強くなって振り出しに戻る
王都からグリルボウルまでの道を歩く。
先が見えないほど広い平野。かつてクリファの道案内で通った道を、そのままなぞっていく。
静かだ。そよ風の音が心地良い。世界の全てがこうなっていれば、どれほど生きやすかっただろう。
たまに王都へ物資を運ぶ騎士団たちとすれ違う。ステータス画面がなくとも、俺たちが神の使徒だと気がついてくれる。黒髪の集団は使徒の一行だと、既に根付いているのだろう。ありがたいことだ。
行き場を失い、野宿をしている民もチラホラ見受けられる。移動に不自由な年寄りや、怪我をした者が多い。彼らには矢羽のスキルで治療して、最低限の救助を行った。
情報が遅れているのか、未だ王都で戦闘中だと思っている者もいる。武器を向けられても加護のおかげで傷つかないので、説得は楽なものだった。
他人の涙を何度見たものか、もはや思い出せない。これからも数えたくない。
——平野を抜けた後は、山道だ。
ヒューマスキンには寄らない。最短距離でグリルボウルに行くためだ。
あの鬱陶しいフォルカスに会わずに済むというのはありがたい。正直なところ、彼とは二度と顔を合わせたくない。個人的に苦手なのだ。
ある山の中には、王都への旅で遭遇した粘液の魔物がいた。やはり、奴は一体ではなかったのだ。
しかしながら、今の俺たちの敵ではなかった。対処法がわかっていれば、無駄に時間をかけることもなく、あっさりと仕留められる。
俺たちが魔法で足止めし、工藤が強力な一撃を叩き込む。環境に影響を与えることもなく、小規模な騒ぎで済んだ。
——山を越えれば、その先は森だ。
見渡す限りの緑。緑。緑。たまに鳥と虫。稀に獣。
雑草をかき分け、汚い泥を踏み越え、家に帰りたいと願い続ける。
「お」
スキルで偵察を行っていた水空が声を上げる。
「町が見えたか?」
「いや。ドラゴンがいた」
ドラゴン。この世界にいる魔物の一種だ。
日本にいた頃は「かっこいいファンタジー生物」という印象だったが……今は違う。
彼らは極めて厄介な害獣だ。日本における熊より更に強く、そしていやらしい。魔力によって空を飛び、火を吐き、過剰な暴力を振り撒くのだ。
……そして、俺たちにとっては宿敵でもある。
最初にこの森に入った時。まだヘリに乗って町の周囲を探索していた頃に、敵として立ちはだかってきた。
あの時は馬場が敵視されてしまい、本当に焦った。人死にが起きると思い、日本にいた頃の倫理観で恐怖した。
「どうする?」
軽い調子で、水空が尋ねる。
俺は迷わず答える。
「邪魔になりそうなら、倒そう」
今の俺たちなら、何の問題もない。
〜〜〜〜〜
若いドラゴンは各地を飛び回り、縄張りにするべき地を決める。
その後は暴威を見せつけ、周囲の動物たちに竜の脅威を知らしめる。
そうして安住の地を得たら、鉱物や岩などの硬い素材で巣を作る。元からある洞窟や谷などの地形を利用するケースも多い。
ある程度成長したら、つがいを探すため、また旅に出る。
どうやって異性を射止めるかは、竜の中でも種類によるところが大きい。戦ったり、傷の少なさをアピールしたり、珍しい鉱物を持参したり……。
見事につがいを手に入れたオスは、交尾を行い、卵が産まれるまではメスと共に暮らす。孵化した後、オスは自分とメスの巣の間を往復して餌を集め、メスは巣にこもって子育てを行う。
子が巣立ち、老齢になったオスは、メスから離れて自らの巣に永住する。そして、誰にも襲われることのないまま、ゆっくりと死に向かっていくのだ。
……さて。
水空によると、今回見つかった竜はメスらしい。
それも、熱心に子育てをしている。
「旦那が来やがるかもね」
「伴侶を殺されたとなれば、怒り狂うだろう。周囲から敵がいなくなるまで、縄張り作り……つまり、周囲の全てに恐怖を植え付けて回ることになる。両方とも仕留めなければ、町に甚大な被害が出るな」
その通りだ。怒りに満ちた竜が何をしでかすかは、この世界にある無数の昔話が物語っている。
書に曰く、村は焼け、誰一人生き残らない。
