夢見の剪定
数日後。
町長たちによる静かな祝勝会に招かれ、ご馳走を平らげた。
王都での動乱は、そもそもグリルボウルでは広まっていない。情報規制があったのだ。よって、事情を知る町長たちだけで労うことになっている。
とはいえ、ここは食事の町であり、今は立食会。手の込んだ料理がところ狭しと並べられ、ここにいる数十人では相手しきれないほどの圧を放っている。
「うおっほん!」
時間が経ち、空気が温まってきたところで、町長であるキャメロンは、威勢よく俺に絡んでくる。
「君たちのおかげで、この町の美食が知れ渡り、周辺諸侯からの評価が高まっている。飯田くんの宝石も、数を制限したおかげか、今では本物以上の特別価格だ」
「我々は戦っただけです。町の活気が良いのは、町長の手腕ですよ」
おべっかではない。本心だ。この町の長が彼でなかったら、もう少しコトが拗れていたに違いない。
俺が王都のものより美味いサンドイッチを頬張っていると、町長はコッソリと耳打ちしてくる。
「キャベリーは元気かね?」
飯田と結婚し、王都で商売の勉強中……。と答えてもよいが、実情はもっと進んでいる。
商売も恋愛も、もはや予習の段階では済んでいない。
「すっかり大人になったようです」
俺の発言の意味するところを、キャメロンはすぐに察したようだ。
囁き声に焦りを浮かべ、早口で尋ねてくる。
「親離れにしては早くないか?」
「それだけ優秀ということですよ」
「私の娘なのだから優秀で当たり前だが……」
キャメロンは口に何も入れていないというのに、もごもごと唇を動かしている。
「エンマギアに親族がいるから、当家の運営はどうとでもなるが……せめて連絡くらいはほしかったものだ」
「矢羽が手紙を渡したはずですが」
「いやあ……しばらく向こうにいるとは書いてあったが、踏み込んだことは……。だが、あの子の向上心を買ってやるべきか……」
キャメロン町長は、宴会場の隅で塊になっている者たちを見ている。彼らがエンマギアの町長一家なのだろう。矢羽を取り囲んで、質問攻めにしている。
「結局あの子は、いくつになってもお転婆が治らなかった。口調や所作は正したが、本質は変わらなかった。そんな過去が、今に繋がっているわけだな。はあ……」
町長の言う通り、キャベリーは好奇心旺盛で、行動力が有り余っていた。独立は時間の問題だっただろう。
既に結婚相手がいるなら、後に待っているのは子育てと領地経営だけ。そうなるくらいなら、地元には戻らず、華々しい王都で一度腕試しをしてみたいと思うのが、商人なりの向上心なのだろう。
実際、今の王都は商機の塊だ。国を建て直すべく、凄まじい数の人足が動員されている。荷車を引いた商人が重い物資を運び込み、治安維持のために地方騎士団から兵が集まり、様子を窺うために貴族の使いっ走りが顔を出す。
何処に行っても人、人、人の有様だ。成功者になりたいなら、今を逃す手はない。
「あの2人は、ちゃんとグリルボウルの未来を考えていますよ」
「だといいがなあ……」
キャメロンは天に向けて鼻息を吹かせる。悪い汗が滝のように流れており、いかにもストレスの真っ只中といった様子だ。
だが、彼には気の毒だが、俺は飯田とキャベリーの肩を持ちたい。
俺もまた、大人になりたいと願っているからだ。
「勝算もなく独立したわけではありませんよ。複雑な心境かと存じますが、今は喜びましょう」
「……そうだな。他所で商売を学んでいる間に、顔つなぎもしているだろうから……きっと上手くいくだろう。親として、信じてあげなければな」
キャメロンはようやく俺の顔を見る。
化粧品で艶々とした肌の中に、確かに見える筋肉の衰え。隠しきれない老いの発露だ。
親。その一点においては、俺ももう、町長と同じだ。
「(双子もいつか……)」
子供とはいえ神なのだから、いつ俺の庇護下から離れてもおかしくはない。
そうとわかっていても、そうなってほしくないと願ってしまう。これは親のさがなのだろう。
俺はグラスを掲げ、人の親になった飯田とキャベリーに、エールを捧げる。
彼らと、産まれてくる子供に、幸よあれ。
〜〜〜〜〜
祝賀会には、アネットの姿もあった。
魔法学校の同期ではあるが、俺たちより遥かに年下であり、相変わらず魔法少女然としたフリフリのドレスを身に纏っている。
「サスケくん、強くなったね」
俺と再会して、開口一番、願者丸サスケの話題が出てくる。
かつてアネットは願者丸に惚れていた。失恋してからは、武道の師弟になったのだったか。
