九
宿に戻ると、二人は先に帰っていた。
「どうだった?」
「あたしらはそれぞれの教会で下働きすることになった。明日からしばらく住み込み。ルシエスは?」
おれは決まった話をした。アウローラがにこっとした。
「良かったですね」
「じゃ、あたしら二人は今日でここを引き払うとして、ルシエスだけ残るんだな」
「そうなる。出版の条件とか細かいことを詰めなきゃならないけど、そんなにかかるとは思えない。下働き、すぐにでもやめて旅に出られるかもな」
「そんなにいい条件なんですか」
「金のことはまだ決まってないけど、元締めはいい人そうだった」
二人が変な顔をしたので、元締めのネディトーについて説明した。
「ふうん、ドワーフにしても変わってんだ」 ディーミディがつぶやいた。「じゃあ、しばらくはここが集合場所だな」
「ひとつ、いいか」 茶を飲んで一息つくと、ディーミディは口調を固めに切り替え、おれをまっすぐ見た。
「厚かましいようだけど、出版について頼みたいことがある」
「いいよ。それに本には二人のことも書かれるはずだから、アウローラもなにか条件があったら言ってくれ。あしたネディトーに話す」
「純粋主義についてだけど、記述する調子として、否定的に書いて欲しい。ややこしいことになるし、かたよった視点は嫌われるかもだけど、あの主義を否定する本を残しときたい」
「そうする」 おれは同意した。あの主義と、その支持者にされたことについて、公平な描写を心掛けるつもりはない。おれはそこまで出来た人間じゃあない。
「アウローラは? きみもこの旅の同行者だし、なにかあればいまのうちに言ってくれ」
「ええ、帝国にはいろんな神様や信仰の形があります。それらについてはできるだけ中立的に書いてくれればと思います。なかにはウェッデンクル様のように理解しにくい神様や信仰もあったけれど、それも否定しないでください」
「なぜ?」
「ほかの信仰に否定的な評価を下すとしこりを残すから」
「さすが、ちょっとでも外交官の訓練を受けただけはあるな。それもそうする。おれだってこれからもずっと旅していろんな教会に世話になるのに、立場を悪くするのは避けたい。あ、純粋主義者どもは別だけど」
二人とも笑った。おれも笑って手を広げた。
翌日、昼を取ってから出版社に行くと、もう契約書が用意され、記録帳が返ってきた。
「ちゃんと読んで署名してくれ。特に金のとこをな。もめごとはいつも金からだ」
おれは言われたとおり時間をかけて読みながら、きのう話した二人からの条件を言った。ネディトーは目を細めたが、それは笑顔ではなかった。
「神様や信仰について公平に書くってのは問題ない。そうさせてもらう。けど、純粋主義者どもはな……。代筆担当がどう書くか悩んでたよ。大勢の読者を逃しかねない」
おれはネディトーをじっと見た。言葉より雄弁な目の力を使う。ここはゆずれない。記録帳を読んだのならわかるはずだ。
「わかった。わしもドワーフだ。奴らとは色々あるし、ここのデウセルフ様の教会の前にあんな碑を立てやがったのもよく思ってない。それも同意しよう。記録帳の原文の調子を生かすよ」
おれは大きくうなずき、署名した。はっきりした力強い筆跡で。




