三
翌朝、まだ薄暗いうちに試合を行う中庭に案内された。周りを建物や壁で囲まれている。ありがたかった。野次馬の目にさらされなくてすむ。
地面は小石と砂で乾いており、極端な起伏はない。公平かつ誠の闘いができるだろう。
「模擬刀はこちらです。よろしいですか」
短剣を模した木剣と、重量配分調整用の鉄の輪を手に取り、なんどか振ってみて調整した。木剣は良く管理されてひび一つない。
空が白みだした頃、中庭の対角にあたる扉から対戦相手と立ち会いの神官、そして驚いたことに神官長まで現れた。どこかの窓から目立たぬように見物するならともかく、このような試合をその場で直接観戦しようというのは異例だった。
調整した木剣を立会人に渡すと、その神官は刃に白い細かい粉を塗った。それを自らの腕に滑らせ、白い跡が付く様子を実演してくれた。
相手は拳に布を巻き、その上に革手袋をした。近くに来るとおれとおなじくらいの体格だ。そう感じられるのなら、実際はおれよりちょっと大きいのだろう。肩が盛り上がっている。
また、なんの得物も持たないのなら、まじない師だと思われた。オリエン様は土や砂を操るまじないを授けると知っていたが、直接攻撃に使うのか、足運びの妨害など補助的に使うつもりなのかは見当もつかなかった。
朝日が差し込んできた。建物の影と日向の境が明瞭な直線となる。おれと相手は中庭の中央に剣の間合いで立ち、礼をした。その瞬間から試合場を沈黙が覆った。
右に木剣を構え、左を前にして斜に構えた。剣の動きを腕や体で隠しつつ、相手に見せる幅を最小とする。師範に習ったとおり、相手の目を見た。焦げ茶の目はゆったりと、なんの感情も乗せていない。おれと違い、正面を向いて正対している。手は拳闘の構えを取っており、まじないを唱える様子はなかった。
先に仕掛けてきたのは相手だった。一歩踏み込んで来たが、これは牽制だろうと判断し、一歩下がって間合いを保とうとした。
おれの踵が砂をこすった音がした瞬間、相手の目が変わった。その体勢のまま急接近し、右の拳を打ってきた。なんとか避けたが驚いた。まじない師じゃない? まさか短剣に拳で闘うのか。
その驚きと戸惑いによって生まれた隙を突くように、左が頬をかすめた。顎に当たっていたらもうそれで沈んでいただろう。なるほど、こちらが短剣で突く余裕すら与えないつもりか。相手は疲れひとつ見せず、拳は連発され、避けるのが精一杯だった。こちらの刃はかすめても致命傷にはならず、判定にはつながらない。
この速さがオリエン様の〝恩恵〟だ。だがまじないを使う様子はなかった。なぜ? 土か砂を操って足を止められたら、この素速さ相手では勝ち目はない。
また、つかんで刺そうにも、そんなに近接したらその前にあの拳を二、三発食らってしまう。
どうすべきだ?
基本に戻れ。おれは自分に言い聞かせた。目を見ろ。
隙を探し、剣を突き出す余裕を作ろうとしているうちに、避けきれず腹に一つ打ち込まれた。倒れずに済んだのは鍛錬のたまものだ。徒手空拳による護身術を習ったとき、痛みを制御する術も学んだ。しかしそれもここまで。これは試合であり、護身術の極意のように大声を上げて逃げ出すわけにはいかない。一時的に痛みに耐えても、これでは長く続かない。
よく訓練され、素早く動く拳闘士に対し、刃物はさほど有利ではないということか。特に試合ではそうだ。さあ、どうする。もう負けか。
いや、見えた。拳を引き、狙いを付けて打ち出すときにどんな目をするか。
次にその目をし、どこを狙ってるかわかったら。
来た。目が変わった。おれは右手の剣を一瞬で左に持ち替え、拳をかいくぐって相手の右脇腹を突いた。
立会人の手が上がり、勝負が決まった。相手は脇腹の白線を信じられないという目で見ていた。
おれは吐き気をこらえていた。




