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神に頼むか、人に委ねるか

 天使寄雪刃は納刀し、俺と矢羽が見える位置に正座する。

 刀を抜きやすい広さ。そのうえ、背中を壁で守られている。油断がないな。魔法があるこの世界では、まだ不足だが。


 俺は矢羽が淹れた茶を見て、お気に入りの茶菓子を見繕う。

 キャベリーの店の焼き菓子だ。クッキーに似ている。物資の都合上、あまり豪勢ではないが。


「飯田の嫁さんのところで買った」

「ふーん」


 興味があるかと思って話題に出してみたが、無反応だ。

 他人の結婚は、恋愛話の括りに入らない。失敗だったか。

 ……いや、そもそも天使寄は恋愛にすら興味がなさそうだ。知多箱とそれ以外を徹底的に分けて考えている。


 俺は茶を飲んで毒がないことを示しつつ、話題を振る。


「知多箱も来ているのか?」

「居場所が知れたら狙われる。聞き出したいの?」

「懐かしくなったから、会えるなら会いたい。無理だと言うなら、仕方ない」

「無理。……言ったから、諦めて」


 裏などないのだが、天使寄は敵意を向けてくる。疑心暗鬼の化身か何かか?


 俺が困っていると、首に包帯を巻いたままの矢羽が、いつも通りの口調で会話を繋いでくれる。


「元気かどうかだけ、知りたいな。寒いところにいるみたいだし、ちょっと心配だから」


 数えきれないほどの人間を刀の錆にしてきた殺人鬼の前だというのに、平常心だ。

 素駆に首を切られたばかりだというのに、こうして命を張ることができるのは、彼女の強さであり、美徳だ。


 天使寄は僅かに血が滲んだ包帯を不躾に眺めて、ゆらりと席を立つ。


「聞いてくる」


 ……すぐ話ができる位置にいるということか?

 あるいは、盗聴石のようなものがあるのか。


 天使寄は焦りの感じられない素振りで外に出て、空を見上げて、茶の湯気が消えた頃に戻ってくる。


「うん」


 誰に対してものなのか、僅かに頷き、天使寄は適温になった茶を飲む。


「ちーちゃんは王都の外で王族と話してる。城の中で会うのは怖いから、逃げられるところにした」

「まだ交渉の途中なのか」


 完全にこの国の味方になったわけではなさそうだ。

 ……それもそうか。今でも俺たちを警戒しているのだから。


 天使寄は無造作ながらも無駄のない手つきで菓子をつまみ、粉ひとつ落とさずに食べ切る。


「ちーちゃんは優しいの」

「知っている」

「優しいから、プレゼントしてくれた」


 何を。

 この国での地位を……または、安全な生活を……ということか?

 天使寄はいつも言葉が足りないが、裏を読まずに素直に受け取れば会話ができる、はずだ。


 俺は天使寄がふたつ目の菓子を手に取ったのを見届けてから、尋ねる。


「知多箱は、こうなることを見越して戦争を?」

「そんなわけない」


 天使寄は、そう作られた機械のように菓子を消費している。


「ずっとずっと、つらそうだった。動けなかった」

「病気にでもなったのか?」

「教えない」


 ……それもそうか。弱みだからな。事情を少し明かしてくれただけでも、大きな収穫だ。


 きっと、天使寄たちも必死だった。どうしようもない状況をどうにかしているうちに、自然と人斬りになっていたのだろう。

 そこでただの人斬りに落ちつかなかったところが、知多箱の賢明さを象徴している。強さに溺れて驕ることも、血に溺れて敵を作ろうとすることもなく、人らしい価値観を失わなかった。

