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終着心

 裏儀式との決着は、あっさりとしたものだった。


 素駆を捕縛して王都に戻ると、残党たちは統率を失った。

 この期に及んで逃走する者は少なかったものの、特有の自爆攻撃が効果を上げにくくなったのだ。

 人命を使い潰す諸刃の剣は、優れた先導者がいるからこそ脅威だった。無秩序な自爆は、単なる自壊でしかない。


 裏儀式の者たちは、その命に配慮されることもなく、皆ことごとく散っていった。女王蟻を失った蟻でさえ、これほどにはならないだろうという惨状であった。


 ——そして、一週間後。

 王都にて、俺たちは復興作業に勤しんでいる。


 神の加護に由来する無限の魔力。換えの利かない数々のスキル。それらを有効に活用し、何かの間違いかと目を疑うほどのスピードで、王都はあるべき姿を取り戻していく。


 まあ、俺たちは言われた通りに魔力を注ぐだけで、元がどんな街だったのか知らないわけだが……。


「おい、積田」


 スキルの都合上最も忙しい立場にある飯田が、キャベリーと手を繋いだまま、俺に声をかける。


「面会、通ったってよ。奥さん連れて行ってこい」

「そうか。ありがとう」


 獄中にいる素駆交矢。彼とはまだ、話をする必要がある。


 事件の解決だけを考えるなら、とっくに全ては片付いている。国に散らばっている裏儀式は、残党のそのまた残党。もはや騎士団たちだけで対処できる程度だろう。


 だが、俺にとっては……それだけで済ませていい問題ではない。

 聞かなければ。彼の言葉を。


「積田立志郎。少し、話を」


 夫である飯田を先に行かせて、キャベリーが残る。

 珍しい。魔法学校にいた頃はよく話をしていたが、すっかりご無沙汰だ。


「何か用か?」

「用、というわけでもありませんけれど……」


 彼女はほんの一瞬だけ、まるで弔問にでも来たかのような辛気臭い顔になる。


「このたびは残念なことになりましたわね」


 残念。

 きっと、素駆のことだろうが……まさかそんなことを言われるとは。

 彼はこの国の人間にとって、恨まれこそすれ、決して死を悼まれることのない立場だと思っていたのだが。


 俺は動揺しつつ、彼女の言葉を待つ。


「この国の者は、皆……彼を悪と断ずるでしょう。しかし、我々は彼が単なる悪ではなかったことを……あるいは、まだ悪に染まりきっていなかった時期の彼を、知っています」

「……だから、どうするというんだ」

「世の流れに配慮して、大きな声では言いませんが……彼は確かに、この国の財産でした。味方だった頃の彼を悼む気持ちがあるということを、ここに表明します」


 財産。商人である彼女らしい言い回しだ。


 そうか。もし素駆が生きていてくれたらと、そう考えてくれる人が、まだ残っているのか。それも、クラスメイトではなく、この国の者に。


「俺だってそうだ」


 キャベリーの雰囲気に呑まれ、俺は思わず、内心を吐露してしまう。


「俺だって、素駆があんな馬鹿なことをしなければ一緒にいられたはずなのにと……そう思って、たまにつらくなるんだ」

「ええ。その悲しみを、大事になさってください」


 キャベリーは俺にパン屋の広告を渡しながら、軽く頭を下げる。


「皆様はもう、この国に名の知れた英雄なのです。表面上は取り繕わなくてはなりません」

「……そうだな」

「それでも、誰かに本音を吐き出したくなった時は……いつでもこちらにいらしてください」


 そう言って、キャベリーは飯田を追いかけていく。


 パン屋の広告。よく見ると、この王都に大規模な店舗を出店するようだ。

 飯田がこの国を救った英雄の一人であることをアピールし、その妻である自分の店を王都にねじ込む。ついでに俺たち神の使徒に店の宣伝をして、客引きの呼び水とする。いやはや、結構な商売上手だ。


