第23話 先輩:完全攻略①
「んっ……ふぅ……っ」
「ぷはぁ……朱美、キスが上手くなってきたわね」
「し、紫音先輩ほどでは……」
朱美はいつも通り紫音に食われていた。
付き合う前も付き合ってからも、紫音は朱美にキスしまくっていた。
時にはついばむように、時には舌を入れながら。
「朱美、舌を出して」
「は、はい……んっ」
紫音に言われ、朱美は舌を出す。
すると紫音はその舌に自分の舌を絡ませる。
「んちゅ、れろぉ……はぁ……んむ……」
「あっ……ふぅっ……んんっ!」
キスだけで蕩けた顔になる朱美。
紫音は口を離し、朱美の唇と自分の唇を唾液の糸が繋ぐのを見てから言う。
「キスだけで蕩けちゃうなんて可愛いわね」
朱美は恥ずかしさで顔を赤くし、紫音から視線を逸らす。
紫音からのキスは心地いい。
だが、それと同時に甘い毒に侵されていくような感覚も抱いてしまう。
そんな朱美の心情を知ってか知らずか、紫音は朱美に言う。
「朱美は可愛いわね。全部食べちゃいたいくらいに」
「そ、それは……っ」
紫音の言葉に、朱美は顔を赤くする。
そして、そんな朱美の耳元に紫音は顔を近づけて囁く。
「でも……今はしないわ」
「え……?」
「だって、まだその時ではないもの。もっと朱美を私好みにしてからね」
そう言ってから、紫音は朱美から離れる。
「……え?」
朱美は呆然として紫音を見上げた。頬はまだ火照ったままで、呼吸も乱れている。
紫音は目を細め、指先で朱美の唇に触れた。
「慌てなくても大丈夫よ。焦らないのが私の信条だから」
「でも……」
「でも? 何?」
紫音の声には、遊びと本気が混ざっている。
朱美は少し俯き、言葉を探した。
「その……」
「その?」
「ずっと、焦らされたままじゃ……困ります」
朱美は小さく震える声で言った。
恋人だから必ずしも〝そういうこと〟をしなければならないという決まりはない。
だけど、こんなにも求められてそれなのに一線は越えない。
そんな紫音のちぐはぐさに、朱美は内心イラッとしていた。
紫音は微笑んだまま、その言葉をゆっくり味わうように聞いた。
「焦らされている自覚があるのね」
「そりゃありますよ! 毎回キスして、それだけで終わって……」
朱美は顔を真っ赤にして訴えた。
いくら自分が年下で中学生という子どもだからって、からかいすぎだ。
だけど、それに対して紫音は優しく頷く。
「確かにね。でもね、朱美」
「はい……」
「私はね、あなたを『食べ尽くす』つもりはないのよ」
朱美は首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「私はあなたの全てを奪いたいわけじゃない。むしろ逆よ」
紫音は朱美の手を取り、自分の胸元に当てる。
その鼓動は驚くほど速かった。
朱美と同じか、あるいはそれ以上に。
「私もあなたと同じくらい、緊張しているの」
「先輩が……?」
「ええ。だからこそ慎重になる。一瞬で燃え尽きる炎より、長く続く灯りの方が私は好きなの」
そう言って紫音は朱美を優しく抱きしめた。
大事にされている……ということなのだろうか。朱美は紫音の腕の中で、そう考えた。紫音は掴みどころがないから、全てを推し量ることはできない。
それでも、彼女なりの誠実さを感じる。
しばらく抱き合った後、紫音は少しだけ体を離し、朱美の瞳を覗き込んだ。
「朱美が私を選んでくれて嬉しかったのよ?」
「そんなの……紫音先輩を選ぶのは当たり前です」
「私にとっては当たり前じゃなかったの。だからこそ、時間をかけたい。――わかる?」
朱美は黙って聞くしかなかった。
紫音の言葉には嘘がない。それが分かるからこそ、何も言えなくなる。
やがて紫音はクスクスと笑い、再び朱美の頬に軽く口付けた。
「まあ、でもね」
「な、なんですか?」
「私はそんなに我慢強い方じゃないから、朱美から強く求められたらその時は……」
紫音は朱美の耳元で囁いた。
「──全部、食べてしまうから」
その瞬間、朱美の体温は一気に上がった。
紫音は満足そうに微笑み、もう一度だけ優しいキスをする。
そして、立ち上がりながら振り返る。
「さて、私はもう帰るわね。続きはまた今度」
そう言って、紫音はひらりと手を振って歩き去った。
残された朱美は、一人取り残される形となり、額に手を当てて呟いた。
「ほんと、勝手な人……」
けれど、どこかその自由さに救われている自分がいることも否定できなかった。
紫音の背中を見送りながら、朱美は小さく笑ったのだった。




