一
空はどこでもおなじだと詩人は詠う。どんなに故郷を離れてもつながってると。でもおれはそうは思わない。山一つ、川一本超えただけでなにかが変わってしまう。いまも領地の境にあたる川を越えただけで、肌に感じる湿り気が増したように感じる。生まれ育った孤児院と教会を出、さらにドゥミナウス領を出て東隣のヴィシノオリエン領に入った頃、春の日は背後に沈みかけていた。
この地はオリエン様を神と仰ぐオリエン教団が支配的で、教会を探すのに苦労はしなかった。また、教会の神官長はおれの突拍子もない申し出をこころよく受けてくれたが、試合は日の下で行いたいとの意向で、その夜は泊めてもらえることとなった。
「ルシェソルトゥス様、ドゥミナウス領のグレシャ教団の方ですね。試合とは驚きですが、我らとて鍛錬は怠っておりません。ただ、オリエン様は勝敗は日の下で決すべしと定めておられますので、今夜はお泊まりください。試合は明日、日が昇り次第としましょう」
世話役の神官はおれのために用意した部屋で、毛布を揃えながら説明した。
「ルシエスで結構です。お言葉、感謝いたします。それではそのように。あ、それと、わたしはドゥミナウス領出身ですが、グレシャ教団の者ではありません」
手が止まり、穏やかだった神官の顔が曇った。
「グレシャ様の信者ではない?」
「わたしは、いかなる信仰も持ちません。いまは探索の旅の最中です」
「信仰を持たない? 探索?」
「最強の神を探しています」 後の疑問に先に答えた。
「最強とは?」 神官は曇った顔の額に、わからないというしわを乗せた。
「強さとは精神と肉体を統合した強靱さで、その程度は闘いによってわかります。当たり前のことをあえて申しますが、信者は神を信仰し、神は信者に加護である〝恩恵〟と、信心の熱心さに応じて様々なまじないを与えます。一方で、神は捧げられた信仰の心を食べて力を増します。これはどの神でも例外のないこの世の法則です。そうですよね? だからおれは……、失礼、わたしは最強の神を信者との闘いによって見定め、その信仰を持ちたいのです」
神官は無表情になった。おれの言い分を噛み砕こうとしてるらしい。
「しかし、それならばグレシャ様の信仰を持たない理由がわかりません。わたしのような立場の者が言うのもなんですが、最強の神を見つけるまでは暫定的に信心すればいいのではないでしょうか。そうすれば〝恩恵〟やまじないを得られます。ルシエス様、あなたは徒手空拳で世をわたるおつもりですか」
話してるうちに、神官の帽子から白髪がはみ出した。見た目より年長者のようだ。
「短剣もあります……」 おれは腰をたたいた。「……それに、グレシャ教の教義には嘘があります」
冷静に戻ったはずの神官の顔がまた変わった。おれはなにか言われる前に言葉をかぶせた。「嘘、というのは、教義に全知全能という言葉が記されてるからです」
「神が全知全能というのは嘘ですか」
「嘘です。全知全能なら、グレシャ様に自身の力で持ち上げられない重さの石を作ってほしいと言ったらどうなりますか」
「子供の小理屈ですね」
「ええ、でもだれも答えてくれませんでしたし、教義は預言、つまり神から預かった言葉なので削除できないと神官長に言われました。つまりグレシャ様は論理的矛盾を超えられない神です。だから信仰しません」
「では、オリエン様のように全知全能やそれに類する言葉が教義にない神の中で最強の存在の信者になるとおっしゃる? そしてその判断のために信者と試合を行う、と」
おれは大きくうなずいた。神官は毎日理屈をこね回してるだけに理解が早い。
「わたしには……、完全に理解したとは言えませんが、途方もない試みだと思います。そう、探索よりも冒険という言葉がふさわしいかもしれませんね」 一瞬、夢見るような顔になったが、すぐに自分を取り戻した。
「では、夕食にご案内します。たいしたものではありませんが」




