、思わず笑ってしまった。
こうして沙橙がわがままを言うのは珍しい。
いや、それだけ朱美の様子がおかしかったということでもあるのかもしれない。
「……わかった。カラオケ行く」
「……へへ、決まりだね」
沙橙は嬉しそうにガッツポーズする。
それを見て、朱美も自然と笑顔になった。
こうやって友人に心配されるというのは悪い気はしない。
それに、カラオケという非日常な空間は確かに気分転換にぴったりかもしれない。
「歌ったらスッキリするかもしれないし」
「……そうそう。ストレス発散には最適だよ」
朱美が窓の方に向かって空を見上げながらそう言うと、沙橙は得意げに指を立てた。
そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「……実はボク、こういう時のためにとっておきの選曲リスト作っておいたんだよ」
「へぇ……どんな感じ?」
「……ラブソング縛り」
朱美は思わず噴き出した。
今のタイミングでそんなチョイスをする沙橙のセンスが面白くて仕方ない。
「それって絶対わざとでしょ」
「……もちろんだとも」
沙橙は胸を張って答える。
その自信満々な態度に苦笑しながらも、朱美はなんだか安心していた。
こうやってからかわれるのは、少なくとも嫌ではない。
「じゃあ、明日の放課後はよろしくね」
「……うん。任せて」
こうして、二人は次の日の放課後の予定を立てたのだった。
その日一日中、朱美ははそのことを楽しみに思いながら過ごすこととなったのである。
……紫音のことで不安が晴れたわけではない。
ただ今は、友との約束が新鮮な風のように心地よかった。




