勝者と敗者は、同じ舞台に立っている
俺は積田立志郎。
今、素駆交矢と対峙している。
「矢羽は無事か?」
素駆の一撃を首に受けて、倒れている矢羽。
相当に傷が深いようで、蓋の空いた瓶を転がしたように血が流れ落ちている。ここが魔法の世界でなければ、数分で死んでいたところだ。
……間に合ってよかったと思うと同時に、怪我するまでに駆けつけられなかったことを悔しく思う。
「水空。矢羽を連れて外へ」
「させるかよ」
素駆が外套から長い銃を取り出し、後方に放つ。
水空は画面でそれを防ぐ。
「お前を殺すために、ここまでやったんだ。飛田を殺した代償を、その命で支払え」
素駆の手が、横倒しになったままのバイクに伸びる。
乗せてはいけない。これに乗った素駆は、まさに人機一体だ。覚えがある。
俺は迷いなく素駆に飛びかかる。
バイクを踏みつけ、両腕で彼の肩を押さえつける。
「俺のものだ」
膝で素駆の顎を打ち抜く。
「矢羽は俺のものだ!」
素駆は鼻血塗れの顔で睨み、俺の足を捕まえる。
「だったらお前も……!」
力任せに投げ飛ばされる。
浮遊感。だが、慣れっこだ。願者丸のしごきほどではない。
俺は画面を背後に出現させ、壁にして止まる。
距離を取られたくない。バイクを起き上がらせる隙を与えてはいけない。
「お前も、同罪だ!」
素駆は刀を構え、横一文字に振る。
雑な大振りに見えるが、間合いの取り方が上手い。
俺は首を下げてかわし、反撃しようとするも、銃口を突きつけられてしまう。
引き金が軋む。
銃撃。
「ぐ……!」
画面による防御も、身をよじっての回避も間に合わず、俺の腕に散弾が食い込む。
ステータスで守られた今の俺たちに、ただの銃弾は効かない。だが、水空は銃によるものと思われる手傷を負っていた。何らかの仕掛けがあるのだろう。
俺はキリキリと痛む腕の筋肉に鞭を打ち、再度素駆に飛びつく。
素駆への友情より、矢羽を傷つけた男への悪感情が上回っている。故に、呪いが急速に溜まりつつある。
「矢羽を殺させはしない」
呪いを溜めたまま、紫色の腕で殴りかかる。
「殺すのも、殺されるのも、正しくなんかない」
「だったら……」
素駆は画面で俺の腕を止める。
「これは何なんだ。この殺し合いに、正しさなんか無いって言うのか!?」
直後、俺の脇腹に鈍痛が走る。
異様に硬い物体が、勢いよくぶつかってきた。
揺らぐ視界の隅に、素駆のバイクが映る。
車輪だけが抜け落ちている。異様な姿だ。
「(バイクに乗るのを諦めたか……!)」
素駆は浮遊する車輪を操り、追撃してくる。
「あのクソ神は俺たちにゲームの力を与えた。RPG……つまり、魔物と人間の殺し合いが由来だ。根本的に、何かを殺すために生まれた力なんだ、これは」
恐るべき速度の車輪が、衛星のように素駆を守っている。
俺は今、軌道上にいる。このままではまずい。手数で押し負ける。
「意図が透けて見えるよな。あいつは俺たちに、殺しをさせる気だったんだ。裏儀式でも魔物でも、意にそぐわないものを消すために、汚れた役割を押し付けたんだ」
俺は車輪を必死に避けながら、会話を続ける。
「……ああ、そうだ。お前の言う通り、殺すための力を与えられたんだろう。俺の『呪い』は、その典型だ」
「だったらわかるだろう? 殺し合うしかないんだ。それが運命なんだ。お前ひとり正気でも、天使寄みたいなイカれた奴らが相手なら、殺すしかない」
素駆。お前は自分を正当化したいのか。お前は神に押し付けられたと主張しているが、きっと逆だ。暴れ狂うための理由を神に押し付けているだけだ。
昔はそんな考えじゃなかっただろうに。
「殺すのも殺されるのも、俺は嫌だ。俺の根っこにある日本の倫理観が、死は穢れで、遠ざけるべきものだと叫んでいる」
素駆は車輪を振り回しながら、銃弾を装填する。
俺は後方に退き、車輪の衛星から逃れ、腕に食い込んだ弾を取り除く。
「そんな考えじゃなかっただろ」
素駆は水空たちが去っていった方を確認し、少しだけ肩の力を抜く。
「ここは血生臭い世界なんだ。殺し合いのためのものだろうと、貰った力に頼らないと、生きられない。……お前も散々、殺してきただろう?」
