里帰り
ある程度復興を見守った後、俺たちは王都に別れを告げることにする。
「もう帰っちまうのか?」
牢屋の中の素駆は、かすれた声で俺を呼び止める。
何回目かの面会で気がついたことだが、彼は日に日に弱っている。ろくな食事を与えられていないのだろう。
「これで最後と思うと、寂しくなるぜ」
「なら、お前の死刑を見守ってやろうか」
彼の人生にトドメを刺した者としてのケジメのような意識で、提案してみる。
しかし、彼は俯いて笑う。
「ごめんだね。みじめでならない」
「なら、一人で死んでいけ」
「おう。……お気遣い、ありがとよ」
気遣い。そう捉えられても、致し方ない。あれほどの大事件を起こした相手に対して、俺はまだまだ甘いのだから。
俺は背を向けて、最後にひとつだけ言い残す。
「飯田はしばらく王都に残るらしい。気が向いたら会いに来るかもな」
「あいつなら、1回だけ来たよ。……今となっては懐かしい顔だった」
ならば、これ以上の心配は無用だろう。死に際に立ち会うくらいはしてくれるはずだ。
俺は魔道具の扉を閉めて、再び彼を闇に閉じ込める。
これで良かったのだろうか。そんな後悔がふつふつと湧き出てくるものの……。
「これが俺だ」
そう言い聞かせて、立ち去る。
別れさえできなかった者たちが、たくさんいた。それでも前に進んで来たのだ。これ以上、彼に構っている暇はない。俺は俺自身の生き様をブレさせてはならない。
「帰ろう」
俺は今や故郷となったグリルボウルの街を想い、歩き出す。
〜〜〜〜〜
荷物をまとめて王都を離れる直前に、飯田とキャベリーが会いに来る。
「今生の別れかもしれないからな」
「縁起でもない」
飯田が持ってきたのは、酒だ。末田が飲むような安物ではなく、極めて上等で、貴重な品。
「甘すぎるくらい甘いから、割って飲むといい」
「俺好みだな」
甘党の俺のために、わざわざ選んでくれたのだろう。本当に気が利く男だ。見習いたい。
俺は桃色の酒をグラスに注ぎ、ロックで飲むことにする。
振ってみると、とろみがあるような気がする。甘いという情報がもたらす、先入観によるものだろうか。
「とりあえず、こんなもんか」
「さまになってるな。いつのまにか、俺もお前も大人になってたわけだ」
まだ大人になった自覚はない。だが、周りに流されて戦っている間に、年月と苦労を重ねてきたのは確かだ。一歩ずつ、近づいてはいるのだろう。
オリバーの跡を継いだら、本物の大人になれるのだろうか。俺にはまだわからない。
「よし」
俺はグラスを傾ける。
唇に当たる液体は、やはり少しだけ野暮ったい。
だが、舌で触ってみると、品のある香りが立ち昇ってくる。不思議と味も重たくない。
少し雰囲気を味わってから、飲み込む。喉の奥まで通してみると、確かに酒だとわかる。アルコール特有の焼けるような感覚が、僅かに残滓を残している。
「これが酒か。悪くないな」
「世界で一番上等な酒だ」
こんなに美味いものなら、末田がハマるのも納得……と思いかけたが、彼女は臭いからして明らかに安物くさいものばかり飲んでいる。あれはまた別だろう。
俺はもう一度口に含み、転がしてみる。
「(なるほど。おいしい)」
王都で手に入る、最高級。そんな肩書き以上に大事な付加価値がある。
飯田が餞別にくれたもの。つまりは、大切な思い出だ。これこそ最高の味わい。
「俺にとっても、間違いなく世界一になったよ」
俺の感想を聞いて、飯田はケラケラと笑った。
〜〜〜〜〜
王都の民に華々しく見送られながら、俺たちは凱旋の帰路を歩む。
「ずいぶんな数だなあ……」
布を振って別れを告げる民を横目に、願者丸が嘆く。
「分身のせいで、すっかりオイラの顔が広まってしまった。忍者失格だ」
「私もこれから大変ですよ」
