四
領境には標識があるだけで、番人はおらず、見張り小屋のようなものも無かった。つまり二つの領の関係は平穏だった。おれたちはそれまでの歩調を乱さずにマギソテラリス領に入った。日は傾き、二人の影は街を指している。おれはあわてた。
「急ごう。ここは城郭都市だ。騒乱時代の名残で日が沈んだら締め切っちまうんだ」 おれは騒乱時代なんか知りもしないのに本の受け売りを自分の知識のように言った。〝騒乱〟を経験してるだろうし、旅についてもディーミディは大先輩なのに。
急ぎ足に切り替え、あわてて滑り込むとほぼ同時に日が落ち、大きなきしむ音を立てて門が閉じられた。
「どうする? 宿」 ディーミディがほっと息をついて言った。
「ああ、日が沈んだか。教会は閉門だし、どこか探そう」
道路も建物も石造りの街を中心部に向かって歩きながら宿を探した。一応ボーニタス教会を確かめたが、やはり扉は固く閉じられ、番人は取り合ってくれなかった。時間にきびしい神様だ。
街は交易で栄えており、中心街をぐるぐる歩くと、たまにエルフを見かけた。ここではディーミディも人目を引かない。ドゥミナウス領とは違う。こういうのは旅をして始めてわかる。
やっと一部屋見つかったが、一人用だった。宿の亭主は二人で使ってもいいと言ってくれたが、その下卑た目つきがなんとなく気に入らなかった。
「おれは横の馬小屋の隅でいい。屋根がありゃ十分だ」
ディーミディは頭と手を振った。
「いやいや、あたしゃ気にしないから、いいよ、一緒に泊まろう」
しかし、おれは強く断った。なぜか不満げな顔のディーミディを部屋に押し込み、毛布だけ借り、体に巻き付けて寝た。まあ、昨夜に比べたら快適だった。藁を積み上げりゃふかふかの寝台になる。馬の鼻息や小便、壁板を蹴る音はおまけと思えばいい。これも旅慣れるための経験だ。
翌朝、まだ暗いうちに体を拭いて服を身につけると、ディーミディが来た。「おはよう。行こう」
商人向けの店で朝を済ませたが、ディーミディは言葉少なで無愛想だった。起きたばかりは調子が出ないんだろうか。
周りが明るくなってきた。教会に行く途中で話しかけてきた。
「昨日、なんで一緒に泊まらなかった?」
「女だから。将来を約束してない女とおなじ部屋で二人っきりにゃなれないよ」
「固いんだな。神を持たないくせに」
微笑んだ。気分良くなったのなら良かった。
ボーニタス教会は開いていた。しかし、番人はこちらに取り合ってられる様子じゃなかった。そして、朝も早いのに野次馬が門前を囲んで見物していた。
その注目の先には、金で縁取った家紋をつけた馬車が止まっている。中から貴族が家来を伴って降りてきた。
――テラリス様だ、マギソ・テラリス様だぞ―― まわりからささやくような声がした。
番人は平伏するのかと思うほど腰を曲げながらその貴族一行を迎え入れると、扉を閉じた。なんと、日が昇っているのに施錠の音がした。
おれたちは顔を見合わせた。二人の声がそろった。
「どうなってんだ?」




