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第1話『高校生だけど、美術館いったら色々起こった件』


バスは緑の街道を抜け、建設中のビル群の間を走り抜けていた。

窓の外には橋の骨組み。真新しい町並み。


神奈川県立東央高校・社会科見学。


車内は賑やかだった。

袋をがさがさ開ける音。トランプのカードを切る音。

「ねー、座席替えようよ〜!」

「うわ、ずる!それ反則!」

女子の笑い声や男子の騒ぎが、せわしなく飛び交っている。


直は窓辺に肘をつき、外を眺めていた。

伏し目がちに瞬きをして、ひとつ欠伸をこぼす。


「なあ直、美術館行ったことある?」

隣の席の男子が、気軽に声をかけてきた。


「……ねーよ。興味ないし」


直の返事に、友人は苦笑する。

「だよな。直は描くより動いてる方が似合ってる」


その言葉を受けても、直は特に返さなかった。

賑やかな車内。

その喧騒の中で、彼の横顔だけが少し浮いて見えた。


バスが停まり、制服姿の生徒たちが一斉に立ち上がる。

ざわざわと声が重なり、団体で玄関へとなだれ込んでいく。


「順路は右手からお願いします〜」

案内係の声が響いた。


直は列の最後に近い位置で、無表情のまま歩いていた。


――美術館なんて。最後に来たのは、小学生のときだったか。


ガラスの自動ドアが音もなく開いた。

冷たい空気が吹きつける中、直と友人たちは館内へ足を踏み入れる。


「よっしゃー! まずはカフェチェックな」

テンション高めの友人の1人が声を上げる。


「展示見ろや」

すかさず他の友人が突っ込む。

いつもの調子に、直は小さく息を吐いた。


廊下の壁に、ひとつの作品がかかっていた。

白い壁に、ただ無機質な線と文字の構成。

冷たくて、意味があるのかどうかも分からない現代アート。


直は足を止めて、それを眺めた。

友人たちはそのまま歩いていく。


「こういうのさ、意味わかんねえけどカッコいいよな〜」

振り返った友人の1人が笑う。


「それ褒めてんのか?」

他の友人が肩をすくめる。


直は少し考えてから、口を開いた。

「……なんか、こういうのも、ありかもな」


そして、ほんの少しだけ笑った。

ふと、通路の奥に異様な光景が目に入った。


そこだけ時代がねじれたように、石造りのアーチが口を開けている。

美術館の白壁に貼り付けられた異物は、まるで別の時代から切り取られてきた欠片のようだった。

その隙間からは、黄金の光が柔らかに滲み出し、来訪者を静かに誘っていた。


――なんだ、あれ。


「お、あっちヤバくね? 急に時代劇じゃん」

友人の1人が笑いながら指さす。


「展示ってより……建物ごと再現してる感じ?」

他の友人が首を傾げる。


アーチの横に立てられたプレートに目がとまる。

《推定16〜18世紀 無名画家・作者不詳作品群》


足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

大理石の彫像は冷ややかにそびえ立ち、壁一面を埋める肖像画や風景画は沈黙のまま視線を投げかけてくる。

足元には深紅の絨毯が広がり、重厚な木目の壁がその色をさらに濃くする。

天井から吊られた燭台の灯りは、温もりを孕みながらも、不思議と冷たさを帯びていた。


そして天井。燭台を模した光源が、黄金の光を落としながらも、不思議と冷たさを帯びていた。

温もりと冷気が同居する矛盾した光の下で、直の足音だけが異様に大きく響いた。


「うわ……やば……」

「ここだけ別格だな」

周囲の生徒たちが口々に声をあげる。


直は足を止め、目を奪われていた。

――本当に、美術館かこれ。

まるで貴族の館に迷い込んだみたいだ。


そのとき、視線の端に一枚の絵が映った。

壁際、薄暗い額縁に収められた肖像画。

そこには、ただひとりの人物が座していた。


中性的な顔立ち。

静謐な椅子に腰を下ろし、正面からこちらを見つめている。

背景はほとんど余白に覆われ、絵画の世界はその人の存在だけで満ちていた。


――……リアル。


直は息を飲み、目を逸らした。

胸の奥がざわつく。


「おいー、なにボーッとしてんの!」

背後から他の友人の声。


直は小さく笑って振り返った。

「……今行く」


歩き出しながら、もう一度だけ振り返る。

額縁の中の人物が、変わらず直を見つめていた。


中性的な顔立ちのその人物は、相変わらず静かにこちらを見つめていた。


友人たちの声に釣られて振り返る。







……だが、そこにあるはずの姿がなかった。


友人がいなくなっていた。


それだけじゃない

耳に届くはずのざわめきが消えていた。

ついさっきまで騒がしかった廊下は、音を失った箱のように静まり返っている。


人影もない。

壁も床も、わずかに歪み、色を失っていく。

赤い絨毯は黒へと沈み、白い壁は灰に濁った。



――世界が、変わった。



広大な展示室は、まるで息を潜めたように静まり返っていた。

耳鳴りのような沈黙。

ただ直の呼吸と鼓動だけが、自分の体の中で不自然なほど大きく響いていた。


「あれ……? ……あいつら、どこに――」


言葉を紡いだその瞬間。


――パチッ。

 

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