著者ご挨拶
『ルシエスの最強神探索旅行記――付 孤児ルシエスの旅立ち』を手にしてくれてありがとう。この本は題の通り、おれ、すなわちルシエスが最強の神を求めてあちらこちらを旅した記録をまとめ、それに旅に出るまでの生い立ちを付けたものだ。
その旅はいまも続いている。切りのいいところで記録を本屋に渡すと本にして、荷の届く土地ならどこにでも配ってくれる。で、買ったり借りたりしてくれた代金の一部がおれの路銀になるっていう仕組みだ。だから、もう一度言うけど、読んでくれてありがとう。
さて、すぐに本文を読みたいだろうが、まずは自己紹介をさせてほしい。もちろん、著者の育ちや外見、身なりなんて知ってもしょうがないって思ってる人や、ルシエスはもう知ってるって読者は、この序は飛ばしてもかまわない。でも、おれとしてはおれについて知ってもらってから旅の記録を読んでもらうほうがいい。読み手が文を読んで心に絵を描くとき、そこに記号じゃない人間が登場してほしいからだ。
じゃあ、おれについて。
おれの名は、冒頭でも書いたとおりルシエス。ほんとはルシェソルトゥスって名だが、長いし言いにくいのでルシエスで通ってる。家名はない。そんなたいそうなご身分じゃない。人種は帝国人、だと思う。思うってのは、おれは捨て子で、名前は孤児院の院長でもある神官長がつけてくれたからはっきりとはわからない。ルシェソルトゥスは昔の言葉で夜明けって意味で、生まれて数ヶ巡月のおれが見つかったのが夜明けだからだ。グレシャ教団が運営する孤児院の門前に置かれていた。手紙もなにも付いてなかったそうだ。
孤児院での暮らしは厳しかったし、贅沢はできなかったけど、おかげで人並み以上に読み書きや算術ができるようになった。そのうえ、自分で自分を守れるくらいの武術も身につけた。
いや、これについてはちょっとばかり自慢させてもらうが、グレシャ教団のあるドゥミナウス様の領地において、おれは徒手空拳、および短剣を使った武術で一番になった。兵士にならないかとなんども誘いがあったが、神官長は苦い顔をして断った。どうやら教会警護を兼ねた神官にしたかったらしい。どっちもならなかったけど。
育ちの話は付記の『孤児ルシエスの旅立ち』でするのでこのくらいにしておく。次は見た目。
おれの外見は先にも書いたとおり、帝国人の男だ。立つか立たないかぎりぎりの短い髪は黒、瞳は濃い焦げ茶。肌は黄色がかった白。顔は……、顔は気に入らない。子供っぽいのだ。成人したのに顎ががっしりしない。まじない医によると大人になってから生える一番奥の歯が四本ともまったく無いと言う。
童顔の下は人並みよりは大柄だ。人によく言われるが、体つきだけでいかにもできそうなので、顔がちょっとくらい幼く見えても手を出そうなんて奴はいない。それに武術で一番になってからは人から嘲られたり、からかわれたりはなかった。
身なりはりゅうとして、とは言いがたい。旅装は商人のようだが古着でくすんだ印象だ。胸など急所のみ革の防具で覆っている。一切合財を背負い袋に放り込んでるが、短剣だけは腰にさしてあり、いつでも使える。まあ、あまり目立ったところはない。もしすれ違ってもわからないだろう。
それがいい。おれはだれにも邪魔されずに最強神を探索したい。そしてその信者になるんだ。
では、挨拶はこのくらいにしよう。あまり長くしてこの本を放り出されると困る。それと試しに読んでる人がいたら、これ以降は勘定を済ませてからにしてほしい。おれの路銀だからね。
ああ、最後に一つ。この探索旅行記は本屋の代筆者によって改変や追加、削除がなされていると言っておく。また、出来事を記述する視点は、おれや同行者の主観であって、公平ではない。
そもそも〝旅行記〟と銘打っておきながら小説仕立てになってるのは勘弁願いたい。本屋によるとそっちのほうが売れ行きが良いし、お話という体にしておくと、色々と問題を避けられるのだそうだ。
そう、一部の人名や地名、および風紀を乱すような記載、一般に広まるのが好ましくないと判断した事件については著者のおれ合意の下、別名に変えたり、表現を改めたり、または伏せたりした。そのため神名や貴族の家名が異なり、また、前後のつながりの食い違いや、事実と差異が生じている箇所がある。読み手はその点をご了承の上、お察しいただきたい。世間は複雑なのだ。
さあ、前置きが長くなった。そろそろ始めよう。




