三
宿で事情を話すと、こってりと叱られた。明日からの旅の準備もろくにさせてくれなかった。
「……隊商、明日、日の出前に出発だから、行って謝ってこい。機嫌を取れ」
ディーミディはこっちを見上げてるのに、威圧感に押しつぶされそうだった。いまは年相応に感じられる。おれは年長者にきっちり絞られる若造だった。
「おまえの悪いとこだ。嫌みったらしく煽るのは。それに考えも足りない」
「足りないって……、どのあたりが」 なんとか言い返した。
「言論の背景には力があるって考え方。そういう一方向だけじゃないだろ。力を行使するための言論もあるはず。理論的背景や大義のない力を振るうのは騒乱時代の魔神どもか天災くらいなもんだ」
「いや、それは……」
「なにが、〝いや、それは〟だ。戦の研究もしたことないくせに、自分の狭い見聞だけで語るんじゃない。おまけに泣かせたな」
「泣いてた?」
「ああ、すれ違ったとき、涙ためてた。なんで同期にそこまでできる? 自分だけが正しいって思ってるのか。いいか、謝ってこい。で、笑顔を分捕ってこい。わかったか」
ついに、おれは押しつぶされた。
「あ……、わかった」
「なに、聞こえない」
「わかりました!」
「よし、行ってこい。先生に話通してあるから、夜中に行っても大丈夫だから」
真っ暗な道を月と星を頼りに隊商に向かう。たぶん先生とディーミディはどこかでおれとアウローラの話を聞いてたんだろう。それはそうだ。いい歳の男女をほんとに二人きりにするのは無責任というものだ。
だから状況の理解も早かったし、話を通すのもすぐだったろう。
つまり、おれは二人の大人に踊らされただけなんだ。成人したのに子供みたい、いや、子供そのものじゃないか。
なにもかも嫌になった。ここで道をそれて一人旅にしようか。短剣はここにある。ほかの荷物は働きながらまたそろえればいい。
頭を振った。足を速めた。
「来たな」
先生がおれを先に見つけた。小さい灯りを振り、商館に入れてくれた。つないである馬が身じろぎした。
「ここで話しなさい。頃合いを見てまた来る」
応接室だった。机の向こう側にアウローラが座っていた。カーテンを引いた窓を背にしている。模様は取り引きされる農産物や家畜だった。おれは向かいに腰掛けた。以前、こんな感じで取り調べを受けたのを思い出したが、ここの机は向こう側に手が届くほどの奥行きだった。
「アウローラ……」 胸が詰まった。
「ドゥミナウス杯、曇り無く磨き上げてあります」
ドゥミナウス領にいた頃、十七の時に出場した武術の競技会で獲得したものだった。
「ありがとう」
「もう夜中です。なにをしにいらっしゃったんですか。明日早くに出発なので、ご用をどうぞおっしゃってください」
口調は怒りでも、皮肉っぽくもなく、むしろいたずらっぽかった。
「謝りたい」
「なにに?」
「乱暴で、無礼な言い方をした。それに考えも足りなかった。ごめんなさい」
「それはルシエスの考え? それともあの半エルフの?」
「実はディーミディにきつく叱られた。でも謝るって決めたのはおれだから」
「そう。なら謝罪を受け入れます」 一息吸った。「ディーミディさんて、どういう方?」
「相棒。旅の。道とか、領地のことよく知ってる」
「人のこともよく知ってらっしゃるようですね。とくに若い男性のことなど」
耐えられなくなった。
「その話し方、やめてくれ。くすぐられてるみたいだ」
アウローラは微笑んだ。
「これからもずっと無信仰のまま、探索を続けるつもり?」
「うん。そこは変わらない。都合がいいからといって一時的に信心する気はない」
「そう。純粋なんだ」
おれは目をそらせた。〝純粋〟という言葉にはあまり良い印象はない。血まみれの兜を思い出した。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。なあ、アウローラ」
「なに?」 わずかに首をかしげた。
「体、気をつけろよ」
目が開かれ、灯りできらめいた。
「ありがとう。あなたもね。ルシエス」
机越しに顔を寄せてきた。
髪が垂れ、ふわりと漂ってきたのはお祈りで焚くお香ではなかった。
おれは輝く目に吸い込まれそうだった。
ノックの音がした。




