二
ノックの音、そしてまじない医の返事の後、扉が開いた。
おれは椅子から腰を浮かせた。
アウローラは扉を閉め、そこに立ったままおれを見た。
「どうした? こっちへ」 まじない医はアウローラを手招きし、おれのそばに椅子を置いた。
長い髪を機能的にまとめ、化粧っ気のない白い顔は孤児院を出たときに見たままだった。準神官のピンが留められたサッシュも変わらない。座るとお香がふわりと匂った。
「二人とも『神の子たちの小屋』出身だね。歳からして知り合いか、同期じゃないかと思ってな」
アウローラはまだ黙っている。おれは腰を下ろすと説明した。
「同期です。二人ともおなじ年に『神の子たちの小屋』の保護下に入ったって意味の。生まれたばっかりの赤ん坊でした」
「なら、手紙はアウローラさんに預けたらいい。それと、伝言も頼んだらどうだ」
まじない医はさっき受け取った手紙を机に置いた。話を促すかのようにわざと砕けた態度だったが、おれと、アウローラの間の氷は溶けなかった。
出て二巡月になるかならないかなのに、あのときの顔は昔の思い出のようだった。かたい表情。強く結ばれた口。横をすり抜けたときにかすかに動いた口。
「先生、わたしたちは……。ルシエスならいいでしょう」
ディーミディがおれの名を言ったとき、アウローラの肩がびくっとなった。
まじない医は顎に手をやった。若い男女を閉じられた部屋に二人きりにはできない。グレシャ教会の道徳はそうなっている。
「そういうわけにもいかない……、が、仕入れたばかりの材料があってね、確認しときたいんだ。明るいうちに。それでしばらく部屋を開けるが、ディーミディさん、二人をまかせていいですか」
「あ、わかりました。どうぞ」
まじない医が出て行った後、ディーミディも、ここは薬臭いから外の空気吸ってくると言って部屋を出た。
「〝小屋〟を出たのはついこの間なのに……、」
先に口を開いたのはアウローラだった。濃い焦げ茶の瞳がなにを表してるのか読めなかった。咎められてるんだろうか。
「……先生の治療を受けるほどのなにをしたんですか。探索とはそれほど傷つくものなのですか」
「そんな話し方はよしてくれ。同期じゃないか」
「それと、あの人はだれですか」
「どっちから聞きたい?」
「後の方」
「ディーミディは半エルフ、旅の相棒。おれが腕っ節担当で、あっちが道案内担当」
わざとふざけたが、アウローラはかたいままだった。気のせいか、相棒と言ったときに唇がふるえたように見えた。
それから旅の話をした。試合や、もめ事についての部分はあっさりと軽く、道中や食べ物の話はふくらませた。
アウローラも自分の話をしてくれた。おれが孤児院を出た後、修行を兼ねて隊商に加わったという。助手として仕事を覚えている最中とのことだった。
「すごいじゃないか。君も旅してるんだ。どこを回る?」
「首都方面だけどカプティンペリアーレまではいかない。途中で引き返す。商売しながら外交もする」
いちいち訂正はしなかった。そういうのはいまじゃなくてもいい。
そして、おれは隊商の規模に納得した。隊商を装った非公式の外交使節ってわけだ。ドゥミナウス様にはなにか腹づもりがあるんだろう。
「ってことは、君は神官兼外交官を目指すのかい」
うなずいた。
「あなたが膂力をもって最強の神を探索するように、わたしは言葉の力で世に平穏とグレシャ様の御心をひろめるつもり」 白い手が祈りの形を取った。
言葉の力? 納得できなかった。しかし、いまそれを言うべきだろうか。おれはちょっと迷ったが、やはり理解できないものはできないんだからと思った。
「それはどういう意味かな。言葉そのものに力はないだろう。背景に権力とか実力とかがあるから人が聞いてくれたり従ってくれたりするんじゃないか」
「いいえ、話し合ってお互い納得できる点を見出せば言論そのものが力を持つ。ルシエス、あなたの言う力頼りは騒乱に行きつくだけ」
「けど、君たち隊商兼外交使節の安全はドゥミナウス軍が保証してるんじゃない? 条約を結べて、反故にされずに発効できるのもそうだろ?」
「やめよ。久しぶりなのに」
「いや、外交官になるならおれくらい言い負かしてみろよ」
おれはどうしてこうなんだろう。いつも後悔する。なにか言うときに、それを言ってどうなるのか考えてからにすべきなのに、愚かだからとげとげしい言葉を浴びせてしまう。それも、よりにもよってアウローラに。『神の子たちの小屋』であんなに頼りにしてた人にする仕打ちか。これが。
アウローラは下を向き、そしておれの方を一目も見ずに出て行った。手紙は取らなかった。
入れ替わりに先生とディーミディが一緒に入ってきた。
ディーミディは、すれ違ったアウローラからこっちに顔を向け、大きな目でにらんだ。




