四
あまりはかどらない悪路を歩き、日が傾き始めるとだれもなにも言わないのに枝や油分の多い実を拾い集める。このあたりにしよう、とディーミディが指さし、道をそれて森に入ったころ、ぽつぽつと降り出した。
「大丈夫。このくらいなら火は焚ける。アウローラもいるし」
雨は激しくはないが降り続いた。まだ木の根元までは濡れてない。エフェミナ様の神官にもらった防水マントを出そうかと思ったが、そこまでの降りじゃないと思ってやめた。
急いでくぼみを掘り、石を敷き詰めて火をおこした。湯を沸かし、麦饅頭と干し肉を配る。幸い、と言っていいのか、干し肉は塩の結晶が粉のように吹いていて、一巡日歩いて汗をかいた体にはうれしかったが、アウローラはむせた。
「慣れろよ。旅の味だ」 おれは背を叩いてやった。
「痛い。子供じゃないんだから」
ディーミディが微笑んだ。
食後、それぞれ離れた場所で用を足し、マントにくるまって休んだ。火はこんな雨の中、やはりきれいな熾火になっていた。どうやるんだろう? このこつは早く自分のものにしたい。ディーミディはいろんなことができる。それは経験から来てるんだろうか。おれも歳を取ったら、雨の中でもこの夕焼けのような熾火を作れるんだろうか。
アウローラが身じろぎした。もう木の根元まで雨水が降りてきていて、もたれかかってても不快なんだろう。おれはあの防水マントを出すと、肩を叩いた。
「臭うけど、防水だから」 上からくるんでやった。
「ありがと」 ささやくような声。間近で目が合う。熾火で輝く瞳。
でも、その目が表す意味はよくわからなかった。闘いならすぐ察せられるのに。
翌朝、起きると防水マントはおれにかけられていた。雨はやんでいた。今日は晴れて暑い日になりそうだった。
仕度をすまし、また脇街道に戻った。悪路は悪路だが、進むにつれてましになってきた。道を荒らすのにも人手と金と時間がいる。そこまで念入りには出来なかったんだろう。それとともに人通りも戻ってきた。
しかし、すれ違ったり、追いこしていく人々に、いままでと異なる空気が感じられるようになってきた。
「目つきが変」 アウローラがつぶやいた。
おれも薄々感づいていたが、言うべきか迷っていた。
「たぶん、いや、確実にあたしだな」 前を歩いてるディーミディが振り返った。
「こういう経験あるのか」 おれはぎゅっと拳を握りしめた。
「ちょっとはあるけど、あんな露骨にじろじろ見てったり、あからさまに嫌そうな顔したりなんてのはなかった」
「じゃあ、純粋主義って思ったより広まってんだな」
「もう騒乱時代は忘れられたのかな。帝国の三種族が一緒に戦ったのに」 アウローラが悲しげな口調で言った。
ディーミディがそう言うアウローラをちらりと見た。おれは首をひねった。
「なあ、ディーミディ、あんた、前に『違う考え方を違うなりに受け入れる』って言ってたよな。純粋主義者ってなんで純粋を追い求めてるんだ? それに、なんで〝純粋〟が人間のみってことになる? さっぱりわからん」
「そのあたりは奴らの間でも意見が分かれてる。〝純粋主義〟って言ってもいろんな考え方があるし、どんなふうに実践してるかも違う。乱暴者ばっかじゃないし、ひとくくりにゃできない。共通点は帝国には人間だけがいればいいって考えてるとこだけ」
「じゃ、なんで〝人間だけ〟なんだ? さっきアウローラが言ったけど、いまの帝国があるのはエルフやドワーフたちも戦ったからだ。そんなおかしな話はないって、だれでもわかりそうなもんだがな」
「だがな、エルフもドワーフも、一部が魔神側についた。これは事実だ。純粋主義者はそういうところを嫌ってる。ことがあれば裏切るんじゃないか、形勢のいいほうに日和るんじゃないかってな」 ディーミディは険しい顔になった。「あたしはそんな連中とも戦った。魔物だけじゃない。同族にもこのエルフ針を刺してたんだ」
「おい、いいのか。無理して話さなくても……」
「いや、聞いてほしい。特にルシエス、あんたにはな。だっておまえはあたしのために……」 そこでアウローラの顔を見、一瞬言いよどんだ。しかし、すぐに続けた。「……決闘してくれた。そんな相棒にゃそうそう出会えるもんじゃない」
「つまり、純粋主義者が人間だけで帝国を固めようとしてるのは、将来の安全保障のためなんですか」 アウローラがまとめた。
「そう。その意味では純粋主義は、来るべき魔神の再襲来、次の騒乱時代への備えとも言える」
「ばかばかしい。一部に裏切りがあったからって種族まるごと切り捨てて、それで防衛力が増すのかよ。それより話し合って信頼と協力体制を作ったほうが建設的じゃないか」
「その通りだし、大半の人々はそう考えてる。でも、どんな考えでも繰り返せば聞き入れる者は出てくるし、エルフやドワーフの神は人間の神とは違う仕組みだから排除の理屈も立てやすい。困ったもんだな」
「神が違うと揉めごとの元か……」 アウローラはおれを見た。
「なんだよ」
「……信仰を持たないほうが外交官向きなのかなってね」
それからアウローラは頭の中の世界に閉じこもってしまった。ずっと考えているが、こんな悪路でもつまずきもしないし、枝も上手に集める。
「あの〝恩恵〟、欲しいねぇ」 ディーミディはおどけてそう言い、笑った。




