一 神の子たちの小屋
記憶再生のまじないの力を借りて思い出せるもっとも古い思い出は毛布だ。そのときのおれはそれ以上柔らかくて暖かいものを知らなかったから、ずっとしがみついていた。世話役の老婆や年長者を手こずらせていたらしい。そして、毛布にしがみついている限り、決して泣かない子だったとも。
それからの記憶は途切れ途切れだ。二、三十人ほどが共同生活している孤児院の暮らしは繰り返しが多く、変化のない毎日は頭に残らない。昨日も今日もおなじなのに覚えてなんかいられない。でも子供はすぐに大きくなる。
拾われた日を誕生日として十歳になり、簡単な読み書き算術と朝の祈りができるようになったとき、神官長が部屋に呼び、話してくれた。おれは捨て子だと。それは察してたけど、きちんと言ってくれたのは初めてだった。
「ルシェソルトゥス、いや、今日はみんなが言うようにルシエスと呼ぼう。君は十巡年前の今日、この、『神の子たちの小屋』の門前に置かれていたんだよ。ここのほかの子たちとおなじだ」
おれの記憶がおかしいのか、そのときすでに神官長は総白髪だった印象がある。そんなはずはないんだが、どんなに考えてみても、その話をしてくれた神官長の頭は雪の積もった屋根のように真っ白だった。目尻と口元のしわは深く、言葉を句切るたびに深さを増していった。
「ルシエス。でもね、親を恨んではいけないよ。事情があったんだ。子を手放して教会の孤児院に託したほうがいいくらいの。ほかの子もそうだ。だから……」
「事情って、なんですか」
おれは口を挟んだ。人が話してるときにはしてはいけないって言われてたのに。けれど、神官長は咎めるような目ではなく、哀れむようにこちらを見、下を向いてしまった。
「手紙は付いてなかったし、君の場合は人から預かったんじゃないからなにも聞いていない。済まない。わたしはうわべだけの軽い言葉を使ってしまった。そう、ルシエス。事情はわからない。それが真実だ。でも、恨んではいけないというのは変わらないよ。そんな気持ちに君の心を占領させてはいけないからだ」
「神の知恵に反する?」
いま思いついたが、もしかすると、白髪に見えた原因は神官長の背後に窓があったせいかもしれない。光の具合だったのかも。
「そうだ。ルシエス。君は歳のわりに利口だね。神が体と心をお作りになったのだから、汚れたものや気持ちを近づけてはいけない」
「神が作った……、神様はなんでも作れるの?」
おれは自分の胸をぱたぱた叩いて聞いた。神官長はくすっと微笑んだ。
「そうだよ。我らの恵み深い神グレシャ様は全知全能なのだよ」 神の名を口にしたとき、神官長は祈りの形で胸に手を当てた。
「全知全能?」
「知らぬことは無く、できぬことも無い、という意味だ。なんでもお作りになる。この世もだよ」
おれはちょっと考えた。そして、人生で初めての大きな失敗をした。
「なら、神様自身の力で持ち上げられない重さの石を作れる?」