 強引な売り込みではあるが、悪感情(のろい)は溜まらない。俺たちの心情に寄り添う意志を見せてくれたからだ。

 巧みな話術による人心掌握も含めて、キャベリーは立派な商人なのだ。


「ありがとう。おかげで、勇気が出たよ」


 素駆と向き合うために必要な覚悟と、心の整理。


 俺はこの足でまっすぐ、素駆がいる独房へ向かうことにする。


 〜〜〜〜〜


 素駆交矢は、荒れ果てた監獄の奥に収容されている。当然、王都からは離れた場所だ。

 半ば木に飲み込まれた、埃まみれの石櫃。この中で生活するだけで、寿命がみるみるうちに減っていくことだろう。きっとその時が来る前に処刑されるだろうが……。


 素駆は過剰にも思える鎖の束を揺らしながら、俺に反応する。


「積田……と、狂咲か」


 汚物を目の前に並べられたかのような表情。

 そんな視線を俺の大切な彼女に向けるんじゃない。


 俺は抗議の意を込めて太い鎖を蹴りつつ、屈んで床の上の素駆に視線を合わせる。


「何故来たのか、わかるよな?」

「どうしてこんなことをしたのか、だろ? 拷問官にも話したはずだ」

「世間話だよ」


 魔法が禁じられているので、俺は鎖を束ねて椅子らしき形を作り、座る。

 矢羽は持参した木の椅子を置いている。……用意がいいな。俺の分も欲しかった。


 長時間話すのは、この体勢だと酷だ。


「俺たちが話すのは、これで最後になる。思い出話をしよう」

「憎い仇と何を話せっていうんだ」

「俺は……お前ほどは憎んでいない。矢羽もだ。話ができるかどうかは、お前次第だよ」


 こいつの作戦で馬場が死んだことは、許せない。だが、今すぐ殺したいと思うほどではない。彼の内心を聞き出す機会と天秤にかけて、より良い未来に繋がる方を選ぶだけだ。


 同じことが起きてはならない。だからこそ、話をしなければ。


「何がお前を、憎しみに駆り立てたんだ? 俺に教えてほしい」

「……それで聞き出せると思ってるあたり、まだまだ甘ちゃんだな」


 素駆は窮屈そうに足を組む。


「お前と狂咲への罵倒しか言わないかもしれないぞ。耳を塞ぎたくなるような、悪意に塗れた、支離滅裂なことしか……」

「それでもいい。罵倒でもいいんだ」


 矢羽もそれを承知で、ここまで来たのだ。


「伝えてほしい。お前という人間を」

「…………。」


 俺の記憶には、今でも彼の姿がある。

 黄昏る彼の、丸まった背中。情報を渡しに来た彼の、くたびれた顔つき。

 バイクの乗り心地だって、まだ忘れていない。


「あのバイク、どうやって作ったんだ?」

「はっ。何を言い出すかと思えば、そんな話か」


 思わず身を乗り出しかけて、鎖の音で我に帰り、また引っ込む。


 それを見て、矢羽が笑う。


「ヘリもバイクも、数年後にはみんなの乗り物になると思うよ。あたしたちが伝えるから」

「詳しくもないくせに」

「じゃあ、教えて。せめて、趣味への熱量だけでも感じさせてよ」


 殺し文句。彼自身はともかく、彼の愛する存在の存亡がかかっているとなると、話さないわけにはいかない。


 彼は渋々といった面持ちで、しかし何処か上機嫌に、得意分野の解説を始める。


 〜〜〜〜〜


 日本での思い出話も交えて、3時間ほど話しただろうか。

 時折覗いてくる看守の方を見て、素駆はポツリと呟く。


「飛田は、死んでいい奴じゃなかった」


 彼にとっての、飛田。日本にいた頃の思い出が大半を占めるだろう、今となっては貴重な体験談。


「進路相談の時期だったかな。乗るか、設計するか、あいつはずっと迷っていた。最終的に乗る方に決めたから、スキルでもそれを望んだんだろう」


 素駆は渇いた唇を舐め、続ける。


「あいつが飛びたいのは、日本の空だった。鋼の翼を回して、街を見下ろして、山を越えて……」

「…………。」

「だからこそ、あいつは誰よりも深く、絶望しちまったんだ。文字通り、俺たちとは見えている景色が違ったんだよ」


 彼の理屈が正しいかどうかわからない。もはや確かめようがないのだ。

 だが、参考にはなる。彼の言い分もまた、俺たちの想像の及ばない景色だ。


 俺は視線を渡し、それとなく矢羽に意見を求める。


「あたしは、あの景色が……怖かった」


 矢羽は椅子の縁に手をかけ、指先で軽く握っている。

 恐怖を噛み締めている。思い出すだけで新鮮な危機感が蘇ってくるほどの、恐怖を。


「飛田くんの態度も怖かったけど……それ以上に、高いところが怖かった。高所恐怖症ってわけじゃないんだけど……知らない世界に来たばかりで、命の危機に過敏になっていたのかも」