俺はリーダーとして指示をする。
「少なくとも2体以上のドラゴン退治になるな。寄り道になるが、構わないな?」
「いいよ。ここ、もう町の側だからね」
「いつぞやを思い出すねえ」
猫魔と願者丸以外は、感慨深そうな顔をしている。
あの時の戦いに参加したメンツだ。
「(あの世の馬場に笑われないようにしよう)」
俺たちは竜を屠ることに決め、段取りを整える。
〜〜〜〜〜
魔物たちの頂点に立つ、圧倒的な存在。魔法都市であるエンマギアの最大兵器でさえ、屈強な個体は倒しきれない。この世界の頂点は、人間かドラゴンか。答えは未だに出ていない。
そんな竜でさえ、もはや俺たちの敵ではない。
「あっけないな」
巣の中でだらしなく舌を伸ばす、メスの竜。
死んでいる。俺の呪いが全身に回り、ぐずぐずになってしまったのだ。
「けっ」
竜の牙を蹴飛ばしながら、願者丸がぼやく。
「竜なんて滅多に狩る機会ないってのに」
「しょうがないじゃん。オスが来たら、タイマンやれば?」
「ぜひそうさせてくれ」
……気が抜けている。
実際、そんな状態でも狩れてしまうのだ。神の加護を持つが故に。
俺は胸から下げた籠を開ける。
ハンカチや宝石で丁寧に装飾された中にいるのは、もちろん俺の子供たちだ。
「なにごとだい?」
「また、戦ってるの……?」
血生臭い戦闘を嫌う天見を、俺は指で撫でる。
「ドラゴンを狩っている。たぶん、これが最後の戦いだ」
「ふうん。とかげさんかあ」
「ドラゴンは個体差が少ないから、あんまり好きじゃないかも」
個体差。そういえば、魔物にもあるのか。あって当然だ。魔力を持つだけで、野生動物と変わらないのだから。
「天見は個体差が大きい方が好きか」
「うん。やっぱり人間が一番好き。いろんなことができるから」
なるほど。人間も動物の一種だ。まさしく神の視点だな……。
天見の隣で、高嶺も構ってほしそうに声を弾ませる。
「もちろん、ボクもにんげんさんがだいすきさ。パパもママも、にんげんさんだからね」
こちらはヒトらしい視点だ。人間の文化に理解があり、肉親の情に重きを置いてくれている。
この子たちが神だろうと、人間だろうと……好いてくれると嬉しいものだ。
俺はいつも通り双子を両手で遊びつつ、願者丸たちの様子を見る。
オスを発見したようで、地獄のような炎や風が吹き荒れる中、画面を足場にして跳び回っている。
あっさり倒せるかと思っていたが、流石は竜だけあって、案外しぶとい。魔法くらいなら軽々避けてしまう。
「ママ、がんばれー!」
高嶺の応援が届いたのか、願者丸は接近戦に切り替える。
ステータス画面の足場でブレスを防ぎつつ、次々に高度を変えて、翻弄する。
竜の飛行能力では追いつけないほど素早く動き回り、徐々に距離を詰めていく。
「届きそう……!」
いつもより興奮した様子の天見。
彼がつぶやいた瞬間、願者丸は分身を組体操のように出現させる。
分身が総出で足を掴み、振り回し、本体を投げる。
手には木刀。魔力を帯びている。
「あれは『願者流・羽振り』。……いや」
俺の記憶にある技ではない。乱暴に叩きつけるような斬撃ではない。
天使寄を思わせる、自由自在な剣。決まった型に囚われない、優美な剣。
「『願者流・雪刃振り』だな」
打ちひしがれていた印象しかなかったが、王都にいる間に身につけていたのか。彼なりの剣術を。
「おお」
「ママ、かっこいい」
双子が見惚れる中、願者丸は竜の首を落とす。
身長120センチ程度しかない小人が、巨大な竜を。
「やるじゃん」
双子とたわむれながら、水空が呟く。
「ま、ウチならもっと早かったけどね」
対抗心剥き出しの発言だが、実際その通りだろう。
そもそも今の俺たちなら、倒すことは誰でもできる。ステータスの加護が極まっているからだ。
それでも。
「綺麗な剣だった」
鱗ひとつ禿げていない、綺麗な断面。呪いで崩れたメスとは違う。無事に残っている部位が多ければ、それだけ高く売れるだろう。
つまり、技術のなせる技だ。
「人間さんだなあ」
天見が感嘆の吐息を漏らす。