 ざっと、こんなところだろうか。


 俺はもう一度、質問をする。


「今は元気にしている、ということでいいのか?」

「そう」

「なら、よかった」


 知多箱も天使寄も、数少ない俺の知人だ。出席番号の近さが理由で、日本にいた頃から交流があった。

 隣り合わせになったよしみで、多少の情がある。敵ではないというのなら、息災くらい祈らせてほしい。


「顔を見れないのは残念だが、便りが来ただけ喜ばしいな」

「…………。」


 天使寄が無言のまま静止している。

 付き合いがあるから、わかる。天使寄はいつも無表情だが、言いたいことがある時とない時では、纏う雰囲気が違うのだ。


 特に、感情を揺り動かされた時は……今のように、指先さえピクリともしなくなる。


「ちーちゃんは……」

「おお、懐かしい顔だ」


 その声が響いた瞬間、一気に部屋の空気が冷える。

 天使寄がゾッとするような殺気を放ち、俺の記憶が早鐘を打つ。矢羽はいつになく怯えた様子で、急須を取り落とす。


 俺たちの怯えは、目の前にいる剣士の雰囲気が変わったから……だけではない。


 知多箱(ちたはこ)(まこと)が、ぬらりと部屋に入ってきた。


「会談は?」


 知多箱が相手でも、まるで堅苦しさが変わらない口調の天使寄。彼女を知らない人物は、2人が本当に親しいのかどうか、怪しむことだろう。


 そんな彼女の肩を、知多箱は強く叩く。


「また今度ってことで」


 王族さえ振り回す、この態度。恐れ知らずである。

 日本にいた頃より、少し気が大きくなったようだ。


 俺は急速に喉が渇いていくのを感じる。茶を飲んでいたというのに、緊張による荒い息が、水分を奪っている。

 矢羽も同じような状態のようだが、日頃培ったコミュニケーション能力のおかげか、どうにか息を吸って決まり文句を口にする。


「出席番……」

「16番。キョウちゃんは記憶力がいいね。普通忘れてしまうもんだ。このあと『確保』って言うんだったか? いかにも決め台詞って感じがするねえ」

「……この世界に、来た時に」

「ああ、スキルとかステータスとか、メモしてるんだっけ。だから忘れないのか。最初は宿の一室に置いてあって、今は家があるから……ん? 魔導書と一緒に手元で管理? へえ。案外、自分本位……いや、責任感が理由かな?」


 見透かされている。あまりにも多くを。

 不気味だ。俺たちに背後霊がいたとしても、これほど詳しくは知らないだろうに。


 矢羽は腰を抜かし、床に落ちた茶の上に尻餅をつく。


「なんで?」

「そういうスキルがあるんだ。ここまで使いこなすのに、ずいぶん手間を取らされたよ。頭痛がキツかった。ほんとにキツかった。死んでしまおうかと思ったくらいだよ」


 教えてくれるのか。教えても問題ないと判断したからだろう。

 俺も同じ気持ちだ。この逃れようのない圧力の正体がスキルだと教わったところで、対策のしようがない。


 とりあえず、俺は立ち上がれないほど恐れ慄いていることを誤魔化しつつ、彼女にも菓子を勧める。


「お前も食うか?」

「キャベリーという人のお菓子かい? 伝統的な製法を守りながらも、発展性が見込めるように密かに研究を……。なるほどね。料理は科学だと、誰かが言っていたからね」


 ついさっき貰ったばかりの菓子なのだが……。それに、キャベリーは企業秘密を大切にしている。何処でそんなことを知ったのだろう。


 知多箱は躊躇いもなく菓子を頬張り、満足そうに笑みを浮かべる。


「おいしい」

「そうか。きっとキャベリーも喜ぶ」

「やっぱり、食べ物は口に入れてこそだよ。情報を食うだけでは駄目だね。満たされない」


 情報を食う。これは比喩ではないだろう。知多箱のスキルの詳細に関わってくる部分だ。


 知多箱は堂々と尻をクッションに沈め、足を組む。


「ユキちゃんを害そうとするなら、日本のことは忘れて絶交するつもりだったけど……そうならなくてよかった。久しぶりに会えて、嬉しいよ」

「その確信も、スキルによるものか?」

「え? いやいや。ただ、剣を突きつけられても動じず、話し合いを続けようとする君の姿勢に、心を打たれただけだよ」


 天使寄を試金石にしていたのか。彼女なら俺たちごときに殺されることはないと信じて。

 信頼しているからこその行動なのか? 並の人間では辿り着けない領域だ。


「何の用だ?」

「別に……。敵ではないことを告げに来ただけ。姿を見せないまま信頼がどうだと言い張っても……端的に言って、ダサいじゃん?」


 知多箱は何故か下着姿の下半身をのびのびと動かして、ストレッチを始める。

 呑気なものだ。警戒心のカケラもない。もっとも、隣の天使寄に武力行為の全てを任せているだけで、内心は剣呑かもわからないが。


「積田立志郎よ。君はあらゆる物を破滅させる呪いのスキルを手に入れただろう? だからこそ、我々は君を警戒していた。呪いに縋って生きるような愚か者だったら、どうしようかと思っていたよ」

