行き止まり
大騒ぎをした次の日。
クラスメイトたちと会う約束をしている。
まずは、宴楽。
彼はスキルによって祭りを開催し、物や人間を亜空間に飲み込める。普段から大勢の人を匿い、従業員にしている。中にはスキル持ちのクラスメイトたちも混ざっているようだ。
故に、彼は王都の復興において多大な活躍を果たした。食料や日用品を、祭りに必要な備品に限れば、無数に生み出すことができる。当然、スキルに関係ない物は現物で大量に備蓄している。
王都は瞬く間に彼の産物で溢れ、食や娯楽を塗り替えた。国が混乱期にあるため、定着するにはまだ時間がかかるだろうが……もはや廃れることはあるまい。
そんな彼は、身の安全のためにスキルのお祭り空間に篭っている。
俺が案内されたのは、そんな空間の奥深く。彼自身を祀る、素朴なやしろだ。
「自分の部屋は、意外に質素なんだな」
俺が面と向かって感想を伝えてみると、宴楽は煙草のようなものを燻らせながら笑う。
「御本尊の周りにドンチキ騒ぎを持ち込まれちゃ困る」
「ふうん」
彼は心の底を、誰にも見せずに守っているのだろう。案外、祭りも人を遠ざけるための手段なのかもしれない。なんとなく、そう感じる。
俺は紫色の座布団の上にあぐらをかき、世間話を始めようとする。
「ここは懐かしい雰囲気がするな。日本の夏だ。いや、暑くなる前の……想像上の『思い出の夏』だろうか」
「話がわかるじゃねえか。俺の理想だよ」
スキルを貰ったからには、理想を再現したかった。そう言って、彼はグラスに入った麦茶を差し出す。よく冷えている。
「あんな転生だか転移だかがなくとも、俺は祭りのために生きていたさ。あの神には感謝したいくらいだ。ここで祀ってもいい」
「悔いがなさそうで良かった」
「あたぼうよ」
宴楽は何処からかビール瓶を取り出し、自分のグラスに注ぐ。
「祭りの裏方といえば、これよ。日本酒もあるぜ。日本にいた頃に、ちょろっと銘柄を……おっと、これは内緒だぜ?」
「無限に出せるのか?」
「余った魔法出力で、ちびちびとな。大釜盛は、これで引き込んだ。今ではいい飲み友達だ」
酒がいつでも手に入るのは、料理好きとしてはたまらないだろう。料理のレパートリーが広がる。
彼は泡立ったビールをぐいっと煽り、喉を鳴らす。
「くはーっ! これこれ」
酒の美味さは、俺にはよくわからない。だが、豪快かつ爽やかな飲みっぷりは、見ていて心地よい。
俺は麦茶を味わいつつ、本題に入る。
「国は手に入りそうか?」
「まあ、ぼちぼち、だな」
宴楽は2杯目を手酌で注ぎ、ニヤリと笑う。
「王族の力が弱まり、民の意見を無視できなくなった。下手を打てば、待っているのは更なる混沌……そんで、反乱だ」
「兵も防衛設備もボロボロだからな……」
「その民を抱き込んでいるのが、俺だ。革命を起こして次の王に、なんて声もある」
思うところがあるのか、宴楽は床の木目を見つめている。
「スキルは一代限りだ。祭りを続けるには、次代がいなきゃ話にならん」
「嫁の貰い手には困らないだろうに」
「血筋はもちろんだが、信頼できる部下も必要だ。ネームバリューもな。俺が王になったところで、この国が刻んできた年月に勝てるとは思えねえ」
そうだろうか。地方の民にとっては、上に立つ人間が誰になろうが、営みが変わらないならどうでもいいだろうに。
一瞬、そう思いかけたが……祭りを普及させるという目的を加味すると、話が変わる。裏儀式のせいで、よその文化に対する嫌悪感が強くなっているのだ。
「まずは祭りの魅力をアピールするところから始める必要がある。食文化はなんてことねえが、この国にある土着の祭りと融和するのは一苦労だ」
「俺たちが拠点にしている町にも、収穫祭があった。あれを日本式に変えるとなると……反発があるだろう」
「となると、国の運営なんかやってる場合じゃねえ。そのへんは旧来の王族と文官に丸投げして、俺たちは文化の侵略に専念しねえと」
「具体的には?」
宴楽は自嘲混じりの笑みを浮かべる。
「前と変わらず、全国巡りよ」
国の上層部と話し合える機会を得たはいいものの、彼の今後は特に変わらないようだ。
〜〜〜〜〜
宴楽から王族との会談について聞き出した後、祭りの中にいる大釜盛や本多に挨拶をする。
「出席番号5番、大釜盛猛くん。28番、本多夜雪くん。確保」
「確保?」
「されていないではないか」
2人とも、宴楽と同じ和装だ。本多の方は若干簡素になっているが、彼の細い体には似合っている。まるで明治初期の文豪だ。