俺は軽く天使寄の話をして、彼の剣術について語る。
「俺の師匠は、凄い人だよ。武人としてあれだけ完成されているというのに、未だ道半ばなんだ」
「アネットも、あんなに強くなれるかな?」
アネットは甘いベリータルトを食べながら、俺を見上げる。
心細い内面を、そのまま映した顔。
「アネット、農家だから……あんまり戦ったりしないの。だから、強くなれないかも」
農家と言っても、豪農だ。魔法による大規模設備と、周囲から集めた人足で、この町が食糧庫と呼ばれる所以を作っている。
その跡取りであるアネットは、願者丸と同質の存在にはなれないだろう。武道を嗜むことはできても、活かすことはできない。
しかし、俺はそれでいいと思っている。
きっと、願者丸もそう言うだろう。
「敵を作る必要はないんだ。既に教わったものを己の中で磨き続ければ、いつか一流の武道家になれる」
「でも、サスケくんはそうじゃないよね?」
「あいつが目指しているのは、忍者だからな」
アネットは渋い実でも噛んだかのような顔をする。
「またニンジャ。ニンジャって、なんなんだろう。ほんとうに、何……?」
願者丸の理想であり、今や願者丸そのものだ。
しかし、アネットは願者丸になれない。
「忍者は闇に忍ぶものだ。アネットには似合わない」
「……闇」
アネットは闇より暗い表情になる。
彼女はペール国との戦争で、死闘を経験した。彼女にとっての闇とは、あの地で見た黒い魔道具なのだろう。
アネットは水を飲んで口内をリセットし、呟く。
「アネット流にしないと、ダメなんだね」
要は、そういうことだ。
——なるほど。キャベリーと形は違うが、彼女もまた独立を決心したのか。成長するために進路を選び、生き方を定めた。師匠とは違う道を行くと覚悟した。
「(みんな、偉いな……)」
偉いという言葉が、すっと脳裏に浮かぶ。
独立する。成長する。自分を剪定し、高く伸びる。つまりはそれらが、大人になるということであり、偉くなるということでもあるのだろう。
「(俺も、大人にならないと)」
未来を定める。となると、まずは……。
話術でエンマギアの者たちをたらし込んでいる矢羽に、俺は静かな視線を向ける。
手近なところから、ケジメをつけていこう。
〜〜〜〜〜
食事会の後、俺たちは夜の道を行く。
風が涼しく、空はどこまでも高い。実に心地よい散歩になりそうだ。
俺は星空の中、隣を歩くメンツを見る。
矢羽。工藤。水空。願者丸は、今日は欠席だ。祝いの席に出るのは性に合わないらしいので、ドラゴンの運搬を手伝っている。
俺はまず、前置きをする。
「ようやく、帰ってきたな」
「そうだね」
矢羽が的確なタイミングで返事をしてくれる。
彼女の会話術は、本当に奥が深い。会話相手が心地よいと感じる間の取り方を、自然と行っているのだ。
矢羽は落ち着いた声のトーンで、答える。
「必死になってたのが解放されて、すっきりした気分かも。もう戦争もないし、やっと落ち着けるね」
落ち着く。それでこそ、帰宅だ。落ち着かない帰宅は、帰宅ではない。
そんなことを考えながら、俺は本題を告げる。
「帰ってきたからには……俺たちは、家族になるべきだと思う」
「ずっと家族だったよ。今までも……」
矢羽は軽くひと笑いした後、俺の顔を見て、目を丸くする。
「……家族。まさか、そういう意味?」
「そうだ」
俺と矢羽は、恋人同士ではあったが、夫婦ではなかった。
旅と戦いばかりで、夫婦らしい生活を営むことができていなかったのもあるが……一番の要因は、やはり俺が積極停ではなかったことだろう。
「子供を作ろう。これから毎日励んでいけば、きっとできる」
「お、おお、おおおおおおおおっ……!」
矢羽は感涙している。
そうだな。ずっと我慢してきたからな。ずっとずっと、俺が抑え込んでしまっていたのだ。申し訳ない。
「大人になろう。家族になろう。新しい人生を始めてみよう」
「うん。うん!」
そして。
俺は水空にも声をかける。
「働け、ニート」
「おい。急にどうした? ウチの堪忍袋の尾が気になったか?」
「働き先を見つけたら、お前と暮らす未来も、考えておいてやる」
俺が愛しているのは、矢羽だけだ。それは今でも変わらない。
しかし、体の関係は持ってしまった。その中で、水空の好意が本物だという確証も得てしまった。他の男に好意が向くことは金輪際あり得ないという、嫌な確信も……。
俺は矢羽の肩に腕を回しながら、水空に手招きをする。
「お前も成長してほしい。誰よりも強く、勇気があるお前を、尊敬し続けたいんだ」
