六
その後、にらみつける若者たちに見送られて山小屋を後にし、帰ると礼と紹介状をもらった。
「あんたは来なくていいのに」 翌朝、早くから隊商に向かった。
「やることない」 ディーミディは退屈そうだった。「それに、休み取れって強く言ったのはあたしだからね。立ち会うよ」
立ち会うってどういう理屈だと思ったが、ディーミディなりに心配してくれてるんだろうと思い、それ以上言い返さなかった。ついて来られても困ることはない。
隊商はちょうど荷さばきをしていたので、その指揮者に紹介状を見せるとすぐ取り次いでくれた。あの甥がそんな上の立場だとは思っていなかったのでそこは意外だった。
「いかがされましたか」
まじない医の治療はいきなり癒やしのまじないをかけるんじゃなく、どこがどう病んでいるのか調べてからだった。
「それはそうですよ。常にまじないが正解とは限りません。その方に一番合う療法を探すのもわたしの仕事です」
ディーミディは後ろでおとなしくしていた。まじない医はなにも聞かなかった。簡単な事情や、二人の関係は紹介状に書いてあったのかもしれない。
調査は長くかかった。旅の経緯や出来事を細かく聞かれ、途中食事や休憩を挟み、終わった頃には日が傾き始めていた。
しかし、長時間とはいえ、まじない医の仕事ぶりは集中を要すもので、世間話や、旅立ち後のドゥミナウス領の話を聞けるような雰囲気ではなかった。
「外傷はほとんど治っています。若いし、頑健だし。しかし内臓がちょっと心配です。細かく調べてわかったのですが、たまった毒を出す機能に問題が生じています。闘いの衝撃や疲れのせいでしょう。旅行が多いと不規則な生活に食べ物も次々に変わります。伺いましたがそこに激しい闘いです。で、内臓の働きが悪くなり、体内に溜まった悪い物の処理や排出に失敗し、ルシエスさんの全身をじわりと蝕んでいました」
おれは目で続きを促した。なら、どうすればいいのか。
「まずは対症療法ですが、まじないと薬で体調を戻します。ただ、今後もいままでのような旅を続けるならまた体を壊します。あなたは神をもってないし、お連れさんのまじないの力は弱い」
「どういうことですか」 まじない医の言うことはわかったのに、おれの中のなにかが理解を拒んでいた。
「つまり、ルシエスさん、あなたは話していただいたような強行軍で闘いの旅を長く続けるのは無理です。いまは若い。なんとかなってた。でも、こんな旅を続けてたらあと五巡年もしないうちに体の中からぼろぼろになりますよ。それこそまじないや薬じゃ追いつかないくらいに」
そう言いながら、まじない医は治療の準備をした。香に火をつけるとなんともいえない嫌な臭いがただよった。
「我慢して。目を閉じてください。お連れさんはもうちょっと下がって。壁際あたりにいてください」
言われたとおりにすると、低い声のまじないが聞こえてきた。その詠唱は節にわかれており、一節過ぎるたびに体からきしみやこわばりが抜け、すがすがしい気分になっていった。それは、自分の体の痛み具合を表していた。治ってからどれほどひどかったかわかったのだった。
「さ、これを飲んで。薬です」
どろっとした濃い緑の湯は、薬とでも言われなければ便所に流してしまいたいような臭いと味だったが、我慢して一息に飲んだ。
「無理しなくていいのに。一気にとはすごいですね。で、それが仕上げです。明日の朝くらいにお腹が緩くなって激しい下痢をし、まとめて毒が排出されます。その下痢が治まったら、そうですね、あさってにでも来てください。警備には話を通しておきます」
「ありがとうございます。でも、体調を保ちつつ、旅を続ける方法はありませんか」
「二つあります。一つはもっとゆったりとした日程にすること。闘いは半巡年から一巡年以上間を開け、合間にはわたしのようなまじない医にかかってください」
おれは首を降った。そんな余裕はない。
「そうですか。ではもう一つの方法ですね」
後ろでディーミディが身を乗り出したのがわかった。
「グレシャ様の信者になりなさい。そして、癒やしのまじないを得、強化してから旅に出なさい。〝恩恵〟とまじないが組み合わされば闘いの旅をしても健康を維持できます」 神の名を口にした後、手が祈りの形を取った。ドゥミナウス領を出て久しぶりに見た。
「しかし、おれは……、わたしは信仰に値する神を探索してるんです。旅の間だけ暫定的に信者になるなんて、そんな自分の都合だけで……」 最後の方は声が小さくなってしまった。
「なにがいけないんです?」
まじない医は後片付けをしながら、まるで店で野菜を選んでるときのように軽く言った。
「神と話をした者なんかいません。グレシャ様が信仰についてなにを考えてるかわかってる人なんかいないんです。ならこっちの都合で信心してもいいじゃないですか。だれも咎めはしないし、それで神罰があるならこの世のほとんどの人間は罰当たりですよ」
宿への帰り道、おれは横で夕日に染まっているディーミディに話しかけた。
「なあ、神ってなんだろうな」
「あたしにとっちゃ取り引き相手。半分は強制だけど」
「なんでエルフはデウセルフ様と結びついてんのに、帝国人はなにもないのかな」
「だな。魂持つ存在なのに、おまえみたいに無信仰でもいられる」
「て、ことは創世神話、間違ってんのか? どこの教義でもたいていは神々がこの世や人を作ったことになってんのに、信仰は自由だ。人だけは」
「神様同士で談合でもしたんじゃない?」
ディーミディはふざけて言ったのだろうが、案外いいところを突いてそうだと思った。
「でも、そうだとすると、この世はなんだ? 神々が人の信心を取り合う遊戯板か」
「おまえ、面白いこと考えるな。世界は神々の遊び場で、帝国人は取り合う駒ってか。じゃああたしらエルフやドワーフみたいに人種と神が結びつく種族は何なんだろうな」
「そう作っただけじゃないか。最初は自分専用の人種を送り出したけど、それじゃ遊びにならない。だから自由に取り合える駒としての人を生み出し、神様同士で規則を決めてわいわいやってるのがこの世ってのはどうだ?」
「それだとおまえみたいな信心のない帝国人が存在できる理由がわからない。駒が駒自身の意志で遊戯板から降りられる遊びなんて聞いたことない」
「規則がわからないからそこはなんとも言えないな。神をもたないのも駒の属性として許されてるかもだし」
「じゃあ、無信仰すら神々の掌の上ってか? むちゃくちゃだ……、ほら、帰ってきたぞ。馬鹿話はやめて、食って寝よう。今日は長かった」
おれも、食って寝よう、というのは賛成だった。
翌朝、激しい下痢をし、その日はどこへも行けなかった。




