見下ろせば大なり、見上げれば小なり
天使寄たちが帰った後、俺たちはのんびりと夜を過ごす。
家計簿をつけ、本を読み、願者丸たちの帰宅を出迎え、風呂に入り、ぼんやりとした明かりをつけたまま……。
久方ぶりの、夜の時間だ。基本的に異性を求めることがない俺でも、流石に力がみなぎってくる。
「お、おお……」
一枚目を脱いだ願者丸が、俺を見て慄いている。小柄な彼女では受け入れ難い大きさだろう。
水空と矢羽は互いの肩を小突きあっている。
「体ほぐしてきたか? 明日は痛むぞお」
「そっちこそ。歩けなくなっても知らないよ」
国を揺るがす動乱に、ひと段落ついた。ようやく日常に戻り、愛を深め合える。
その実感と共に、俺は一人目の頬に手を伸ばす。
〜〜〜〜〜
一区切りついて休憩中に、水空が申し訳なさそうな顔で矢羽の首を摩る。
「斬られたんだよね?」
「うん」
「ごめんね。ウチがいないところで……」
包帯の表面を、水空の長い指がなぞる。
守れなかった、と思っているのだろう。矢羽に傷をつけてしまったのは、自分の不覚だと。
俺はグラスに水を注ぎながら、事実を伝える。
「俺も矢羽も、信じて受け入れたんだ。暴漢に襲われたわけじゃない」
「聞いてるだけの立場じゃ、にわかには信じられないなあ……。辻斬りの串高くんと同じようなもんでしょ?」
水空がそう思うのも無理はない。俺だって、天使寄 以外にあれが可能だとは思っていない。
剣の腕前だけではない。気迫が違う。
「水空も、会う機会があったら見てみるといい」
「よし。明日にでも押しかけてやろう」
水空……。実は暇なのか? 王都に来てまでニートをしているのか? 俺は心配だ。
俺は冷えた水の入ったグラスを、願者丸に渡す。
彼女はベッドの上でのびている。毎度毎度、小さな体で無理をしすぎる癖があるようだ。
「願者丸も、いつか会いに行くといい。学ぶものが多いぞ」
「出不精なあるじさまがそこまで言うなら、相当だな」
願者丸は幼児のように両手でグラスを持ち、少しずつ体に水を送り込む。
喉仏もない細い喉が、こくりと音を立てる。小動物のようで、可愛らしい。
「願者流を、もう一段強化する時が来たか」
「……強化といえば」
矢羽がコロコロとベッドの上を転がり、俺のそばまでやってくる。
「双子ちゃんのスキル強化、どうなってるの?」
「ああ、2人は……」
俺は今までに行った強化内容と、頭の中に叩き込んである予定を、瞬時に整理して伝える。
王都復興のため、飯田のスキルを真っ先に強化した。スキルは魔道具の複製品を生み出す『贋作』。
強化した結果、単なるコピーに留まらず、性能や外見を大幅に改良することもできるようになった。
スキルの強化は、その人の心の有り様に大きく影響を受ける。きっと、妻であるキャベリーの開拓精神が作用したのだろう。
その後、猫魔に試してみたが、強化はできなかった。今の自分に満足しているからだ。双子の力を借りれば必ずしも強化できるわけではないらしい。
「彼らが言うには、感情係数……つまり、気持ちの変化が重要らしい。だから、急ぐ必要はない」
「人生を変えたい、または人生が変わったと思ったら、挑戦すればいいわけか」
水空の視線が、願者丸へと向かう。
この場にいる面々の中で、唯一スキルの覚醒に成功しているからだ。
願者丸は得意げに胸を張り、ここぞとばかりに水空をおちょくる。
「あるじさまの役に立ちたい一心で進化したんだ。どうだ、すごいだろう」
「確か、分身だっけ。……使えそうだね」
矢羽が何やら企んでいる様子だ。面白そうなので、乗ってみるか。
「分身してみろ、願者丸」
「ご命令とあらば」
願者丸は体毛を一本抜いて、息を吹きかける。
たちまちのうちに、分身が一体できた。孫悟空の真似事か?
