第12話 沙橙(メンヘラなクラスメイト)ルート①
「それにしても、私を置いてくなんて二人とも酷いよなぁ……」
「……うん、でも……仕方ないと思うな」
「そう?」
今朱美と話をしているのは、クラスメイトである沙橙。
茶髪橙目の美少女だ。
朱美と同じ、肩につくぐらいの長さの髪を持つ彼女の目は、どこか光が入っていない。
朱美以外に親しい間柄の人がいないのもあってか、教室ではいつも本を読んで過ごしている。
その時も、いつでも、ハイライトなし。
朱美は密かに、その目に光を宿してみたいと考えている。
「……だってさ――みんな朱美ちゃんのことが好きみたいだし。紫音先輩が朱美ちゃんにキスしたのも、美桜ちゃんや蒼衣ちゃんがキス後に変だったのも、それなら辻褄が合うでしょう?」
「……そ、それは……」
確かに、それなら辻褄が合う。
だけど、いくらなんでも、それは違うだろう。
「でも、私を好きっていっても、美桜は姉としてだろうし、蒼衣は幼なじみとしてだろうし、紫音先輩は……からかっただけでしょ?」
朱美はあの三人に恋愛感情を抱いていないし、あの三人も朱美に恋愛感情を抱いていないだろう。
スキンシップ旺盛なのは昔から変わらないし。
特に何も意識せずに放った言葉を、沙橙はどう思ったのか。
心做しかいつもより表情を明るくして言う。
「……じゃあ朱美ちゃんは、ボクのことを好きになってくれる可能性があるってことだよね?」
「…………それって、どういう――」
「……でも、誰を選ぶかは慎重にした方がいいよ? 何せ君は――百合ハーレムの主人公なんだから」
沙橙は手首の傷を見せつけるかのようにして、朱美の頭を撫でた。
その手首には、刃物で切り裂いたような傷がある。
その傷に触れない方がいいのだろうが、なぜだかとても胸が痛くなった。
「あの、それ……」
「……ん? ああ、これね」
朱美がおずおずと尋ねると、沙橙は手首を袖の中に隠す。
そして、朱美が言いたかったことを理解したのか、気にした様子もなく答えた。
「……これはね……まあ、自分と世界が嫌になっちゃって、限界が来た時につけてしまったんだ。醜いよね」
「そんなことないよ……」
「……へぇ? 君は優しいんだね……でも、ボクは醜いと思う。だって、これはボクが弱いって証明しているようなものだから」
「沙橙は弱くないよ。……私なんかより、ずっと強いよ」
朱美がそう言うと、沙橙は少し驚いた顔をして、すぐに笑った。
その笑顔に、朱美は安堵する。
「……あはは、君は優しいね。ありがとう」
「うん……」
「……でも、やっぱり弱いんだ。ボクは」
沙橙は苦笑して言った。
なぜ沙橙は自分のことをそんなに下げるのだろう。
朱美は疑問に思ったが、答えてくれそうになかったので聞かないことにした。
「……朱美ちゃんは気になる人とかいるかな?」
「気になる人?」
「そう。まあ、ボクは君しか興味ないからわからないけどさ」
沙橙は手首を袖の中に隠したまま笑う。
その笑顔に陰りが見えた気がして、朱美は堪らず言う。
「……私は沙橙の笑顔が好きだよ。だから、辛い時は無理して笑わなくていいと思う」
「……っ!」
沙橙は驚いたように目を見開いて、そして優しく微笑んだ。
「……君はやっぱり優しいね」
「別に優しいわけでは」
「ううん、優しいよ。だから――ボクのヒーローなんだ」
朱美はただ思ったことを口にしただけで、褒められるようなことはしていない。
そのはずなのに、沙橙に笑顔でそう言われたことが嬉しくて、朱美は思わず笑みが零れるのだった。
もっと踏み込んでしまいたい。
自分のことをヒーローとまで言ってくれた、彼女の心の奥まで。
だけど、それをするのはまだ早い。
だから今はただ、笑っていよう。
彼女の笑顔を守るためにも。




