十
「すごいじゃないか」
その夜、部屋に来た二人に契約の話をすると喜んでくれた。
「うん、この条件ならすぐに旅に出られる。働き始めたとこなのに悪いけど、二人は挨拶しといてくれ。準備を整えたら出発する」
「東か。首都を回り込んで」 ディーミディはうれしそうだった。
「いまはそう考えてる。また調べとかないと」
「首都の東側なんてなにも知りません」 アウローラは心配そうだった。
「おれもだよ。ここでの調べ物、手間取るかもな」
「あと、金の話もしときたい」 出したままの地図の上に契約書を広げて言った。「三等分だ」 でも、と言いかけたアウローラを手で止める。
「三等分。議論はしない。これはおれたちの旅の本だから、おれの独り占めとか、多めに受け取ったりとかはない」
「三等分じゃなかなか貯まらないぞ」 ディーミディは真面目な顔を崩し、いたずらっぽい顔で聞いてきた。
「なんで貯めなきゃ?」
「将来どうすんだ? 結婚とか考えてないのか」
にやにやしてるディーミディの隣で、アウローラが茶碗の縁からこっちを見ている。これはなんだ?
「ない。信仰もないのに結婚とか、子どもとか家族を作るつもりはない」
「カプティンペリアーレは?」 アウローラが口をとがらせて言った。
「あれは仮説にすぎない。世間一般からすればおれは無信仰だよ。……なんだよ、にやにやして。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」 言葉の途中で、妙なにやにや顔をしてるディーミディの方を向いた。
「いや、ルシエスはもうちょっと融通きかせなきゃ。〝無信仰だから……〟とかなんとか堅く考えるな。信仰に値する神様を探すってのは立派な目的だけど、そうしてる間他のことしちゃいけないってのは違うだろ? 道は独りで歩かず、連れ立っていけ」
「連れはもういる」 二人を指した。
「そういう意味じゃない」
「あんただって独りじゃないか」
おれはディーミディが持って行こうとする方向をわかった上で、断るつもりだった。とにかくだめだ。アウローラの向かう先はおれと同じじゃない。もっと人並みの幸せをつかめる、いや、つかまなくちゃならない人だ。アウローラは。
「エルフの独りは人間とは意味が違う。おまえらの人生の時間は短い。若い頃はもっと短い。独りでいようとするな」
おれは下を向いた。この長く生きた半エルフはおれなんかのことを心配してくれている。それはうれしい。人生でそんな存在に何回出会えるだろう。
「アウローラ、君はこの旅でなにをしたい? それと、どうなりたい?」
ひざに手を置き、アウローラはこっちを見た。
「神を持たないあなたが信心するようにし、わたしはその知見を携え、グレシャ様の神官となります」
「その間、ふつうの準神官がするような修行や勉強はできないぞ」
「机に向かってする勉強はいつでもできます。でも、ルシエスを見守るのはいましかできません」
「おれを、見守る?」
「あなたの〝無信仰〟を、です」 アウローラは赤くなって言い直した。
「孤児院でもそうだったな。アウローラは〝姉様〟みたいだった」
「あねさま?」 ディーミディが横から聞いてきた。
「年少の子の世話や手伝いをする年長の女の子。孤児院での言い方」
そう答えると、ディーミディは大笑いした。
「ぴったりだな。アウローラがルシエスの姉様ってのは。それにいまじゃ専属のまじない医でもある。おい、こりゃいくら感謝してもしきれんな」 肘でつついてきた。
頬が熱くなるのを感じた。まったくその通りなのにちゃんとした言葉が出ない。ただ、アウローラに頭を下げた。
「これからもよろしく」
ディーミディが笑った。そして、こらえきれなくなったアウローラも笑った。
赤くなってとまどってるのはおれだけだった。
まあ、悪い気分じゃない。
首都の向こう側にはどんな神様や信仰があるだろう。そして、おれたちはなにを得るだろう。
そう、おれたち。旅を始めたときと違って、もう一人じゃない。
それと、いまここではっきりしてるのは、なにかを知るためには歩き出さなくちゃならないってことだ。
おれは、次の旅と新しい土地のことを考えた。みんなで行く道を。
了




