四 武術
体を動かしてるときだけ、心のつっかい棒は気にならなくなった。だから、運動は大好きだった。
教団の運動は実学であり、主には身を守る術を教えるものだった。
護身術の極意は逃げること。その一点だった。素早い身のこなし。走る速さ。恥ずかしがらずに大声を出して助けを呼べる度胸。
そして徒手空拳の武術。護身術で成績優秀な者が進める。こちらは規則のある勝負を教える。投げ飛ばし、拳を食らわせ、蹴りを入れる。そのどの動作も規則にのっとった規律ある競技だった。
おれはどっちも頑張ったし、鍛錬すればそれだけ向上した。
そして、神官たちも実力を認めてくれ、剣術を習うようすすめてくれた。毎巡年二、三人しか選ばれないそうだ。
さすがに剣術となると教団には指導者はいないので、神官長と知り合いの道場に通うことになった。なぜそこまでしてくれるのかと思ったが、教団は警護のできる神官が欲しかったらしい。いまとなっては済まないなと思う。
おれは短剣術を選んだ。競技者になるつもりはなく、実際的な剣術を身につけたかったからだった。立派な剣は目を引くが、日常的にぶら下げておけるものではない。それに警護や護身を考えた場合、相手に一撃を食らわせてひるませればよく、倒す必要は無いので、早さのみを重視した。
「なるほどな。実用一点張り、というわけか」
道場の師範は、おれが短剣を選んだ理由を聞いてうなずいた。帝国人で、神官長に比べたら若く見えたが、髪はなく、左手の中指と薬指が欠けていた。
「山賊捕縛で、火球にやられた。で、退役して道場主になった」
おれは緊張して身じろぎ一つしてなかったし、顔を動かしてなんかいない。
「目だ。戦闘は相手の目を見るんだ。そうすれば動きはかなり読める」
練習がはじまった。練習というより修行と言ったほうがいいかもしれない。しかし苦痛ではなかった。師範の指導はすべて合理的で、いちいち納得できるものだったし、その通りにすれば明らかに良くなった。
「とにかく突け。振り回すと無駄が生じる。敵をひるませたいならなおさらだ」
わらを編んだ人型に木の短剣で練習した。本物とおなじ重量配分になるよう金属の輪がはめてあったのでだんだん腕が下がってくる。十かそこらの子供だと全力で五回も突くと、後は惰性のようになってしまう。
しかし、師範は許してくれなかった。
「腕が下がってるし、その突きでは布にだってはじかれるぞ。敵は歳なんか見てくれない。見本の穴とおなじものを十つくるまでやれ」
人型の急所には師範が刺した穴があいている。まっすぐで深い。ひるませるための傷どころか、どれ一つとっても致命傷なのは子供の目にも明らかだった。
年が明けると、人型での練習はおしまいになった。防具を着け、人相手に戦う修行が始まった。
しばらくはあざだらけになった。師範は、目を見よ、と強調するが、そうすると隙だらけになって相手の剣に突かれる。おれはなんども死んだが、不思議にも師範は怒らない。怒るのは相手に一撃を食らわせても目を見てなかったときだった。
「なんど言ったらわかる? いま入った一撃はまぐれだ。実戦でまぐれを受けてくれるような甘い敵はいないぞ。目を見ようとする者にできる隙より、見もしないで剣を振り回すだけの奴の隙のほうがつけ込みやすい。ルシエス、忘れるな。目だ」
小屋に帰るとアウローラが心配げな顔でこっちをうかがう。服からのぞく肩や腕の打撲傷に薬を塗ってくれようとするが、断った。なぜか女の子に近づかれるのが嫌になっていた。
「いいよ。自分でやるから」
「ねえ、上着脱ぎなさいよ。背中とか塗ってあげる」
「いいって」
アウローラは髪を伸ばしていた。それが触れるのも嫌だった。
修行が進むと、神官のすすめで競技会に出場した。勝ち上がり方式で、二回勝つと地区代表になり、隣の地区代表と戦ってさらに勝つと、領主ドゥミナウス様が開催する上級競技会への出場資格を得られる。
結果から言うと、おれは二回戦で負けた。それでも神官からすると予想外だったらしくほめてくれた。負けたのはまだ子供で体ができてないから連戦に耐えられなかっただけで、今後が楽しみだと言ってくれた。
おれはうれしかった。競技は目に見える形で結果がでる。自分がどこにいるのかはっきりする。これはいい、と思った。
翌巡年、地区代表になったが負けた。十五になり、ドゥミナウス様の上級競技会に出場し、一回戦で負けた。十六の歳も一回戦突破できなかった。
この頃、師範と相談して両手を使えるようにした。どちらの手でも短剣を操れれば強みになるはずだ。鍛練を重ね、どちら側でも型を作れるようになった。
十七歳。ドゥミナウス杯を手にした。教団で初めてだった。しかし、神官長はうれしいような困ったような不思議な顔をしていた。
その理由はすぐわかった。ドゥミナウス様は遊びで競技会を開催したわけじゃない。自軍の戦力を高めるためでもあった。だから、優勝後、しつこく勧誘が来た。おれは軍になんか入るつもりはなかったし、教団もそうだったので、角を立てぬように断るのに苦労したらしい。
アウローラは喜んでくれた。その歳では男女は完全にわかれており、もう話す機会はなかったが、噂だと食堂に飾られたドゥミナウス杯を磨くのはアウローラだけで、ほかのだれにも――特にほかの女には――手を触れさせなかったという。
短剣の腕はその後も伸び続け、師範の助手として、新入りの指導に当たることもあった。
でも、〝目を見る〟という言葉の意味を会得したとは言いがたかった。修行すればするほどわからない。だいたい激しく動く戦闘中に目なんか見てられるわけがない。けど、師範には聞けなかった。それは口で言い、耳で答えを聞く類の事柄ではなく、鍛錬を通じて体得するものだと考えていたからだった。
しかし、ある日、とうとう疑問に押しつぶされそうになった。
修行が終わった後、おずおずと質問すると師範は大笑いした。
「いまさらか。そりゃそうさ。大勢が激しく動き、砲弾や煙幕、まじないの火や煙、土埃やなんやらだらけの戦場で目なんか見てられるもんじゃない」
師範は笑い止め、まじめな、そして悲しげな表情でおれの顔を見た。
「でもな、ルシエス。わかるんだ。武術とか剣術とかご大層に言うが、結局は殺し合い、下衆な命のやりとりだ。その中をかいくぐってると見えてくる……、と言うか、感じられる。こいつ、火球を出すと見せかけて剣だな、ってな」
「けど、火球を食らったんですよね」 おれは左手を見て言った。
「ああ、ルシエス、いや、ルシェソルトゥス。おまえみたいな弟子は初めてだ。もしかすると、おまえは現代最強の短剣の使い手になるかもしれんな……」
師範はやさしく、おれの肩に手を置いた。
「……決して、そうなるなよ」




