三 学び
旅立ちに至る自分の生い立ちを文章にするにあたり、確認のため記憶再生のまじないをかけてもらってるが、おれの無信心のせいか、正しく機能せず、再生された思い出にはまってしまうようだ。
通常だと再生された過去は壁に掛けた絵を眺めるように意識されるはずだが、現実との分離がうまくいかず、あたかもいま体験してるように感じられてしまう。まあ、確かめるには問題ないので良しとしよう。
それにしても子供のアウローラが目の前に現れたのには驚いた。懐かしい。
じゃ、生い立ちの記録に戻る。
孤児院ではいろんな勉強をした。もっとも重要なのは神に関する学問だったが、実学も学んだ。生きていく上で必要とされる技能はきちんと身につけられた。
これはグレシャ教団が信心を強制してはいけないという教えを持っていたからで、成人を迎えたときに神官として残るか、世に出てほかの神か教団を探すか選択の自由を与えていたからだった。孤児を預かる教団には、組織に依存しきり、独りで生きていけない帝国人を育て上げるような無責任な人はいなかった。
おれは神官ではないし、いまのところどの神の信仰も持たないが、この点は立派だと思うし、ほかではなくこの孤児院『神の子たちの小屋』で育って良かったと思っている。
ただ、おれはできのいい生徒ではなかった。一番重要な学問がだめだった。神学とグレシャ様への信心だ。いや、丸暗記でいい知識は合格点を取れたし、そこに問題が無いのは神官も認めてくれた。
問題は、心の底から疑いなく信じる、という信仰で最も重要な実践ができないところだった。
祈りの時間が終わった後、神官長に呼び出された。机の向こう側でわざとらしくため息をついて言う。
「ルシエス、また気を散らしていたね。壇上から見ればわかるよ。頭がふらついていた。今日はなにを考えていたのかな」
嘘はつけない。おれは正直に答える。
「信心がお金みたいになってる世界の仕組みについてです」
神官長の目がきゅっと細くなる。まだ座れと言ってくれない。
「神に信仰を捧げることをそんな風に思ってるのか」
「でも、そうでしょ? 神様に〝信じる〟って心を、祈りを通じて支払うと、〝恩恵〟っていう品物が買えて、時にはまじないも使えるようになる。で、店によって扱ってる商品が違うように、神様や信仰によって〝恩恵〟が違い、得意とするまじないがある。そして人はその〝恩恵〟や使えるまじないを比べて神様や教団を選ぶ。でしょ?」
「そこまでわかっていながら、まだ考えることがあるのかな?」
「……おれは、おれはグレシャ様に感謝しています。捨て子だったおれがここまで育ち、勉強もさせてもらえる。それはグレシャ様を信じる人のおかげです。だからおれも疑いなくまっすぐに心の底から神を信じたい。でもだめなんです。祈るたびに心につっかい棒みたいなのが突っ張ってきて苦しいんです」
おれは胸に祈りの形に手を置いた。それを見て、神官長は座るよう手振りをした。後で気付いたが、〝おれ〟と言ったのに注意されなかった。
「そのつっかい棒について、心をさまよわせていたんだね」
うなずいた。神官長もうなずいた。
「わかったかな。つっかい棒の正体」
答えるべきかどうか迷った。前のことがある。正直に言ったらどんな罰を食らうだろう。でも、神官長のしわを見ると、言わなきゃと思った。そうだ、この方には言わなきゃ。
「はい。つっかい棒の正体は嘘です。教義にある嘘です。それがある限りおれは心の底からの信仰は持てません」
窓を背に、神官長が深く息を吸い込み、幅広の肩が盛り上がった。
「〝全知全能〟か」
「明らかな嘘です。おれの問いかけは間違ってません。……罰ならまた受けます」
「いいや、ルシェソルトゥス。それは無意味だ。おまえは罰を受けながらでも考え続けるから」
「教義から〝全知全能〟という言葉を取り除いてください。そうしたらおれは……」
「いいや、それはできない。教義は預言だ。グレシャ様からお預かりした言葉だから、一言一句たりとも変えられない」 祈りの形。
「じゃあ、おれはどうしたらいいんですか」
神官長は、おれが部屋に入ってからはじめて目をそらせ、一瞬天井を見上げた。空の神を見ようとしたのかもしれない。
「考え続けなさい。特別に認める。祈りの時間でも心を大空に飛ばせていい。ただ考え続けなさい」 手を振った。終わりの合図だった。
おれは一礼して部屋を出た。神に感謝した。ここに来られて良かった。