矢羽は即座に物言わぬ分身を拘束し、首筋を舐め始める。
「いただきまーす」
「あ、ちょっと」
願者丸は呆気に取られている。分身の方は、特に表情はないが、拒否する様子も見せない。
なるほど。矢羽の言う通り、確かに使えそうだ。それはもう、色々な用途に。
水空も目を細めて、分身の足の裏を撫で始める。
「ふーん。面白いじゃん。あ、ホクロ発見」
「や、やめろぉ……」
「願者丸くんがしてくれないこと、お願いしちゃおうかな」
「やめろって!」
願者丸は分身を大量に生み出し始める。
これは……少しからかいすぎたか。
「分身の強みは手数の多さだ。オマエら全員、腰砕けにしてやる!」
俺の後ろで、矢羽たちが息を呑む。
休憩が終わり、次のラウンドが始まる合図だ。
〜〜〜〜〜
第二ラウンドの終わりは、願者丸のギブアップで告げられた。
「疲れた……!」
部屋を埋め尽くすほど生成され、さっきまで俺たちを攻めていた分身たちが、一気に消えていく。壮観ではあるが、物悲しい。
水空は分身の残り香を探して、手をブンブンと振っている。
「ハーレム気分、楽しかったのに」
あからさまに残念そうだ。願者丸とは悪友じみたやりとりばかりだが、案外イチャイチャするのも楽しいと感じているのか……。
まあ、それもそうか。そうでなければ、こんな関係にはなっていない。
不満げに本体へと突撃する水空をかわし、願者丸は口を尖らせる。
「分身はもうナシだ! 操りきれねえし、肝心のオイラがずっと暇だ!」
「攻めでも受けでもダメ?」
「ダメダメ! オイラがつまんねえ!」
願者丸が嫌なら、仕方ないな。複数人での関係は繊細なものだ。
俺は願者丸を抱きしめて、矢羽の前に持っていく。
我儘な彼女を、もっとかまってやらねば。
「よしよし。何してほしい?」
矢羽が願者丸に手を伸ばすと、願者丸も細腕で掴み、頬を擦り寄せる。
「分身にやったこと、オイラにもしてよ……」
「ほほう。味比べとは乙だねえ」
「分身は匂いも表情もないからね。やっぱり本体あってこそだよ」
攻守逆転で、第三ラウンドが始まる。
ちなみに俺は、疲れたので一時退却だ。
〜〜〜〜〜
願者丸が完全に潰れて、第三ラウンド終了。
残った矢羽と水空が口付けをし、流れるように第四ラウンドへ。
「りっくん、まだ元気?」
「『思慕』があれば動ける」
「混ざるなら、声かけてね。スキル対象変えるから」
流石に眠いので、今日はパスしたほうが良いだろう。
あの2人は底なしだ。おそらく、夜明けまで続く。このメンツの中核を担うだけのことはあり、なかなかの豪の者である。
「ツワモノだな」
たとえ事前準備が万全でも、この2人にはついていけない。継戦能力が違う。
俺が2人から距離を取り、瞼を閉じようとした時。
寝室の扉が僅かに開いていることに気がつく。
「(また工藤か? あるいは、猫魔か……)」
このままでは音が外に漏れてしまう。密閉されたこの楽園を守るためにも、閉めておかなければ。
そう考えて、扉に向かうと……。
やや高いところに、小さな光が2つ。
「(双子か……)」
無垢な性格だと思っていたが、まさか情事を覗きに来るとは。仮にも神なのだから、知識を持っていてもおかしくはなかったということか。
……いや、むしろ無垢だからこそか? 知らずに覗いてしまった可能性もある。
「(子供の教育は難しいな……)」
面と向かって話題にするわけにもいかないが、かといって話さなければ理解が進まない。難しい問題だ。世の中の親たちも、こうして悩んでいるのだろうか。
とりあえず、今は遠ざけるのが適切だろう。俺は赤と青の輝きに向けて、小声で言い聞かせる。
「子供にはまだ早い。覗いたらダメだぞ」
「ほほう。なぜだい?」
「……ごめんなさい」
わかっていそうな青い少年、天見。
わかっていないだろう赤い少女、高嶺。
双子で持っている性知識が違うとなると、更に面倒なことになるな……。性差もあるので、別々に呼び出して教えるべきか?
「天見。高嶺を連れて寝室に行きなさい」
「うん。パパ……がんばってね」
頑張れと言われても、返答に困る。儀式じみた行為と認識しているのだろうか。確かに未来のための行動と言えなくもないのだが……。
天見は高嶺の目を両手で隠しつつ、ゆっくり廊下を引き返していく。
「まちたまえ。パパとママたちがこっそりあつまっているんだろう? とってもおもしろそうじゃないか」
「お姉ちゃん。恥ずかしいから、静かにして」
「はなせ! どうせおやつでもたべてるんだろう!? ずるいぞ!」
2人は喧嘩するほど仲が良い様子を見せつけながら、神の子を隠すために用意した部屋に帰っていく。
子供に子供の世話を押し付けるのはよくない。そう思いつつも、俺は背中越しに聞こえる狂乱を名残惜しく思っている。
「(まだ熱が冷めてないんだ。ごめんよ)」
行軍のため何日も我慢してきたのだ。今夜だけ、好き放題暴れさせてほしい。