「ないない。化け物を期待してるとこ悪いけど、ウチってただの脆い女の子だし」
「ああ。知っている」
ずっと日本に帰りたがっていた。帰りたいと言わなくなってからは、ずっと諦めたような顔をしていた。
「ここを……俺たちがいる場所を、新しい家にしてほしい。尊敬しているからこそ、そして弱さも知っているからこそ、ずっと近くにいてほしい。そう思っているんだ」
「…………!」
水空は頬を赤く染めて、瞳を夜の星より輝かせる。
いつになく乙女な反応だ。
「矢羽も、それでいいよな?」
「うん。あたしもみっちゃんが好きだから、ずっとずっと一緒にいたい」
「積田くんが覚悟決めてくれたなら、ウチは……」
水空は拳を握りしめる。
どんな魔物も粉砕する、怪力無双。しかし、そんな途方もない力が、今は自分自身を奮い立たせるためだけに使われている。
「ウチも、伴侶に……。子供とかも、いいの?」
「家計と俺たちのキャパシティを圧迫しない範囲で頼む」
「ウチも親に、なっていいの? 育ててくれたお母さんたちみたいになりたいって、ずっと思ってて……だから、ウチ……」
水空は俺の肩の余っている方に、抱きついてくる。
目には涙。いつもの軽口からは想像もできないほど、熱く流れ落ちている。
……さて。まだ清算は終わっていない。俺に好意を寄せている者は、他にもいるのだ。
俺はずっと静かに半歩後ろを歩いている工藤の方を見る。
「工藤」
「私は……」
「英雄として生きるのは、大変だ」
彼女は既に、夢に向かっている。現実的な煩わしさや気苦労を噛み締めながら、一歩ずつ着実に成長している。
そんな彼女の歩みを、止めてはならない。
俺はきっと、この町の近くだけで生きていくことになるのだから。
「俺は英雄の夫にはなれない。矢羽と水空と願者丸を抱えたまま、この国の誇りを全うすることはできそうにない」
「……そうですよね。いくら積田くんが優秀で素敵な人でも、限界はありますよね。私は所詮、4番目です」
工藤はその長身からは想像もつかないほど自信なさげな顔で、肩を落として縮こまる。
英雄らしくもない、弱々しい姿。演劇部だった彼女らしいな。どんなに可憐な主役でも、舞台裏では埃と雑多な物に囲まれているものだ。
俺は彼女がどんな大人になりたいのか、今一度問いかけてみる。
「工藤。将来の夢はあるか?」
「夢、ですか」
工藤は顎に指を当てて、考え込む。すぐには思い浮かばないのだろう。
「末田さんに占われた未来とは、違うんですよね?」
「ああ。今聞きたいのは、願望だ」
「それなら、きっと……」
きっと。曖昧な表現を使いつつ、工藤は表明する。
「悔いのない人生を送りたいです。夢のような人生を歩んでみたいです」
「曖昧だな」
「私、周りに流されやすいので……」
委員長をやっていたのも、演劇部にいたのも、周りに流された結果だと言いたいのだろうか。そんなふうには見えなかったが。
俺の疑念は、次の工藤の言葉で解消される。
「簡単に夢を見てしまうんです。惚れっぽい、とも言えるかもしれません」
曰く。学級委員長をしていたのは、規律を守ることにカッコよさを見出していたため。演劇部にいたのは、以前文化祭で見た主演に憧れたため。
俺に惚れたのは……そんな夢を、尊重してくれそうだと思ったため。
「積田くんは私にとって、大切な人です。ここに来たばかりの頃、日本にしがみつく私を肯定してくれました。日本を忘れず、それでいてこの世界にも馴染んでいく姿は、いつだって私が目指すべき指針でした」
「英雄と伴侶は、両立できないぞ」
「はい。ですが、好きになった心は本物です」
工藤は両手が塞がった俺に近づき……。
軽く接吻をする。
「これから家族になろうとしている皆さんと、同じ生き方はできません。それでも……いつの日か、私もその輪の中に加われる日が来ると信じます」
保留ということか。
英雄の道を進みつつ、俺のことも諦めない。
……俺としては、心苦しい。工藤ほど才能があるなら、そのうちひとかどの人物になるだろうと信じている。故に、彼女がよそ見をしている現状が辛い。
「俺から工藤を求める日は来ないぞ」
「それでいいですよ。……意思表明をしたからか、ちょっとだけ気が楽になりました」
工藤は高い上背で俺を見下ろしながら、恋以外の何者でもない表情を浮かべる。
「愛しています。積田くん」
そう言って、彼女はまた、俺の半歩後ろへと戻っていく。
……そうか。今はまだ、諦められないか。




