三
結局、ディーミディは助けてくれたんだろう。昨夜の話はそれでうやむやになり、アウローラもしつこく繰り返しはしなかった。
おれたちは小さな流れで顔を洗い、体を拭い、朝にした。ほかの旅人もそうしている。木々の間を抜けてくる朝の光が、今日は暑くなりそうだと告げていた。
「なあ、もうちょっと足速められないか。三晩野宿はやっぱりきつい。三巡日目の夕方にはカプティンペリアーレ……じゃなかった、首都に入りたい」 火の始末を念入りにしながら言った。
「だめだ。一定の歩調を保たなきゃ。常に余裕をもつんだ。元気を全部絞り尽くすような旅程にゃ反対だ」
アウローラはなにも言わない。おれは肩をすくめた。ここはディーミディに従おう。
歩き始めると昨日より道が悪くなってきた。岩が取り除かれもせずに顔を覗かせ、路面をでこぼことさせている。〝一定の歩調を保つ〟と言われてもそれが難しかった。ほかの旅人たちは公用街道が近くなったり交わったりするところでそっちに移っていった。荷は多いし、あまりの悪路に難儀して遅くなるよりは、領地を通って税を払ったほうが得だと判断したんだろう。首都に近づいてるのに人通りが少なくなり、やがてだれも見かけなくなった。
「おかしいな。ここまでひどくなかったはずなのに」 ディーミディは首をひねっている。
「じゃあ、こうなったのは最近ってことですか」
「どうした。なにか気になるのか。整備されてない道が悪くなるのは当たり前だろ?」
「この岩が引っかかる。埋もれてたのが雨風で出てきた感じじゃない。どっかから持ってきて埋め込んだんだ」
そう言われて歩きながら観察してみたが、おれにはよくわからなかった。アウローラもそのようだった。
「なぜそんなことを? 公用じゃないとはいえ、ここも道ですよ」
「そう、公用じゃない。どの領地も通らない。首都付近で旅人も多いのに、脇を通られちゃ困る連中がいるんだろ」
「そんな……」
「それでちょっと見にはわからないように悪路にしたんだな。封鎖して完全に通れないようにするのは露骨過ぎるからな」 おれは腹立ちまぎれに小石を蹴った。
道はますます悪くなっていった。しかし徒歩で背負い袋くらいなら通れないほどではない程度だった。だが、道行きはまったくはかどらなくなった。予定より大幅に遅れている。これでは三晩野宿どころか、天気次第では五巡日目にかかるのもあり得そうだった。
「どうする? ま、そうは言ってもおれはこっちを行きたい」
純粋主義者の存在が頭をよぎった。次も前みたいに片付くとは限らないし、もめるたびに決闘なんかしちゃいられない。
「だな。アウローラはどう思う?」
「わたしはお二人に合わせます」
「じゃ、決まりだ。でも食べるもんなんとかしなきゃな。もし五巡日かかるようならちょっと寂しいぞ」 おれは背負い袋を揺らした。
「商人とすれ違ったらわけてもらおう」
誰かのお腹がぐぅと鳴り、アウローラが真っ赤になった。
遅れがひどいので、昼は歩きながら取った。アウローラは黙っていた。行儀が悪いなどと言ってる場合じゃない。
「なあ、おれたちの噂、こっちにも届いてるかな」
ふと思いついて聞いた。ディーミディはうなずいた。
「とっくにあたしらを追いこしてるよ。けど、過去は変えられない。やっちまったことはずっとついてまわる。それは言ったよな」
おれは肩をすくめた。そして、前から来る商人たちに気付いた。目の細かい荷籠を背負っている。
「すみません」 ディーミディが駆けていき、頭を下げて交渉を始めた。おれとアウローラも追いついてお辞儀をした。
相場より高かったが、必要な分の食料がそろった。質もいい。
「あんたら、首都に行くのかい?」 一行の年長者が尋ねてきた。「そっちのエルフ、まずいんじゃないかな」
「どういうこと?」 話の方向は見えていたが、おれはあえて聞いた。
「なんとか主義って、エルフやドワーフ嫌いがいたよ。演説してた」 若者が横から口をはさんだ。
「純粋主義か。首都にまで」 おれの声は沈んだ。
「ああ、そんなんだった。嫌な連中だよ。でも貴族や豪商にもかぶれてるのがいて、あたしらみたいなのはにらまれると困るから……」
「わかった。食料わけてもらったことは言わないよ。あんたたちと会ったことも」
その年長者はうなずき、手を振って去っていった。
かれらが見えなくなった後、アウローラがため息をついた。