「お前の早とちりで死んだのか?」


 結論を急ぐ素駆の視界に、俺は手をかざす。


「複合要因だ。矢羽の意思を無視した飛田にも責任はある。もちろん、そういう環境に追い込んだ神にも」

「……だけどよお」


 まだ納得がいかないようだが、気持ちの問題だろう。自分の信念に反する主張が出てきた時、理屈の前に感情で反論してしまう人は、何処にでもいる。


 俺は矢羽の手を握り、力みが抜けるまで待つ。

 細く白い手だが、断じて怠け者ではない。土も布も血も涙も、幾度となく被ってきたことを俺は知っている。傷がないのは、苦労しながら治してきただけだ。


「思い出させてしまって、ごめんよ。何があっても、俺がそばにいる」

「……あたしにはもったいないなあ」

「こちらこそ」


 矢羽はくすりと微笑み、飛田との事件について、素駆に伝える。

 以前俺が聞いた話と、何ひとつ違いがなかった。飛田を頼り、飛田が人を殺し、飛田に性的に襲われ、返り討ちにした。


 素駆は眉間に皺を寄せ、腕を縛る鎖を人差し指で叩く。


「別人じゃねえのか?」

「間違いなく、飛田くんだった」


 矢羽はあの猫魔の正体さえ見抜いたのだ。確実に飛田だったはず。


 素駆は奥歯を食いしばり、低い天井を見上げる。


「あいつはそんな奴じゃねえ」

「今の素駆も、あの頃とは別人に見える」


 人は変わる。この世界に来てから、散々思い知ったことだ。


 素駆は唸り、拳を握り締め……看守の姿を見て、項垂れる。


「聞きたくねえ」


 泣き声で、泣き言。


「信じたくねえ」


 信じなくとも、過去は変わらない。


「飛田は俺を裏切ったのか?」


 それはもはや、知りようがない。


「俺は……」


 素駆は窓のない壁を見つめて、諦めたように全身から力を抜く。


「都合のいい逃げ道を、探していたんだな……」


 過去を引きずりながら。


 ……俺に素駆の気持ちはわからない。理解できても、共感できない。

 俺は学生時代の思い出が希薄だ。仲の良い相手がいなかった。趣味も大してなかった。無論、生き甲斐も。


 だが、わからないなりに、寄り添いたいと思っている。

 俺だって、今仲の良い人が死んだら、嘆くだろう。過去を悔やみたくもなるだろう。誰かに恨みを向けることも、あるかもしれない。『呪い』を軽々しく人にぶつける極悪人になる未来も、無いとは言い切れない。


「お前にとっての飛田が、俺にとってのお前に……なる可能性も、あったんだ」


 嘘ではない。誇張でもない。俺は密偵である素駆の中に、仕事のできる大人の側面を見出していたのだから。

 手放しではないにしても、確かに尊敬できた。


 ——それから素駆は、一言も発することがなかった。

 俺にとっては不完全燃焼な話し合いだったが……彼の中で、少しは整理がついただろうか。


 〜〜〜〜〜


 次の日。


 騎士団に用意された借宿で俺たちが休んでいると、天使寄(てんしより)雪刃(ゆきは)がやってくる。


「あ、雪刃ちゃん。ひさしぶり」


 眠りが浅い様子だった矢羽は、雪刃を見て僅かに元気を取り戻す。


「出席番号18番、天使寄雪刃ちゃん、確保」

「は?」


 相変わらずの尖った態度だ。敵対心が剥き出しで、危なっかしい。


 天使寄は凍った湖のような日本刀を抜き身で見せつけつつ、俺に一言だけ告げる。


「北にいるから、邪魔しないで。それだけ」


 彼女は背を向けて、即座に帰ろうとする。


 ……天使寄雪刃。

 この国と戦争をしていたそうだが、今は停戦状態にあるらしい。経験値のほとんどを人殺しで得ているだろう、危険人物だ。


 俺は天使寄の背に声をかける。


「せっかく来たんだ。お茶でもどうだ?」

「ちーちゃんと過ごす時間を減らすつもり?」


 天使寄は刃をこちらに向ける。

 迷いのない動作。磨き上げられた刀は、僅かな制動距離でぴたりと止まり、ブレることがない。


 死線をくぐってきたからこそ、わかる。俺と矢羽の2人がかりでも負ける。

 だが、強さは強さでしかない。目の前の彼女には、話が通じる。


 ならば、話そう。後悔のないように。


「俺と矢羽()結婚したんだ」

「そう。興味ないけど」

「お互い、大切な人を守るのが最優先だろう。ここでお互いの立場や今後の予定を話しておいた方が、衝突を避けやすい」

「ふーん」


 神のお告げで仲良くしろと言われているが……それを判断するのは、俺だ。

 俺はあくまで、俺の気持ちで、天使寄と会話がしたい。

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