「……それは、そうだな」
悪に堕ち、俺たちと敵対した者たち。
日々を必死に生き、俺たちに味方してくれた者たち。
誰一人として例外なく、己が得たスキルに頼って生きていた。
俺も頼った。呪いに。
「日本でさえ殺しに走る奴はいるんだ。俺たちの中から、人の道を外れるやつが現れても……普通の範疇だ」
「だから、殺すのか」
「俺もお前も、当然のようにな」
普通。当然。
確かに、理屈が通っているという意味では、その通りだろう。殺しを常識として生きている人間も、世の中にはいる。
だが、そこから脱することもできる。普通も当然も、塗り替えていくものだ。
「確かに……この世界に来たばかりの俺は、殺し合いが当たり前だった。密林に落ちて、弱肉強食の世界に置かれて、倫理観なんか考えている余裕がなかった」
「そうだろう? その後だって、一緒に人を殺したじゃないか。悪人だから仕方ないと、言い訳をして」
「ああ。きっとそれは、俺が背負うべき罪だ。だが今は違う。俺もお前も、殺しに頼らなくても生きていけるようになった」
俺は一歩、前に踏み出す。
「俺たちは強くなった。だからもう、殺さなくていいんだ。戦わなくて済むなら、それが一番だろう?」
「……今更いい人ぶりやがって。善行を積んだところで、身綺麗にはなれないぞ」
「だからこそだ。血に塗れた戦争も、泥を被る行軍も、不意に訪れるテロリズムも、もううんざりなんだ。身勝手な、汚い人間でいい。俺はもう、休みたい。愛する人を愛するだけの生活に戻りたい……」
素駆はほんの一瞬だけ、同情心のようなものを滲ませて……すぐさま、虚しげな怒りに満ち溢れる。
「愛する人がいていいなあ、お前はなあ!?」
銃撃。
車輪の間を抜い、散弾が駆けてくる。
俺は画面で防ぎつつ、腕に集めた呪いを放つ。
「遅い!」
相変わらず速度に欠ける呪いは、素駆に届かない。
普段からバイクに乗り、視界が目まぐるしく動く世界で生きている。この程度を見切れない男ではないのだろう。
「遅い、遅い、遅い!」
「くっ……」
「お前はいつだってノロマだ! クラスメイトを探したいだの、守りたいだの、落ちた町から離れもしないで、ぐずぐずと!」
素駆の車輪が放物線を描き、俺に飛んでくる。
動きは読みやすい。だが、画面でも防ぎきれない。壁を登るように画面を乗り越えて、再び衛星軌道上に戻ってしまう。
回る車輪。飛ぶ車輪。飛び回る車輪。車輪、車輪。
数秒の間に50を超える連撃が飛び交い、息をする暇もない。
「どうだ俺の生き様は! 即断即決で速いだろう!? これが生きる力だ! お前みたいな牛歩とは違う!」
速度に身を任せた生き方。前へ前へと進み続け、止まることがない。
厄介だ。尊敬さえ覚える。俺にはとても真似できない。
だが、俺には俺のやり方がある。
「俺は積み上げてきた」
呪いに染まった腕で、車輪を掴む。
高速回転する、破壊不能のスキル。それを素手で捕まえて、呪いを打ち込む。
ステータスの加護があるとしても、車輪の攻撃をまともに受けては、無事で済むはずもなく。皮膚がめくれ、骨が折れ、肉が解け、弾け飛ぶ。
だが、車輪もまた呪いに侵され、泥のように溶けて消える。
「この世界からの信頼を。土着の知識を。俺は積み上げて、自分のものにしてきた」
右腕の肘から先が、筆先のようにズタズタだ。
痛い。転げ回りたくなるほどに。
だが、素駆を否定したいという負の感情が、俺の中で燃えている。闘志となって、俺をこの場に立たせている。
こいつには、言いたいことが山ほどあるんだ。
「お前は急ぎすぎた。前へ前へと進みすぎて、背負ったものを振り落としてきた。だからこそ、こうして裏儀式の面々を使い捨てて、この場に一人で立っている。大事な場面で、誰一人頼れないでいる」
残った左腕に、呪いを溜める。
四肢の大半を失った末田の痛みは、こんなものではなかったはずだ。体の全てを失った馬場の痛みは、生きながらにして味わえるものではないだろう。
素駆は後退りして、バイクの車体に手を触れる。
