三
横からアウローラがにらんでるのがわかった。帝国首都のグレシャ教会の、神官長までいる場で、子供の小理屈を持ち出すなんてと思われてるんだろう。
でも聞かなきゃならない。この旅をはじめた、いや、孤児院にいた子供の頃からずっと抱いてきた疑問。神様への不信感はできれば解消したい。
しかし、卓上を漂う白けきった空気はなかなか晴れなかった。だれが答えるか譲り合ってるようにも思えた。どう答えても回答者が間抜けに見える。答えても立派だとは思われない子供向けの説教になるのは明らかだった。
とうとう、若い神官が口を開いた。
「〝全知全能〟の矛盾とは、たとえば、『全知全能の神様は、自身の力で持ち上げられない重さの石を作れるか』というようなものでしょうか」
おれはうなずいた。
「で、あれば、そもそも論理的におかしな行為は〝全知全能〟には含まれないと考えたらどうですか。〝持ち上げられない石〟以外にも〝明るい闇を作れ〟とか、〝黒い白線を引け〟みたいに元々の論が破綻してるのは、あえて〝全知全能〟の矛盾ではないと言えますね」
「つまり、神様も論理に縛られる、という考えですね。しかも、我々が日常生活の範囲で用いてるような論理が、同様に神様にも適用されるのか。その点まで突っ込むと、だれも答えてくれません」
その若い神官はうなずいた。神官長や年長の神官たちは、この、どちらかと言えば子供向けの論争を興味深げに見守っている。アウローラはにらんだ目のままだった。
「それに、そうなると、グレシャ様のような全知全能の神様はなぜ我々の信心を必要とするのでしょうか。論理的に可能な範囲での全知全能であるとすれば、完全に自己充足し、かつ自己のみで完結しているのだから、他者はおろか、自分以外の外側の世界も不要でしょう」
このおれの問いに対する若い神官の答えは教義通りで、驚きはなかった。
「神様の意図はわかりません。我らと同じ論理の範囲内にいる存在ではありますが、そのお考えまでは推し量れません」
少し間を置いた。
「では、お考えもわからない対象を、なにをもって純粋に信じられるのですか」
あえて、〝対象〟という、取りようによっては無礼で、神様を汚すような言い方をわざとした。これは闘いだ。
「お考えのすべてが不明なのではありません。預言でもある教義を通じて、グレシャ様のお示しになった生き方ができます。あなたも習ったのでしょう。そのような人生を過ごそうとは思いませんか」
「カプティンペリアーレとグレシャ様。帝国人であり、グレシャ教徒でもある。信心と〝恩恵〟およびまじないを取り引きする生き方ですか。それをわたしの人生とするのですか」
「いけませんか? それかこれまで旅をなさって見てこられたほかの神様、〝全知全能〟を教義に含まない神様でもいいでしょう。人は信仰と共に生きる存在であると、わたしは考えます。もちろんカプティンペリアーレ以外の」
「〝共に〟?」
「人は一人では生きていけません。仲間や友人、連れ合いがいります。人生を旅にたとえるなら、道案内も必要です。神様は、預言たる教義を通じて道をお示しくださいました。〝恩恵〟やまじないもその一部です。信仰にはそれだけの値打ちがあります」
「値打ち? 商売人のようですね」
「はい。わたしは商売人です。神様と取り引きします」
「我々神官の役割は神様との取り引きだけかな?」
神官長が口を挟んだ。若者は目に少し狼狽の色を浮かべた。
「これは……言葉が足りませんでした。神官は教義の僕です。預言に従い、判断の基準とします」
「まあ、いいだろう」 こっちを向く。「ルシエスさん、いかがですか。再び信仰を取り戻してみませんか」
おれの口が拒否の形に開きかけた時だった。
鐘の音。激しく連続的に鳴らしている。その金属音にかぶさって、大声が窓から遠慮なく入ってきた。
「火事だ! 南! 火事!」




