一
二巡日目、下痢は、その激しさが嘘のように治まり、体調はこれまでにないほど快調になったので、まじない医のところに行くことにした。短剣の修理も終わってるだろうし、ついでに受け取りに行く。
柄はまるで新品のように治っていた。握った感じも調整不要なくらい以前とおなじに仕上げられていた。おれは多めに支払った。良い仕事に対しては上乗せして払うようにしている。気に入ったら気に入った分も加える。取り引きの両端にいるのは人間だからだ。
「ありがとうございます。ところで、あの、これはよけいなお節介かも知れませんが、お連れ様のエルフ針、仕込みはなんでしょう?」
「グレシャ様の火球。刺すと相手の体内ではじける」
おれは横のディーミディを見た。さらりと恐ろしいことを言う。
職人は、ならば簡易な鍔をつけてはどうかと提案してきた。
「吹き返しがあったときの用心です」
ディーミディはちょっと考え、首を振った。
「ありがと。でもやめとく。針の素早さを損ねるから」
職人はなにも言わずに頭を下げ、おれたちは店を出た。まだ朝方なのに暑くなりつつあった。
「おれにはもっともに思えたけどな。手、火傷するぞ」
「鍔はひっかかる。エルフ針はおまえの短剣みたいに堂々と闘う武器じゃない。どっちかと言えば暗闇で後ろからそっと刺すような暗器っぽい使い方をするから、形のなめらかさを損ないたくないんだ」
「そんな闘いの経験あるのか」
ディーミディはおれを見上げた。にやっと笑う。
「色々な。七十五歳だ。戦にも行った」
「なんの?」 頭の中で本をめくった。この半エルフが出征してそうな戦とは。
「すべてが本に載ってるわけじゃない。書く奴がいなきゃ、関わった奴の記憶以外なにも残らない」
「どこ? 跡とかはあるのか」
「シルヴァフラクシー大森林のずっと奥。焼き尽くされた。なんにも残ってないはず」
聞いたことのない地名だった。世界は本にあるだけじゃないってことか。
「済まない。思い出させたか」 おれはディーミディの目を見て謝った。
「うん。いいよ。でもあんまりいい思い出じゃないから」
まじない医はおれの体を念入りに調べたが、前の時より表情が柔らかかった。
「やはり若いし、鍛錬のおかげで回復が早い。これなら大丈夫」
「旅を再開してもいいですか」
「グレシャ様を信心するなら」
「一度抜けた神です」
「ならもう一度入信すればいい。グレシャ様はそんな程度で隔たりは作らない」
「教義の〝全知全能〟がひっかかります」
「目をつぶればいい。実用上は変わらない」
おれはまじない医が胸や背中をとんとん叩く間に話をした。ディーミディは隅でじっとしてるが、明らかにこっちの会話に興味を持っていた。そっちを見るとよそ見なんかしておらず、必ず目が合った。
おれは決めた。
教義に矛盾があるといってかたくなに神を拒んでいると旅ができなくなる。最強の神探しをしてるのは、いま暫定的に信心するのを妨げないだろう。
しかし、と、おれは孤児院での成人式を思い出した。神官長に旅に出ることを告げた瞬間を。あのとき、ほんの一瞬、ひらめくように光が心を走った。
決断をした自分を、心から、疑いなく信じてた。
おれは決めた。
「ご助言、感謝します。しかし、おれはこのまま旅をし、最強の神を探し続けます。先生のご注意は胸に納め、無理しないよう、こまめにまじない医に診てもらうようにしますが、探索、それと闘いはいままで通り続けます」
まじない医はなにやら書き留め、ため息をついてから微笑み、おれの肩越しにディーミディを見た。
「若者というのは思いもよらぬことをするものだ。ディーミディさん、あなたはこの部屋で一番の年長者です。この愚かなルシエス君になにか言うことはないですか」
「先生、このルシエスに愚かな一面があるというのには同意します。しかし、一方で自分と、自分の決断を信じています。とてもいい子です。体を削ってでも旅をするというのならさせてあげましょう。わたしは相棒として見守ります」
「それがいいでしょう。それと、同郷の若者の探索行をわたしにも応援させてほしい。これは体を調べた結果、あと、施したまじないと薬を書き留めた書類です。道中、まじない医にかかることがあったら見せるといい」
「重ね重ねありがとうございます。わたしは旅を続けますが、もし機会があれば『神の子たちの小屋』にこれをお願いします。孤児院です。わたしが育った」
おれは昨夜書いた手紙を渡した。まじない医はその宛名書きをじっと見た。
「どうかしましたか」
まじない医は手紙からおれの顔を見、それから立って扉をすこし開け、だれかに呼びかけた。
「済まないが、準神官をここへ。至急で。名前は確か……、アウローラさんだ」