「積田。お前、自分が正しいつもりか? 田舎町にこもって、呑気に暮らしてるくせに」
「いいや。正しくなんかない。俺はお前が羨ましいよ。お前ほどの行動力があれば、どんなによかっただろう。俺は考え込む癖があるから、どうしても動き出しが遅くなってしまう」
バイクに搭載された銃が、火を噴く。
大口径。水空が喰らっていたのは、きっとこれだ。
俺は画面を盾にして防ぎながら、少しずつ距離を詰めていく。
一歩ずつ、慎重に。たとえ時間がかかっても。
「救えない命が沢山あった。俺がお前だったら、救えたはずの命だ」
「そうだ、積田。お前は無能な怠け者だ」
「せめて、無責任ではありたくないと思う」
「……あ?」
素駆の肩が震える。
「それ、俺を見て言ってんのか?」
「ああ」
「俺が無責任だと?」
「ああ」
素駆は有能で、勤勉だ。それは俺にない美点だ。
いや、美点だった。昔の話だ。
「オメルタが死んだ時、お前は確かに責任を負った。恥を偲んで、彼の両親に殴られてきた。なのに、どうしてそうなってしまったんだ」
「…………。」
「きっと、逃げ道を探してしまったんだと思う。辛い現実から目を背けるための逃げ道。俺たちへの復讐は、それが由来だ。復讐という逃げ道がないと、正気を保てなかった。違うか?」
「…………さあ。…………もしかすると、そうかもな」
素駆はバイクを持ち上げる。
車体はスキルによる産物ではない。単なる魔道具だ。
「部下が死んで、左遷されて、お前には恋愛で先を越されて。正直、頭に来てた。あの時の俺は、どうかしてた」
ようやく素駆は、立ち止まって後ろを向いたようだ。
己の通ってきた道を振り返り、反省している。
「そんな時に、飛田の死を聞かされて……つい、ヤケになっちまった」
「ヤケで国を巻き込んで、大勢を殺して……。ピンとこないな」
「お前だって、狂咲が死んだらそうなる。俺にはわかるぞ。手に取るようにわかる」
そうだろうか。
……そうかもしれないな。
現に、俺は彼女を傷つけられて、理性を失いかけた。俺の正気は、俺の身近にいる者たちが、担保している。
「(素駆と俺は、どこか似ている)」
俺は左手の中に握りしめた呪いが薄れていくのを感じつつ、それでも尚、握り拳を作る。
「これは馬場の分だ」
懐から取り出した魔道具を投げる。土魔法がこもった石ころだ。
素駆はバイクの車体を持ち上げて防ぐ。
魔法を帯びた金属がひしゃげ、バラバラに散っていく。
馬場は死んだ。もう、趣味に徹することさえできないんだ。バイクくらい、なんだというんだ。
「これは末田の分」
俺はバイクの部品をかき分けて、願者流の技をかける。
相手の肉の付き方や動きの癖を見分け、最小限の労力で腕の関節を外す技。俺もかけられたことがある。
素駆の右肘がガコッと鈍い音を立て、青痣を浮かべる。
末田は腕を失った。これくらい我慢しろ。
「これはオリバーの分」
俺は素駆の顔面を殴打する。
頭蓋骨と、俺の指が折れる音。
オリバーの顔は、もっとへこんでいた。この程度では足りないかもしれないな。
「これは矢羽の分」
まだ抵抗を続けようと、もがく素駆。
そんな彼の足を払い、無詠唱の火魔法で顔面を狙う。
矢羽は首を裂かれ、殺されかけた。お前も……。
「効いてるか? ちゃんと、届いてるよな?」
「負げてねえ! 負けたぐねえ……!」
素駆は戦意を削がれているようだ。バイクさえ失い、逃げ場もなく、錯乱している。
……彼に引導を渡そう。
「これは、俺の分だ」
俺は呪いを放とうとして……思いとどまる。
ヒューマスキンで騎士団と合流した時、仕入れたものがある。
魔道具の枷だ。
「(願者丸が捕まった時の、あれだ。こいつにも効くだろう)」
嵌められた人間の魔力を吸収し、硬くなる。故に、神の使徒だろうと誰だろうと拘束できる。
俺は少しだけ——いや、戦場では長すぎるほど悩み、それを使うことに決める。
慈悲のつもりではない。裏儀式への勝利宣言をして、この国から追い出すためだ。
そのためには、素駆を殉教者ではなく、明確な敗者にしなくては。
「終わりだ」
俺は素駆に、手錠をかけた。