俺は努めて笑顔を作りながら、訳を説明する。
「狂咲矢羽……今は俺の妻である積田矢羽の、決まり文句だからな。代理で言わせてもらった」
「迷惑なことだ」
本多は屈強で堅牢そうな式神に守られながら、背を向ける。
「娯楽小説に紙を使うなと、喧しく云うのが宴楽の常だ。今度は何の面倒ごとかと訪ねてみれば、この仕打ち。余分な付き合いは控えさせてもらおうか」
大量の折り鶴に乗り、飛び去っていく。人付き合いの悪い男だが、俺がどうこう言えた話ではない。
残った大釜盛は、太った腹を揺らしながら笑う。
「用事があるなら、俺が聞くよ」
こちらは如何にもおおらかで人懐っこい巨漢だ。話しやすく、接しやすい。
俺は矢羽たちのことを話しつつ、こちらでの生活についてうかがう。
「料理に関するスキルを貰ったと聞いている」
「便利だぞぉ。一度作ったもんは、なんでもすぐに出せる。ただ、日本にいた頃の方が楽しかったな」
大釜盛は丸い犬のような顔で、切なさを滲ませる。
「調理器具も便利グッズも、向こうのほうがたくさんあった。100均が恋しいよ」
これまでに何人もの日本人に会ってきたが、100円ショップに思いを馳せる男は初めてだ。
しかし、日常の細々とした不便は俺も体験してきた。特に、あの町に降り立ったばかりの頃は、時計や衣服にも苦労していた。
俺はオリバーの跡を継ぐ魔道具職人として、慰める。
「アイデアがあるなら、そのうち魔道具で再現しよう」
「ありがてえ! この世界の人に頼んで、やれる範囲でやってるけど、全然魔力が足りなくてよぉ……」
俺は彼が思いつく限りの意見を受け取り、商品開発に活かすことにする。
〜〜〜〜〜
宴楽の領域を出て、俺は王都の片隅にある市場に出向く。
市民たちの物々交換から生まれた、闇市だ。
「(ここにも祭りの食い物が流れてきている……)」
宴楽が屋台で配布している食い物。それが他人の手によって高値で売られている。つまりは転売だ。
無料で手に入る物に金を出す奴がいるのかと疑問に思うが、これが案外売れてしまう。
「(祭りの中の経済状況には詳しくないが……数に限りでもあるのだろうか)」
物が法外な値段で取引される原因は、買い占めなどで購入する機会がいじられている場合が多い。ただの食い物が、宝石のように希少になっているのだ。
スキルで大量生産ができたところで、流通には限度がある。祭りは内部で閉じているため、外に運ぶものがいない。
「(まあ、俺は経済に詳しくないから、力になれそうにないな……)」
飢えている全ての民に食料が行き渡ってほしいものだ。俺は手の届く範囲を守るとしよう。
その一環として、俺はヤミ酒に手を伸ばそうとしている女性に声をかける。
「末田。何をやっている」
「おお、積田立志郎。先日ぶりだね」
末田は四肢のほとんどない体で、ステータス画面の上に乗っている。
周囲にはスキルによるサイコロと、酒盛りの名残り。手足の欠けた生活に慣れた雰囲気だ。
「いやー、結局すぐに再会してしまったね。わっちも嬉しいよ」
「酒を我慢しろ」
「会ってすぐにそれかい? 今日くらい飲んでもいいじゃないか。めでたい日だ」
末田は混ぜ物の酒に手を伸ばそうとするが、横から割って入った少女に阻まれる。
「宿を抜け出したと思ったら、またお酒……。ほんと呆れる」
紫色の髪をした、小柄な少女。クリファである。すっかり末田のお目付け役になってしまったようだ。
クリファは俺にぺこりと頭を下げてから、末田の耳を引っ張る。
「騎士団が探してる。神の使徒として、相応しい態度でいて」
「いてて。君はもうちょっと適当に生きたまえよ。いつか過労で倒れてしまうぞ」
「あんたが仕事増やしてるんでしょ!」
2人は王都の中央騎士団本部にいるようだ。この非常事態でこそ、国の最高峰の軍事組織で学べることがあるだろう。
王都から帰る前にも、2人に会いに行こう。そう思いながら、俺は次の目的地に向かう。
〜〜〜〜〜
午後は第三王女からお褒めの言葉をいただくことになっている。本格的な式典は、首都が立ち直ってから行われるはずだが……王族としては、目立ちすぎない程度に無事を示しておきたいらしい。
俺は代表者として、王城に出向く。
「積田立志郎。貴殿の活躍により、悪しき教団を滅することができそうです。国王陛下に代わり、礼をいたします」
崩れた円卓会議室で待っていた第三王女は、以前と変わらない作り物のような顔つきで、凛としてそこにいる。
ヘリから吊り下げられ、殺されそうになったというのに、もはや過去の出来事のように振る舞っている。