「……もし俺が愚かなら、顔を見せなかったと?」

「そうそう。呪いを名乗るくせに、遠巻きに呪殺するような超常現象は起こせないんだろう? だからこそ、ここに姿を現した我々がどれほど君たちを買っているのかも、察してくれたまえよ」


 呪いの詳細をいつ知ったのだろう。そして、いつから警戒していたのだろう。俺には教えてくれないのだな。


 俺は警戒心を解くことなく、得体の知れない存在感を放つ知多箱に、少しだけ揺さぶりをかけてみる。


「俺の方針は、クラスメイトを……」

「君の内心や思考回路は、いまいち。察することしかできないね。だけれども、このスキルはデメリットが重い分、優秀だ。君が今までにやってきた所業は、それなりにわかる」


 知多箱は裸足の裏を向けて俺を指差す。


「君は多くを殺めてきた。とりわけ、クラスメイトを何人も。まるで狙ったかのように」


 指摘されると、頭蓋の芯が痛む。

 俺は掲げた信念に反することをし過ぎている。


「……殺すしかないと判断した相手だけだ」


 真っ先に口から出たものが自己弁護というのも、腹立たしい。掲げた方針をもとに大勢を率いてしまったがために、簡単に過去を否定することができなくなってしまったようだ。

 リーダーに相応しくないと言い続けながら、結局その地位を受け入れて、あまつさえ座った席を守ろうとしている。俺は浅ましい人間だ。


 そんな内心を気の毒に思ったのか、知多箱は気まずそうに足を下ろす。


「その時は、そう思った。でしょう? わかるよ。こっちはこっちで、そういう判断を山ほどしてきたから、否定したくないね。助けたい人間の数が違うだけだよ」


 知多箱は天使寄の方を向き、苦笑いを浮かべる。

 黒い瞳の奥に、天使寄に殺しを押し付けてきた罪悪感のようなものが、僅かに見受けられる。

 当の天使寄は、まるで気にしていない様子でお茶のおかわりを注文しているが。


「(数が違うだけ、か)」


 すっぱりと簡単に割り切れたら、もっと楽に生きられただろうに。


 知多箱はだらしなく脇腹を掻きながら、クッションを複数使って横になる。涅槃の姿勢だ。


「『知識の海』が、君の生きざまを伝えてくれているよ。君自身より、よほど雄弁にね」

「知識の……。それがお前のスキルか?」

「少し違う。アクセス権を得ただけだ。まあ、細かい仕様はトップシークレットにしておこう。どうせ伝えても通じないだろうし」


 知多箱は寝転んだまま菓子に手を伸ばす。

 相変わらず短い腕だ。成長期は高校時代より前に止まっていたらしい。


「君は殺しの判断をしてきた。でも、今は違う。なるべく殺さないように立ち回るつもりでいる。素駆交矢を捕らえ、天使寄雪刃に対しても説得を試みた姿勢からも、この方針は明らかだ」

「お前の視点では、そう見えるのか」


 俺は単に、お人よしなだけだ。

 人を殺しながらも、殺しに嫌悪感を抱き続けていた。慣れたくないと思っていた。修羅に堕ちたくないと思っていた。

 そんなワガママを押し通すほどの強さを、ようやく手に入れたというだけだ。


「君は殺しなんかしたくなかった。それでも覚悟を決めて、殺してきた」

「……ああ」

「覚悟を決めることに疲れて、うんざりして、二度と殺し合いの場に立ちたくないと望んでいる」

「……ああ、その通りだ」

「やっぱり同じだ。こっちと同じ方針だ」


 知多箱は意地悪そうな顔に親しみを浮かべ、微笑む。


 疲れているのか。知多箱も。だから、王国と休戦することにしたのか。

 方針の転換があったなら、一貫性のない動きにも納得がいくというものだ。


 知多箱は天使寄の腿を足の指で擦る。


「人斬りを終いにして、ようやく安泰になれる。被害者には気の毒だけど、まあそのうち因果が巡ってくるまで、どっしり構えることにしようか」

「因果……。仇討ちのことか?」

「そう。ステータスでも誤魔化しきれないヨボヨボのババアになった時……あるいは、油断した明日にでも……ユキちゃんに殺された人の遺族が、殺しに来るだろうね。ツケを払うかどうかは、その時考えさせてもらうよ」


