八
翌朝、仕事探しに散った。二人はそれぞれの教会へ、おれは出版社へ。宿の主人が書いてくれた紹介状には、『ドムセディトナノール出版』とあった。名前からしてドワーフの本屋だ。エルフと同じくドワーフであれば信者となるエーウナノルム様は、知識収集の〝恩恵〟を授ける神様なので、出版社はぴったりの仕事と言える。
建物は表通りに面しており、思った以上に立派だった。石組みはしっかりしていて、いままでに見てきた様式とは大きく異なっていた。これがドワーフ建築なんだろう。四角い石をただ積むのではなく、木組みのようにして合わせてある。あんなふうに石を削ってはめるなんてどうやるんだろう。
開けっぱなしの表から入り、受付に紹介状を渡すと、主人の義兄がすぐに出てきてくれた。にこやかに挨拶し、奥へ通してくれる。
「義弟から連絡ありました。すぐご案内します。元締めが待っています」
「元締め?」
「そう呼ばれたがるんです」 その時だけ困った顔をした。
「入って」 義兄が飾りの多い扉を叩くと中から太い声が返ってきた。開けながら、どうぞ、という身振りをすると、ちょっと頭を下げ、来た廊下を戻っていった。
「遠慮はいらないよ。さ、さ」
うながされるままに入ると、まず目に飛び込んできたのは色だった。世の中のありとあらゆる色彩を集めたような、贅をこらした服だった。様々な模様の布を建物の石組みのように組み合わせてある。なのに、不思議と派手な印象はなく、嫌味もなかった。それがよく肥えた小さい体を包んでいた。いや、ドワーフとしては並の体格だ。
それと髭、体毛も目立つ。ドワーフはそういうものだと知ってはいたが、それにしても想像以上に繁茂している。歳はよくわからないが、見えている肌のしわからして老人であるのはまちがいない。ドワーフはエルフなみの長寿命だが、外見で老いてるのがわかるのだから、それなりの歳なんだろう。
手振りに指図されるまま、黒い木で作られ磨き上げられた、鏡のような天板の机をはさんで座った。花や木などが彫られている椅子の座り心地はいいが、それがかえって落ち着かない。こういうのは貴族が使うものだ。窓はドワーフの背後に大きなのと、机の左に小さめのがあり、明るさは充分だった。ほかも、家具や壁、床、天井すべてに植物か幾何学模様の細工がほどこされ、工芸品の中にいるようだった。
「よくお越しくださった。ルシェソルトゥスさん。わしはプリネディトラムナノール。ここの元締めをしてる。あ、元締めってのはわしの好みでな。〝主人〟とか、〝支配人〟とか〝社長〟なんて呼ばれたくないんだ」
話すと頭や手が細かく動く。その身振り手振りのたびにいい香りが漂ってきた。毛むくじゃらだからと言って不潔ではない。近くで見るとからまった毛はなく、よく櫛を通してあった。
「〝さん〟はいりません。それと、ルシエス、と縮めてお呼びください。ルシェソルトゥスは大仰過ぎます」
元締めの小さい目が細くなり、大きな鼻のいぼがうごいた。大きく分厚い唇が笑顔を作る。
「〝さん〟はいらないってのは大賛成だ。ならわしもネディトーでいい」
すぐに仕事の話にはならなかった。茶と菓子を運ばせ、世間話から始まった。火事の話も出た。しかし、そうした雑談にまぎれさせて、おれを審査してるのは明らかだった。なんだか、孤児院にいた頃、神官から受けた面接試験を思い出させた。
「……じゃ、火事の後片付けもしてたんだね? どんな具合だった」
これなどは意図が明らかな問いだった。おれが的確な描写力を持ってるか確かめたかったんだろう。簡潔に、相手に伝わるように表現する。昔きびしくしつけられたのが役に立った。
茶菓がなくなり、ネディトーは手を打って茶のおかわりを持ってこさせた。
「さあ、そろそろ仕事の話だ。いいかね」
おれはうなずき、記録帳を出した。
「ああ、それか。縁のよれ具合がいい。ルシエスと一緒に旅をした帳面だ……」
ぱらぱらとめくる。時々手を止めては微笑んだり、額にしわを寄せたりした。
「……もちろん、これをこのまま出版はできない。それはわかるよな? 家計簿を読みたがる人なんていてもごくわずかだし」
「それでは、どのような形をお考えですか」
言葉にすこし警戒をにじませた。多少面白おかしくされるのはわかるが、完全な創作にされるのは本意じゃない。
「小説仕立てを考えてる。ここには旅した場所とそこで行ったこと思ったこと、そして金の出入りが記録されてる。かなり細かそうで助かる。おかげでいいお話が作れる。といっても旅行記だから大幅に事実をゆがめるつもりはない。そこは安心してほしい」
「〝大幅〟じゃないにしても、どのくらいの幅ですか」
ネディトーはひげをしごいた。
「わしと、あんた方一行の安全が保たれる程度の付け足しや省略、改変はする、と思ってくれ」
そういうことか。それはそうだ。おれのしてきたことをそのまま世に出すのがまずいくらいは理解できる。
うなずくと、ネディトーは笑った。
「飲み込みが早い。ルシエス、あんたみたいな人と仕事ができてうれしい。いつもここでごちゃごちゃ引っかかるんだ。人間は真実について融通がきかなさすぎる」
笑いながら、記録帳の預かりを書き、こっちに差し出した。
「明日返すよ」
「そんなに早いんですか」
「一晩あれば代筆班が写しを取るのに充分さ。なんせ我々はドワーフで、エーウナノルム様の信者だからね」
ネディトーは立ち上がった。これで今日の話し合いは終わり。まだ金銭面の話はしてないが、おれはなんとなくこの元締めを信じようという気になっていた。
そう、〝なんとなく〟だ。裏付けはない。けど、ネディトーは故郷のグレシャ教会の神官長を思い出させた。特に目と、目尻のしわだ。だから、信じよう。