「(命懸けで頑張ってきたのに、国王には会えずじまいか……)」
俺はこれから先、第三王女と話す機会は無いと直感し、思い切って尋ねてみることにする。
「灰原総兵という神の使徒と、お知り合いだったそうですが……どのような関係でしたか?」
俺からの質問が意外だったのか、第三王女はほんの僅かに眉を動かす。
「無礼講の場ではありませんよ」
「失礼いたしました。控えます」
「……これは公式の回答ではありませんが」
第三王女は護衛の騎士団員……いつぞや世話になったミクトラン隊長に目配せをして、息を吐く。
「王家は外交によって諸侯に威光を示すものですが、まつろわぬ悪きものたちによって危機に晒されることもあります。ハイバラは旧国境付近で、わたくしを助けました。ただそれだけのことです」
本当にそれだけだったのだろうか。記録には残っていないだろう。無論、第三王女からこれ以上の証言を引き出すことも叶うまい。
俺は大人しく引き下がることにする。
「ありがとうございます」
「神の使徒として、平和をもたらしてください」
期待はしていないだろう表情だ。
それもそうだ。素駆が裏切り、宴楽が擦り寄ってきている。比較的穏健派に属している俺も、嫌々徴兵に応じているだけだ。国を守るべき王族としては、神の使徒は厄介者なのだろう。
「努力いたします」
「……過度な努力は禁物ですよ。神敵を討ち果たした以上、今世においての役割は果たしたはずです。神もきっとお喜びでしょう」
諦めがこもった口調だ。大人しくしていてほしい、と言わんばかりである。
幼女神は単に裏儀式を嫌っているだけで、この国には大した思い入れがない。それを理解しているのだろう。
つまり、幼女神から与えられた俺たちの役割は終わっている。
第三王女は、何処まで知っているのだろう。俺たちをどうしたいと思っているのだろう。
それを知ることは、きっと叶いそうにない。
〜〜〜〜〜
宿に戻ると、願者丸が一心不乱に木刀を振っている。
「天使寄に会ってきたか?」
「会った。手加減されて、それでも負けた」
腕試しまでしてきたのか。願者丸らしいとはいえ、彼女とやり合うのは危険すぎるだろうに。斬られずに済んでよかった。
願者丸は俺の方をチラリと見て、また素振りに戻る。
「あの剣術を、オイラのものにしなくては」
「願者流に組み込むのか?」
「……どうだろう」
剣が迷う。
「オマエも知ってると思うけど、剣は専門外なんだ」
「『願者流・羽振り』はいい技だと思うぞ」
「体術の応用で振ってるだけだ、あれは」
願者流は体格差を覆すための技が多い。全体重を相手の急所に叩き込む技、狭い場所を駆け抜けるための技、飛び道具を操る技。
「オマエに教えるためにも、オイラが率先して習得しないとな」
「ありがとう。だが……」
無理をするな。そんな言葉が出かける。
俺はもう、戦いに出るつもりはない。狂人が攻めてくる可能性も無いわけではないが、自衛に願者流は過剰だ。
それに、本当に心苦しいことだが、願者丸があの剣術を身につけられると思えない。体格と性格の差はどうにもならないからだ。
だが、願者丸の生き甲斐を奪うわけには……。
「あるじさま」
願者丸は木刀を置き、こちらに抱きついてくる。
「どうした」
「オイラは、価値が欲しかった。誰よりも強く、誰よりも優れた人間になりたかった」
……俺の表情で察してしまったか。迂闊だった。俺はいつまで経っても嘘が上手くならないな。
「壁にぶつかるたびに、不安になった。出来ないことが現れるたびに、怯えてきた。水空に決闘で勝てなくて、狂咲に恋愛で勝てなくて……」
「……勝つ必要はないぞ。願者丸は唯一無二だ」
「…………。」
思春期には、よくあること。部活でも進路でも、壁を見上げて打ちのめされるばかり。
だとしても、それを願者丸に伝えたところで、何の慰めにもなるまい。
せめて、癒えるまで寄り添ってあげよう。必要だということを、肌で理解させてあげよう。
「お前は立派な、俺の師匠だ」
「……うん」
俺たちは木刀を拾い上げ、自室へと戻る。
……ついでに、願者丸の小さな体も担ぐことにする。お姫様だっこだ。
「願者丸。昨日の出血は平気か?」
「昨日? ……あっ」
願者丸は昨夜の行為を思い出し、顔を赤らめる。
「実は、まだ結構痛くて……」
「診てやろうか?」
それが意味することを理解したのだろう。願者丸は顔を両手で覆い隠す。
「お願いします……」
今回は、撫でる程度にしておこう。




