ルーツをなぞる
グリルボウルに帰還して、3日後。
俺は隣にあるエンマギアの街を訪れる。
当然、用事はオリバーの見舞いだ。
「たいへん遅くなりました」
俺はオリバーの店に顔を出し、深く頭を下げる。
素駆を追うべく出立してしまったため、彼の見舞いに訪れることができなかった。不誠実だと思われていないか、心配だ。
彼は魔道具についた埃を落としながら、小さく笑う。
「くくく……。大変だったのはそちらもでしょう」
「いえ。こちらは無傷でしたから……」
「怪我をした方が苦労している、頑張っている、道徳的に有利である……なんて、思わないでください。私から見て、あなたは大変でした。それだけ受け取ってくだされば、それでいいんです」
「あ、はい」
少しだけ強い口調だ。怪我人扱いが嫌なのだろう。
オリバーは既に職場に復帰している。殴られた顔以外は、特に問題ないらしい。
だが、今の彼は仮面のようなものを身につけている。醜い傷跡を隠すためだ。おかげさまで胡散臭さが倍増し、デスゲームでも開催しそうな雰囲気を醸し出している。
俺はオリバーの意図を汲み、いつも通りの距離感で接することに決める。
「わかりました。今後も頼りにさせていただきます」
「ええ。無様な怪我人と思わず、存分に頼ってくださいね」
言われなくとも、頼りにしている。まだまだ教わりたいことが山ほどあるのだ。生きていてくれて、本当に良かった。
俺たちは少し汚れてしまった店内を片付けて、その日の仕事を終えた。
〜〜〜〜〜
帰宅すると、来客がいた。
魔法学校の教師であり、騎士団の一員でもある、山葵山だ。
「ご無事でなによりです」
山葵山は淑女然とした丁寧な所作で、ぺこりと礼をする。
姿勢は正しく、表情は真面目。服装も固すぎず軟派すぎず。教師らしくもあり、騎士らしくもある。
俺は釣られるように頭を下げつつ、山葵山の奥にいる女性に目を向ける。
ドジの巫女名だ。ソファから立ち上がった拍子に、カーペットごと滑って転ぶのが目に入った。
「大丈夫ですか?」
山葵山に助け起こされる巫女名。日本人らしい素朴な顔が赤くなっている。
どこかにぶつけたかと心配になったが、単に恥ずかしいだけのようだ。まあ、それもそうか。彼女も頑丈な神の使徒だ。
彼女たちと歓談していた矢羽が、ソファの隣をぽんぽんと叩いて勧めてくる。
仕方がないので、俺はそこに座る。
「災難でしたね」
矢羽から王都での出来事を聞いていたのだろう。山葵山は、お悔やみのような口調でねぎらってくる。
「国内の不穏分子は、一旦片付いたように思えます。これから先しばらくは、凪の世相となるでしょう」
「いや……どうだろうな」
宴楽の企みや王女の態度を知っている俺としては、あまり楽観視はできない。
神の使徒がいる限り、この国に安寧は訪れない。少なくとも、第三王女はそう考えている。それが国の方針に表れなければ良いのだが……。
「素駆は裏儀式の頭としての側面が強いが、神の使徒でもある。俺たちも似たようなものだと思われないよう、気を引き締めなければ」
「……頼もしくなりましたね」
教え子を見守る大人としての顔で、山葵山は微笑む。
ここに着いた時差の影響か、彼女は俺たちよりずっと大人びている。何気ない表情ひとつ取っても、踏んだ場数の違いを感じられる。
それとは対照的に、落ち着きなくこちらを見つめてくるのが巫女名だ。
「目立った傷はなし。手も足も、ついてる。ちゃんと生きてる……」
「幽霊でも見たような反応だな……。訃報でも出回っていたのか?」
「いやあ、今度の今度こそ生きて帰ってはこないんじゃないかなあと。だって、国の危機でしたもんね」
失礼な奴だな。
とはいえ、巫女名の懸念も、あながち笑えない。これから更なる大事件が起きる可能性も、無くはない。神の気まぐれで死ぬかもしれないのだから。
「生きて帰ってこない、か……」
「……馬場くんについては、本当に……かける言葉がありません」
話が今回の死者に移り変わり、部屋の空気もズンと重くなる。
その重さに身を委ねるかのように、山葵山は黙祷を捧げる。
巫女名は……きっとさっきまで泣いていたのだろう。ぶり返したような泣き方で、えっぐえっぐと喉を鳴らす。
