零落
《素駆交矢》
何故俺は落ちぶれているんだろう。
開拓途中の野原を踏み荒らしながら、魔道具のボディが響かせる作り物のエンジン音をBGM代わりに、俺は人生を回顧する。
高校時代までは、まあまあの人生だった。
恵まれていた。思春期の俺に恵まれている自覚はなかったが、今思い返せば豊かな生活をしていた。
親も親戚もいて、友人がいて。いつも隣に誰かがいてくれた。肩を並べてくれる奴がいれば、俺はそれで満足だった。
ここに来てからしばらくは、暗中模索だった。
人生の見通しどころか、一歩先さえ覚束ない日々。
俺が世話になった裏儀式の連中が、どうやら爪弾きにされているらしいことがわかって、道を間違えたと理解した。理解したところで、他に道がなかったから、仕方なく進んだ。
裏儀式に見切りをつけて、騎士団に入ってからは……それなりに楽しかったな。
ただ広いだけの何もない荒野を、鋼の相棒と共に駆け抜ける。日本にいた頃より生活は不自由だってのに、何故だか誰よりも自由になれた気がした。
世界を歩いて、横の繋がりが増えて……。生きている実感が俺を満たしてくれていた。
「なんでだよ」
同じ相棒を吹かせ、同じ荒野を進みながらも、今の俺は敗北感に満ちている。
車輪の跡を残すごとに、楽しかった思い出が塗り替えられていく。
「なんで逃げてるんだ、俺は」
友の遺産を捨てて、隣にいたはずのクラスメイトさえ裏切って。
俺の人生は、転んだ。二輪の転倒は死に近しいものだってのに。
「……クソが」
王都から数キロ進んだ先で、祭囃子に迷い込む。
宴楽のスキルだな。おそらく、俺の味方はしてくれないだろう。
国を巡る旅にこうも都合よく巻き込まれるとは。誰かの差金だな?
さっきまで開拓地を進んでいたというのに、気がつけば開墾中の畑も、建設中の家も見えない。
視界を埋め尽くしているのは、懐かしい祭りの風景。
「宴楽め。毎日毎日、飽きもせず……」
さて、どうやって切り抜けようか。そう思って振り返ると、女が立っている。
狂咲矢羽だ。
「はっ」
飛田を殺した、張本人。積田たちを裏切った理由であり、心底憎い仇だ。
まさか向こうから飛び込んできてくれるとは。もう届かないかと諦めかけていた。悪運ばかり強いな、俺は。
「ははっ」
俺は『暴輪』のスキルを解除し、ステータスの加護を発揮して、魔道具の車体を持ち上げる。
ほとんどハリボテだが、愛着はある。色にも質感にもこだわったからな。
「追いかけてきたのか」
「そうだよ」
毅然とした態度で立つ狂咲。
大した根性だ。仇でさえなければ、惚れ惚れしていたところだ。
「お前ひとりか」
「そんなわけないでしょ」
「そうだな。祭りだからな。くだらないことを聞いた」
名誉もへったくれもない、殺し合い。それを最初に仕掛けたのは、俺の方だ。決闘なんて、出来るはずがない。
——いいぜ。やれるものならやってみろよ。
俺は向きを変えた相棒に跨り、狂咲に尋ねる。
「どうして飛田を殺した」
「向こうが襲ってきたから」
「殺さなきゃいけなかったのか?」
「あの時はそうだった」
狂咲は人差し指で唇を撫でて、また前を向く。
「今もそう」
俺を殺すという宣言だな。
まあ、そうだろうよ。
こんな力を持っちまったからには、ろくな手段じゃ止められねえ。
「飛田は変わっちまったんだろう。俺が目を離した隙に」
察してはいるんだ。全面的に飛田が悪かったと。殺されるだけの理由があったんだと。
それでも、納得がいかない。できるわけがない。
「お前も変わっちまった。人を殺せるようになっちまった」
スキルを起動する。
力強い車輪から、振動が伝わる。見せかけのエンジンが唸り、排気を始める。
「平行線だったあの頃とは違うんだ。ぶつかることもあるだろう」
学生時代の、今は遠い日々。
それさえ振り切って、俺は……。
「『突破』!」
詠唱。
矢のように飛び、俺は前輪を狂咲に叩きつける。
当然、真正面からの一撃を防げない女じゃない。異常な硬さのステータス画面が、車輪を阻む。
「(だろうな)」
正面衝突。車体が持ち上がる。
普通のバイクなら、脱輪し、フォークから順にフレームが歪んでいき、瞬きする暇もなくエンジンが爆発しているところだ。
だが、そうはならない。
「(読み通りだ)」
激突の衝撃は俺のステータス画面に抜けていき、霧散する。
破壊不能の性質を帯びた、神の掟。ただ盾にするだけでは、つまらない。