先頭を歩く工藤が、ごにょごにょと不満を口にする。
「王族や円卓との会談、これから全部私がやるんですよ? 勘弁してくださいよ」
「オマエは好きで英雄になったんだろ? スキルもそんな感じじゃないか」
「難局を切り抜ける強さに憧れたんです。英雄は舞台の上で華々しくあるべきであって、あんな胃が痛むような……」
「はいはい」
水空は気楽そうに手を振り返している。
「脇役と裏方は、ウチらにお任せってね」
「うるせえ無職」
「あ? やんのか負け犬。天使寄に負けたくせに」
願者丸と水空は、いつもの言い争いを始める。
……日常だ。日常が帰ってきた。平和なものだ。
俺が感慨に浸っていると、最後尾の矢羽が声をかけてくる。
「ねえ。キャベリーちゃんに会った?」
「ああ」
飯田と会っている間、矢羽はキャベリーと話し込んでいたらしい。
魔法学校でもそうだったが、2人は仲が良かった。キャベリーの怪我を矢羽が治したのがきっかけで知り合ったと聞いている。
矢羽は周囲の視線を気にしつつ、こっそりと耳打ちしてくる。
「キャベリーちゃん、妊娠してたね」
「えっ」
そうだったのか。ゆったりした服を着ていたから、まったくわからなかった。
よく見ると、視界の隅にキャベリーがいる。新しい店舗のバルコニーで、人ごみを避けて、腹を守っている。……なるほど。
歩きながらじっくりと見ていると、矢羽は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「まだ見た目じゃわからないよ。最近だから」
「そうか。だよな」
どうして突然、そんな話を。そう思いながらも、俺は毅然とした態度を崩さないよう努めて、見送りの群衆を抜ける。
〜〜〜〜〜
街の門を通り過ぎて、補修されたばかりの壁を越える。
ここから先は、だだっ広い平野だ。今はまだ戦火の跡が残っているが、そのうち野草に呑まれていくだろう。
閉まっていく重い門を見届けた後、矢羽が囁く。
「あたしたちも、そろそろ……ね」
「うん?」
何がそろそろなのか。話の流れが読めない。
旅の話ではなく、キャベリーの妊娠のことだろう。つまりは、矢羽も子供が欲しいということか。
しかし、どうして今……。
「ああ、そういう」
水空は周囲を見回してから、いつにも増して悪そうな笑みをたたえる。
願者丸と工藤は気がついていない。猫魔は何やら察した様子だが、呆れ顔だ。
「にゃ。こいつ、ケダモノにゃ」
ケダモノ。子供が欲しい。こっそりと耳打ち。
……いや、まさかな。こんな場面で、そんなはずはない。
俺は脳裏に浮かんだ煩悩を振り払い、工藤を追い越して旅路を歩く。
「急ぐ必要はないが、最短距離で行こう。ヒューマスキンに寄る必要がなければ、一週間もあれば行けるか?」
「のんびり行こうよ」
矢羽が腕を組んでくる。人目がなくなった途端にこれだ。相変わらず愛が重く、強い。
水空も反対側を陣取り、俺を押さえ込んでくる。
「このメンツを見なよ。完全にいつものって感じじゃん?」
俺。矢羽。水空。工藤。猫魔。そして、双子。
わからん。強いて言うなら、女性比率が高いか。猫魔をどうカウントするべきか、なんとも言えないが。
俺は嫌な予感に震えながら、2人を引きずるようにして、旅路を強引に進む。
「もう少し歩けば、双子を出してあげられる。早く行こう」
「……そうだね」
双子を引き合いに出されては、流石に弱いようだ。
矢羽は俺から腕を離し、工藤たちと話し始める。何やら怪しい雰囲気だ。きっと猥談だろう。
「我慢しろ」
強めの口調で、釘を刺しておく。
俺は背中越しにねっとりとした視線を感じつつ、貞操を守る戦いを始める。
人目から解放されたからといって、何もない野外で盛るわけにはいくまい。