「馬場くんのボードゲーム、孤児院に導入したばかりなんですよぉ。好評で、独自ルールも増えて、彼が聞いたらきっと喜ぶと思って……ぐえーん!」
猛烈な勢いで鼻を噛む音。
俺たちは既に馬場の弔いを済ませ、死の痛みを乗り越えた後だが……巫女名にとっては、今が悲しみのピークだ。
山葵山は視線を巫女名に向けつつ、席を立つ。
「日が傾いてきましたね。馬場くんの話は、また今度聞かせてください」
俺たちが新鮮な悲しさを持っていないことを察したのだろう。山葵山もまた、人の死に慣れているのか、淡々としている。
巫女名は山葵山の手で半ば無理矢理立たされて、玄関に向かう。
「ああ、そういえば」
山葵山は帰りがけにチラシを渡してくる。
魔法学校の入学案内だ。
「入学希望者が殺到しているんです。教師、やってみませんか?」
「……考えておく」
俺はオリバーの跡を継ぐため、勉強の日々が待っている。
暇をしているのは、水空くらいだが……。
俺がチラシを近くの棚に置いたところで、巫女名がくすくすと笑う。
「無理しなくていいよ。小金ちゃん、こう見えて結構はりきってるし……。それに、何かと忙しいでしょ?」
「今はそうだが、そのうち時間を取れるようになるだろう」
「いやいや。これから先も、きっとトラブル続きだと思いますよ、旦那。巫女たる我には、神の威光が見えておるぞよ……」
巫女名は両手で大袈裟な輪っかを作り、2階のとある方向に視線を向ける。
そこは双子が隠れている部屋だ。まさか、気がついているのか?
「言われてみれば……なーんか怪しい……かな?」
「おっとっと。隠し事を探るのはいけませんよ小金ちゃん」
「あなたが言い出したんでしょうが」
口をへの字に曲げて訝しむ山葵山。そんな彼女を押して、巫女名は玄関から出ていく。
「じゃ、また会おうね!」
ちゃらんぽらんに見えて、案外鋭い。魔法授与の儀式を行う巫女だけあって、侮れないな……。
これもまた、人として完成された、ある種の大人の姿か。ためになった。
〜〜〜〜〜
数日が経った。
オリバーの店で働きながら、俺は暇を見つけてお世話になった人々に挨拶回りをしている。
アネットの両親。工事の業者。宿の従業員。
ある日、俺は銭湯に向かう。
このところ矢羽たちに求められ、家の風呂しか使えない日々が続いていたため、久しぶりにゆっくりするのもありだろう。
懐かしい扉を開けると、番頭のアマテラスが出迎えてくれる。
「いらっしゃーい」
やる気のない声。
少し見ない間に、背が伸びて髪も伸びている。彼女もまた、大人の階段を登っている最中か。
俺はお代を渡しつつ、声をかける。
「久しぶり」
「おにーさんや。おみやげ、あるかい?」
そういえば、何も用意していなかった。せっかく王都まで足を運んだというのに。
俺はなんとなく鞄の中をまさぐり、底の方にあった物を見せる。
「すまない。射的のコルク弾くらいしかなかった」
「なにそれ」
「王都の物ではないし、使い道があるわけでもないな。土産物にまで意識が向かなかった。許してくれ」
宴楽の祭りにあったものである。何故持ち帰ったのかも、もう覚えていない。
拒否されることを前提として台の上に置いてみると、アマテラスは子犬のように匂いを嗅ぎ、頷く。
「ほー。これでいいよ」
アマテラスはコルク栓を手に取り、眺め始める。
土産物に異国情緒を見出す、物静かな少女。絵になる光景ではあるが、肝心の品が味気ない。俺がもっと良いものを渡していれば……。
「代わりに、おにーさん」
「なんだ?」
「土産話、聞かせておくれよ。思いを馳せるから」
なるほど。アマテラスは思い出が欲しかったのか。
地元から離れるつもりはないようだが、それでも刺激は求めるのが乙女心というものか?
よく見ると、カウンターの内側が雑多な物で溢れかえっている。きっとアマテラスの蒐集物だろう。
「よし。王女様と会った話をしてやろうか」
「吟味するんじゃぁないよ。全部だよ、全部」
「はいはい」
俺は苦労話を風呂の中で整理することに決める。
思えば、今回の旅を楽しいものとして語るのは、これが初めてなのか。
いい機会を貰ったものだ。アマテラスに感謝しよう。