新しい技を生み出す強さ。それが、人間の魅力なのだろう。
〜〜〜〜〜
グリルボウルの北には、森が広がっている。
馬場や工藤が降り立ち、救助を待っていた場所。
今でも工藤が築いた人形の山が残っており、ドス黒い汚れとヘドロのような苔を纏っている。
「…………。」
その横を、無言で通過する。
町が近い。
「見えた?」
「見えてる」
水空の案内を頼りに、ただただ前に進んでいく。
尚も無言である。
俺は双子を籠に隠し、早まる歩調を精一杯抑える。
「人はいる?」
「いないよ。いるわけない。みんな王都のこと知らないだろうし」
俺たちは息を荒くして、野草を踏み締める。
「ああ」
矢羽が安堵し、肩の力を抜く。
昔、ヘリを停めた場所。町のすぐそば。
家が見える。かつて難樫率いる教団と戦った塔の跡地も。
帰ってきた。俺たちの町、グリルボウルだ。
「よかった」
矢羽が崩れ落ちる前に、俺は肩を支える。
既に泥だらけだが、せめて見栄を張れる状態で帰宅したい。
「もうちょっとだ」
「うん。我が家に帰ろう」
チラホラといる町民たちがどよめきの声を上げる中、俺たちはまっすぐ家路につく。
〜〜〜〜〜
魔道具の石で覆われた、黒く四角い我が家。
苦労して手に入れた、安住の地。
俺たちは我先に玄関へと飛び込む。
ソファにダイブする水空。
「ぐへへ……ひとりじめー」
「何をやってるんですか、まったく……」
静かに歩いて行き、水空を諌めながら荷物を下ろす工藤。
「にゃ」
怒られる前に肉球を拭く猫魔。
……みんな、すっかり油断している。ようやく緊張が解け、日常に戻れたのだ。
俺の肩を借りたまま、矢羽は囁く。
「ただいま」
俺は静かに頷き、水空を蹴飛ばして矢羽をソファに座らせる。
「ぐへっ。ウチおなごだぞ。蹴るんじゃないよ」
「幅を取りすぎだ。邪魔くさい」
「辛辣ぅ」
水空は服を脱ぎ捨てて、ローラーとなって床を移動し始める。
「そんじゃ、蹴られないように女風呂へ退散!」
「歩いて行け。人間だろう」
水空は転がりながら風呂場に突入する。汚れを撒き散らすんじゃない。
俺は彼女の服を拾い、洗濯物を入れる籠に突っ込む。
「洗うものがあったら、今のうちに出しとけ」
「……うん」
矢羽は服を脱ぎ始める。浮浪者以下の清潔感だったので、仕方あるまい。
矢羽は下着を脱ぎ始める。まあ、これも仕方あるまい。今回ばかりは誘惑の意図がない。
「お風呂……」
一番風呂を使われる。これは許しがたい。
浴槽は2つあるが、片方は水空に入られてしまった。ここで逃せば、俺の風呂は遠のく。目の前にありながら、手を伸ばせない状況が続くのだ。耐えられない。
俺は矢羽を引き留めて、所定の位置に仕舞ってあるバスタオルを取り出す。
「長らく使っていなかったから、掃除が必要だろう。俺に任せろ」
「あ、言い訳しながら入られた。せこいよ、旦那」
矢羽は一瞬だけ悔しそうな顔をしたものの、すぐさま俺の側に寄り、2枚目のバスタオルを掴み取る。
「スペースあるし、2人までなら入れるよね」
「……水空の方だよな?」
「りっくんの方」
「だめだ。悪いが、今ばかりは俺の聖なる時を邪魔しないでほしい」
風呂は一人で優雅に入るべきだ。体の汚れを落とすことで、心の中まで洗うのだ。今回ばかりは、断固として拒否する。
「しょうがないなあ……」
矢羽が納得してくれたところで、俺は確固たる意思で風呂場へと急ぐ。
魔道具で湯を張り、着替えを持って、いざ……。
「あっ」
脱衣場の扉を開けると、裸の願者丸が出てくるところだった。
俺が風呂に入りたがると予測して、率先して風呂掃除をしていたらしい。さっき帰ってきたばかりだというのに。
「…………あるじさま。お背中を」
「今日はやめてくれ」
「はい……」
俺の我儘を、願者丸はあっさりと受け入れる。
すまない。願者丸も綺麗になりたかっただろうに。
だが、今回ばかりは譲れない。風呂場は俺の領域だ。
「気を取り直して」
俺は満を持して念願の入浴を果たし、ようやく帰宅の実感を得たのであった。




