三
ディーミディの言ったとおり、おれはどうかしていた。そのため予定は大幅に遅れた。デリチオーパット領との境を越え、街に入って商人向けの宿を見つけた頃には日はすっかり落ちていた。隊商が出て行ったばかりとかで、隣り合った二部屋を取れた。
翌朝、その隊商を追いかけるような形で出発、日暮れには領中央のさらに大きな街に入り、宿を確保して、翌朝、デリシオーサ様の教会に向かった。
「デリシオーサ様の〝恩恵〟とまじないってなんだっけ? たしか食い物に関係するんじゃなかったかな」 おれは歩きながらディーミディに言った。
「そうだよ。〝恩恵〟は食事の安全。動植物を帝国流の普通のやり方で調理すれば、その料理の安全が確実になる。万が一の食あたりは、信者が料理するかぎり、ない」
「まじないは?」
「癒やし。グレシャ様のには劣る。ふつうの治療や薬が必ずいるから。どっちかといえばそういうのの効果を強めるまじないだな」
「ふうん。じゃエフェミナ様のとは違った方向で食糧不足がないんだな」
「そ、ほかじゃ毒とかで食えないものもここじゃ食える。けど信者はデリシオーサ様のお膝元を離れたがらないから、よそじゃ味わうのは難しいけどね」
「じゃ、あんたにゃあんまり役に立たない神様じゃないか。料理うまくなってどうすんだ?」
「逆。この〝恩恵〟、すごい値打ちだよ。旅の間、食べ物に困らないし、デリチオーパット領を離れられる信者なら小遣い稼ぎもできる。そうだろ? 珍味を提供できる料理人。貴族や豪商あたりから引く手あまただ」
「おれには値打ちないな。どうも闘えそうにない」
「そうだな。あまり武術の鍛錬に重きを置く土地柄じゃない。でも、教義に全知全能入ってないよ」
教会の門番を見た瞬間、ほんのわずかに残っていた闘いへの期待は消えた。棒を持っているだけのぶよぶよの生っ白い男だった。
しかし、来訪の目的は伝えてくれたし、すぐに神官がでてきて応接室に案内してくれたのは良かった。ここにはよそ者を拒絶するような空気はなかった。腹が満たされてるからだろうか。
「ご要望には添えませんね。我らの教会には戦士はおりません。警備は交代で努めており、専門職はないんです」
神官らしからぬ砕けた口調だった。これもここの土地柄だろうか。
「信者となるにはどのような手続きが必要なのですか」
ディーミディの方がよっぼど落ち着いた話し方だった。
「そう大変ではありません。いまの神は? 人の側の」
「グレシャ様です」
「なら大丈夫でしょう。そこまで厳しくも細かくもありません。ただ、〝仮〟や〝見習い〟制度がないのでご注意ください。うちはいきなり信者です。義務も負います」
「一応確認したいのですが。義務とは?」
神官の目から興味が失せたのがわかった。義務について聞いてくると信者にならない可能性が高くなる。それはどこでもおなじだった。本当に信者になりたいなら多少の負担なんて気にしないはずだ。
「十分の一税です。巡月か巡年単位で納めていただきます。巡年単位だと割り引きもあります」
「わかりました。検討します」
教会の神官とこんなに早く話が終わるのは初めてだった。おれたちは街をぶらつきながら昼をとれる店を探し、入った。
「こりゃなんだ?」 定食の炒め物は変わった味、そして歯触りの肉だった。一緒に炒め合わせてある野菜はわかるのに、肉はわからなかった。
「わからん。でもおいしい」 ディーミディはそう言いながら店の人に聞いた。
「セルペンヴェネ蛇です」 こともなげに答える。
ディーミディはかなり驚いた顔になり、もう一口味わった。
「なに?」
「猛毒の蛇。噛まれたら数秒で死ぬし、肉にも毒があって三巡日くらいで死ぬ」
おれはもぐもぐするのを止めた。
「そんな顔すんなよ。うまいだろ?」
「ああ、うん。うまい」
後で聞いたが、毒がうま味になってるんだそうだ。噛むごとに染み出る汁は干した魚でとったスープのようだった。そこに歯ごたえのある肉と、口の中で溶ける脂が加わる。また、野菜にもその脂が吸われていて、知ってる野菜なのに知ってる味じゃなかった。
「こういう〝恩恵〟もあるんだな」
おれは食後の茶で口をさっぱりさせた。ディーミディは勘定を多めに払い、頭を下げる店主に癒やしのまじない医がどこにいるか、そして評判を聞いていた。おれのすべきことを先回りしてされているので居心地悪かったが、ここではおれは知識も経験もない田舎者なのだと考えてまかせた。