スキルで生じた魔道具や裏儀式の技術を用いれば、ある程度ダメージを肩代わりさせられる。俺なりの工夫だ。
「『走破』!」
次なる詠唱により、スキルによって生み出された車輪は、本来ならあり得ない挙動を見せ始める。
車輪の回転力だけで、車体がステータス画面を駆け上っていく。
「ひっ!?」
狂咲は画面を傘にしつつ、怯えたような声を発する。
想定外の挙動を前に、死の予感を嗅ぎ取ったのだろう。
そうだ。もっと震えろ。恐れながら死んでいけ。
それが、飛田を……俺の青春を殺した罰だ。
「死ねっ!」
後輪が画面を乗り越えた瞬間、俺は車体の上でブレイクダンスのように身を翻し、外套から抜いた刀で狂咲の首を狙う。
しかし、見覚えのある顔が割り込み、俺の剣先を弾き返す。
「水空……!」
生まれつきの化け物であり、狂咲の守護者。俺の仇討ちにおける、最大の壁。
祭りの屋台に潜んでやがったか。人間離れした奴が、ズル賢い真似をするなよ。
俺の車輪が地に着いた瞬間、水空は迷わず突撃して拳を振る。
「(おっかねえな、こいつも……)」
迷いのない追撃に、俺は天使寄の姿を幻視する。
あいつの精神性に、屈強な肉体が合わされば、怪物呼ばわりされるのも納得だな。
俺は後輪を回して車体を持ち上げ、水空の拳に前輪をぶつける。
「!」
水空は退く。
指の皮膚がめくれている。
普通の人間は指どころか拳が千切れ飛ぶはずなんだがなあ。
俺は魔道具の車体から魔法を込めた銃を展開し、発砲する。
「くっ!?」
魔法の散弾銃。
裏儀式特有の、血液や骨肉を魔力に変えるプロセスを応用し、有機物を溶解させる弾を作った。これなら水空にも効くはずだ。
俺はウィリー走法のような姿勢を取りつつ、距離をとって銃を叩き込む。
さりげなく周囲を確認してみるが、他に人はいないようだ。狂咲と水空だけ、俺に追いついてきた。きっとたまたま近くにいたのだろう。
「(殺すべきってことだな)」
俺は天の配剤という言葉を信じて、刀を構え直す。
天使寄のような神の特注品でもない、ただの強力な魔道具だが、ステータスの加護を配分することで威力を得ている。神の使徒にも通用するはずだ。
「『突破』!」
直進。ロケット推進でさえ生み出せないだろう圧倒的な速度で、ただ突っ切る。
刀身が水空の画面に当たり、折れる。流石に怪物だけあって、良い反射神経だな。
「(問題ない)」
柄から新しい刀身が伸びて、再装填される。
我ながら良いギミックだと思う。飛田がいれば、きっと褒めてくれただろうに。
俺は車体を回転させ、銃撃を挟んでから再突撃する。
「面倒くせえな!」
銃弾に溶かされながら、水空が叫ぶ。
銃、刀、銃、刀。遠距離と近距離を目まぐるしく切り替え、波状攻撃を仕掛ける。これが試行錯誤の末にたどり着いた、俺の戦法だ。
天使寄や水空のような人外と直接対峙するのは、馬鹿がやることだ。俺はこれでいい。これが俺の強さだ。
「(勝てる)」
今の俺は、圧倒的な優勢の立場。増援が来る前に、勝ち切るべきだ。
何度目かの攻防の最中、俺はステータス画面を抜き、振りかぶる。
「『土の……」
「『走破』」
車輪が回る。
大地を掴み、かき混ぜ、我が物とする。
魔法なんか使わせるかよ。
「『突破』!」
急加速。
画面の上に血肉が乗り、すぐに落ちていく。
当たった。ステータス画面が。
「は、ははは!」
俺は振り返り、遥か彼方にある結果を見る。
すれ違いざまに当てた画面が、狂咲の喉を裂いた。水空は半狂乱になり、彼女に駆け寄っている。
「キョウちゃん! 球はある!?」
「ごぼ……お……」
……なるほど。巫女名の魔力球か。治癒能力があると聞いている。
なら、確実にトドメを刺す必要がありそうだ。
俺は再度、相棒に熱を入れて……。
不意に、背中に死を感じる。
「(死だ。死が迫っている!)」
勘。騎士団として各地を旅する間に身についた、危機察知能力。
四方を魔物に囲まれたこともあった。落石に潰されそうになったことも。天使寄に切り刻まれそうになったことだってある。それらの経験が、俺を生かしてくれた。
俺はバイクを横倒しにしてまで、死に物狂いでそれを回避する。
えげつない色の魔力。積田の呪いだ。
「矢羽を殺す気か」
狂咲矢羽の恋人である、積田立志郎。かつてのクラスメイトたちを大勢束ねている、無口な頭目。
なるほど。2番目の壁だな。
そういう道を選んだとはいえ、こいつと戦うしかないのか。なかなかつらいものがあるな。
……つらいってのに、もう止まれねえや。