 天使寄がいる限り、払う機会はないだろうに。

 現に天使寄は、青い瞳を知多箱の足に向けて、いつも以上の仏頂面をしている。


「ちーちゃんは死なない」

「……はいはい。ユキちゃんのためなら、悪党のままでいますよ」


 ……本当に、自分勝手な連中だ。


 〜〜〜〜〜


 知多箱の宣言通り、2人は世間話と思い出話だけを繰り広げ、席を立つ。


「急にお邪魔して悪かったね」

「大丈夫。楽しかった。また会いに来てね」


 気さくな様子で語り合う、知多箱と矢羽。

 先ほどまでの妙な威圧感は、何処かに消えている。


 ……きっと、俺たちが身構えていただけなのだろう。


「(会いたかっただけみたいだな……)」


 ずっと2人きりで暮らしていたなら、そういうこともあるだろう。


 俺たちが見送る準備をしていると、不意に天使寄が剣の鍔に手をかける。


「ちょっといい?」


 視線の先には、矢羽の首。素駆に深く切り込まれ、今も治療中だ。巫女名の魔力球を使ったので、大事には至らないと思いたい。


 天使寄はここに来た時からずっと、凝視していたが……。


「ちーちゃんなら、わかるよね?」

「え? 巫女名澄子のスキルの情報が邪魔で、よく見えないなあ……」


 知多箱は天使寄に抱えられながら、目を凝らして矢羽の傷を診察する。

 知識の何たらも、万能ではないのだろう。


 矢羽は冷や汗を流しながらも、2人を信頼して、最大の弱点を晒している。俺が間に入るべきではないな。


「あー……。確かに、これはまずい。変なくっつき方をしている。このままだと神経がダメになってしまうね。最悪死ぬよ」

「そうなの? 痛みはないんだけど……」

「スキルは万能じゃないからね。おかしな挙動をすることもある」


 そうなのか。もっと早く言ってくれれば……。

 医者に見せるべきだろうか。それとも、すぐに帰って巫女名を頼るべきか。


 俺たちが顔を見合わせて困惑していると、天使寄が知多箱を地面に降ろし、左手で鞘を押さえ、抜刀の姿勢を取る。


「これで解決」

「えっ。まさか、あれをやるのかい?」


 さっきまでの余裕が嘘のように取り乱す知多箱。

 俺たちと天使寄の間に立ち、脂汗を垂れ流し、腹と背を交互に向けてくる。


「あ、えーと、説明しないと……。よくあるでしょ? 剣で斬った物が、元通りにくっつくやつ。斬られたことに気づいてない系のあれ。あれをやるんだよ。傷口をぐずぐずのまま放置するくらいなら斬った方が綺麗になるっていう、活人剣の極みみたいな……」

「手術ってことか?」

「いやあ……もっと乱暴というか……。剣って基本的に人斬り包丁だし……」


 剣に手をかける天使寄。慌てふためく知多箱。

 まさかとは思うが、ここで、このまま、首を斬るつもりなのか?


「斬首か?」

「うん」

「正気じゃない」

「うん。だから、やめてほしい」


 理屈はわかった。汚い切り口を綺麗な切り口で上書きし、矢羽を治療しようとしているのだ。


 問題は、その理屈を信じられないこと。現実離れしすぎている。


「いくらなんでも……」


 俺が強い言葉で断ろうとすると、矢羽が俺の肩を優しく掴む。


「話の流れ的に、あたしを助けたいんだよね?」


 矢羽はもう平常心を取り戻している。……切り替えが早いな。


 当たり前のように笑顔を向ける矢羽に、知多箱さえも息を呑み、声を上擦らせる。


「あー、えーと、その通りで、殺そうってわけじゃなくて、ユキちゃんなりの善意というか、なんというか。だから、どうか怒らないであげてほしいんだけど……」

「じゃあ、やってほしいな」


 信じられない。首が落ちても構わないと言うのか?


