五 成人
記憶再生のまじないのせいか、おれのせいか、どうも調子が悪い。情景よりもそのときの気持ちが強くよみがえる。事実関係の確認をしたかっただけなのに、心がざわめいて仕方ない。けどあとちょっとで旅立ちなので波打つはおさえて思いだそう。
日が昇って沈み、月が巡って年が一回りする。それを数える両手の指の数は十、一回折り、返して開いて二十。それが帝国人の成人だ。
その日の朝、孤児院のほぼ全員と神官が食堂に集まった。夜明け前でまだ薄暗く、春とはいえ冷える日だったが、人数のせいか蒸してきた。窓が少し開けられ、灯が揺れ、影が揺れた。
成人の誓いを立てるのは五人。事故のため不幸にもこの日を迎えられなかった一人は、信仰の証しであるサッシュのみ来ていた。
正装した神官長が祈りを捧げ、この場の全員をグレシャ様の名前で祝福した。
一人一人が呼ばれ、壇上で誓いの言葉を述べると、サッシュに見習い神官のピンが留められた。もっとも成績優秀な一人は準神官のピンだった。それはアウローラで、厳粛な顔は一緒に遊んでいた頃からは想像もつかないほど大人だった。頬ももう丸くはない。とても遠いところに行ってしまったような気がした。
その顔がちらりとこちらを向いた。おれはうなずいた。アウローラのこれからの人生はグレシャ様と過ごす満ち足りたものになる。だが、アウローラとみんなはおれが呼ばれるのが最後である理由を知っている。軽蔑されてるだろうな、と自嘲した。
「ルシェソルトゥス。ここへ」
壇上に立つと、神官長が小さく見えた。そんなのは初めてだった。威厳はある。でも背は低いし、おれほど筋肉もない。老いた人、だった。
神官長はかすかにうなずくと言った。
「これが最後の問いとなる。良いか?」
おれはうなずいた。
「おまえは今日、帝国およびドゥミナウス様の定める成人となった。自分で自分の行く道を決めるべき時だ。さあ、どうする? 信仰か、それともおまえの主張する、いわゆる探索の旅か」
食堂がわずかにざわめき、すぐ静まった。
神官長の口調は儀式の場にふさわしくないほど砕けていた。おれはそこにこの方の暖かさを感じた。
「旅です」 おれはサッシュを外し、丁寧にたたむと両手で捧げて返した。
ざわめきが大きくなり、神官が咳払いをしなければならないほどだった。
「決断を認める。では今日の日が昇る前に教会の敷地から出なければならない。しかし、神はいつでもおまえの帰りを待つ……」 そして、小声で付け加えた。「……わたしもだ。もっとも理屈っぽく、やっかいな子よ。風邪など引かぬようにな」
儀式が終わると、アウローラ以外のみんなが周りを囲んだ。おれは肩を叩いたり叩かれたり、握手をした。こうなるとうすうすわかっていたから、いまさら理由を聞いたり引きとめたりするやつはいなかった。
「最強、か。見つかるといいな」 一人が言うと、別の者が否定した。「見つかるものか。グレシャ様以上など」「でも、ルシエスなら神様抜きでも強い。なんとかなるさ」「神様が心にいないってのは気に入らないな」「そうさ、まじないもない」「なあ、ルシエス。考え直さないか? 信仰を持たないなんてまともじゃない」
おれは曖昧に微笑んだ。議論をする気はない、とその顔で示したつもりだった。「じゃ、いったん部屋に戻るよ。荷物取ってくる。それでお別れだ。いろいろありがとな」
すでに片付けの終わった部屋はがらんとしていた。寝台の上に背負い袋と愛用の短剣が一本。旅装に着替え、革の防具をつけた。
ノックの音がした。
「どうぞ」
アウローラだった。扉を開けたところでぎゅっと口を結んでいる。
「そんな顔しないで。笑って見送ってほしいんだけど」
黙っている。おれは袋を背負い、短剣をさした。
「行くよ。明るいうちに境を越えたいから」
おれは突っ立ったままのアウローラの横をすり抜けて部屋を出た。口がわずかに動いたようだったが、なにも聞こえなかった。
空は青かったが、山の向こうには雲が湧いていた。この上天気もずっとは続かないだろう。
了 『付 孤児ルシエスの旅立ち』