「死ぬぞ」

「死なないよ。信じてあげて」


 矢羽はもはや、疑っていない。天使寄なら確実にやり遂げてくれると信じ切っている。


 俺の視点では、本当に首がまずい状態なのかも定かではない。言い出しっぺはこいつらだ。矢羽を殺すための一計かもしれない。素駆のように恨みを抱いている可能性は考えられる。

 リスクを考えるなら、疑うべきだ。しかし、矢羽はそうするべきではないと言っている。


「信じる……?」

「うん。雪刃ちゃんと、誠ちゃんと、りっくん自身を」


 俺自身。つまり、俺の判断を、ということか。


 俺はもう一度、2人の顔色を窺う。

 知多箱は焦っている。最初の威圧感などどこにもない。スキルに頼れない場面では、普通の少女と変わらないようだ。

 天使寄は真面目な顔で構えている。さっきまでの敵意は感じられない。目の前の仕事を淡々とこなす、職人の顔だ。


 矢羽を殺すつもりはない。俺の目は、そう言っている。

 ならば……。


「わかった。信じよう」

「うん。じっとしてて」


 俺が頷くと、言葉足らずの天使寄が、剣を抜き放つ。


 聞こえたのは、キンという金属音。

 見えたのは、青白い剣の残光。


 知多箱も、俺も、矢羽の首も、剣の通り道にいて……。


「終わり」


 再び、軽い金属音。

 抜き身の剣が、元の鞘に戻ったのだ。


 尋常ではなく速い居合。おそらく、音速以上。納刀さえも無駄がなく、美しい。そんな感想が頭の片隅に浮かぶほど、常軌を逸した技であった。


「……斬られた感じ、しなかった」


 矢羽は首筋を撫でている。

 喋ることができている。血が噴き出る様子もない。何も起きなかったかのように、平穏無事だ。


「明日には治る」


 天使寄は平然と言ってのける。大仕事をやり遂げたという達成感すらなさそうだ。


 人の首を斬るのは、言語道断。当たり前の道理だ。

 しかし天使寄は、道理を自らの剣で切り開いてしまう。神業……いや、()さえ想定していないだろう特異点じみた技術。


 天使寄の腕前を知っている知多箱でさえ、呆然と立ち尽くしている。


「え? 今、オレごと斬った?」

「うん。無事だから、平気」

「は、はは……。また腕を上げたね」


 いつもの気取った態度が、完全に崩れている。知多箱も案外、わかりやすい奴だな……。


 〜〜〜〜〜


 宿の外。

 暗くなってきた夜の道に、闖入者2人はいる。

 俺と矢羽は見送りだ。


「積田立志郎よ」


 知多箱は下着姿の上から外套を羽織り、露出狂のような立ち姿で別れの挨拶をする。


「以前、学校で話したことを覚えているか?」

「どれのことだ?」


 俺と知多箱は、毎日のように取り止めのない話をしてきた。内容の全てを覚えているわけではない。


 知多箱は天使寄に体重を預けながら、くすくすと微笑む。


「もっと会話をした方がいい、という話だ」

「そういえば、そんなことを言われたかもしれない」


 細かい内容までは覚えていないが、そんなことを指摘された気がする。確か、ナンプレをしていた時だったか。


「君はあの頃より、視座が広くなっている。人と会話をして、仲間に引き込むことができるようになった。このオレが保証しよう」

「北の引きこもりに保証されてもな」

「違いない」


 会話をして、敵ではないことを見抜いた。信じることができた。日本にいた頃の俺では、できなかっただろう。


「ユキちゃんも見習えよ?」

「剣で話すほうが楽」

「……君たちは、こうならないようにね」


 そして、国をも揺るがす問題児たちは、少し冷える街の中を去っていく。


 ……思い返せば、充実した良い時間だった。

 2人と戦いになる可能性が消えた。首の傷も治してもらった。思い出話もできた。


「こうやっていこう」


 他のクラスメイトと出会う時が来たら、そのときも話し合っていこう。

 俺は矢羽の手が冷えないように握りながら、心にそう誓った。

天使寄雪刃と知多箱誠。日本にいた頃の積田立志郎と僅かに交流がありました。

今は2人とも、人殺しの大悪党です。


挿絵(By みてみん)


無口な天使寄と、饒舌な知多箱。武力の天使寄と、頭脳の知多箱。過激な天使寄と、温和な知多箱。対照的ですが、不思議とウマが合うようです。


幼女神は2人に既視感を覚えたようですが、きっと他人の空似でしょう。

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