表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

157/181

零落

 《素駆交矢》


 何故俺は落ちぶれているんだろう。

 開拓途中の野原を踏み荒らしながら、魔道具のボディが響かせる作り物のエンジン音をBGM代わりに、俺は人生を回顧する。


 高校時代までは、まあまあの人生だった。

 恵まれていた。思春期の俺に恵まれている自覚はなかったが、今思い返せば豊かな生活をしていた。

 親も親戚もいて、友人がいて。いつも隣に誰かがいてくれた。肩を並べてくれる奴がいれば、俺はそれで満足だった。


 ここに来てからしばらくは、暗中模索だった。

 人生の見通しどころか、一歩先さえ覚束ない日々。

 俺が世話になった裏儀式の連中が、どうやら爪弾きにされているらしいことがわかって、道を間違えたと理解した。理解したところで、他に道がなかったから、仕方なく進んだ。


 裏儀式に見切りをつけて、騎士団に入ってからは……それなりに楽しかったな。

 ただ広いだけの何もない荒野を、鋼の相棒と共に駆け抜ける。日本にいた頃より生活は不自由だってのに、何故だか誰よりも自由になれた気がした。

 世界を歩いて、横の繋がりが増えて……。生きている実感が俺を満たしてくれていた。


「なんでだよ」


 同じ相棒を吹かせ、同じ荒野を進みながらも、今の俺は敗北感に満ちている。

 車輪の跡を残すごとに、楽しかった思い出が塗り替えられていく。


「なんで逃げてるんだ、俺は」


 友の遺産を捨てて、隣にいたはずのクラスメイトさえ裏切って。

 俺の人生は、転んだ。二輪の転倒は死に近しいものだってのに。


「……クソが」


 王都から数キロ進んだ先で、祭囃子に迷い込む。

 宴楽のスキルだな。おそらく、俺の味方はしてくれないだろう。

 国を巡る旅にこうも都合よく巻き込まれるとは。誰かの差金だな?


 さっきまで開拓地を進んでいたというのに、気がつけば開墾中の畑も、建設中の家も見えない。

 視界を埋め尽くしているのは、懐かしい祭りの風景。


「宴楽め。毎日毎日、飽きもせず……」


 さて、どうやって切り抜けようか。そう思って振り返ると、女が立っている。


 狂咲矢羽だ。


「はっ」


 飛田を殺した、張本人。積田たちを裏切った理由であり、心底憎い仇だ。

 まさか向こうから飛び込んできてくれるとは。もう届かないかと諦めかけていた。悪運ばかり強いな、俺は。


「ははっ」


 俺は『暴輪』のスキルを解除し、ステータスの加護を発揮して、魔道具の車体を持ち上げる。

 ほとんどハリボテだが、愛着はある。色にも質感にもこだわったからな。


「追いかけてきたのか」

「そうだよ」


 毅然とした態度で立つ狂咲。

 大した根性だ。仇でさえなければ、惚れ惚れしていたところだ。


「お前ひとりか」

「そんなわけないでしょ」

「そうだな。祭りだからな。くだらないことを聞いた」


 名誉もへったくれもない、殺し合い。それを最初に仕掛けたのは、俺の方だ。決闘なんて、出来るはずがない。


 ——いいぜ。やれるものならやってみろよ。


 俺は向きを変えた相棒に跨り、狂咲に尋ねる。


「どうして飛田を殺した」

「向こうが襲ってきたから」

「殺さなきゃいけなかったのか?」

「あの時はそうだった」


 狂咲は人差し指で唇を撫でて、また前を向く。


「今もそう」


 俺を殺すという宣言だな。

 まあ、そうだろうよ。


 こんな力を持っちまったからには、ろくな手段じゃ止められねえ。


「飛田は変わっちまったんだろう。俺が目を離した隙に」


 察してはいるんだ。全面的に飛田が悪かったと。殺されるだけの理由があったんだと。

 それでも、納得がいかない。できるわけがない。


「お前も変わっちまった。人を殺せるようになっちまった」


 スキルを起動する。

 力強い車輪から、振動が伝わる。見せかけのエンジンが唸り、排気を始める。


「平行線だったあの頃とは違うんだ。ぶつかることもあるだろう」


 学生時代の、今は遠い日々。

 それさえ振り切って、俺は……。


「『突破』!」


 詠唱。


 矢のように飛び、俺は前輪を狂咲に叩きつける。


 当然、真正面からの一撃を防げない女じゃない。異常な硬さのステータス画面が、車輪を阻む。


「(だろうな)」


 正面衝突。車体が持ち上がる。

 普通のバイクなら、脱輪し、フォークから順にフレームが歪んでいき、瞬きする暇もなくエンジンが爆発しているところだ。


 だが、そうはならない。


「(読み通りだ)」


 激突の衝撃は俺のステータス画面に抜けていき、霧散する。

 破壊不能の性質を帯びた、神の掟。ただ盾にするだけでは、つまらない。

 スキルで生じた魔道具や裏儀式の技術を用いれば、ある程度ダメージを肩代わりさせられる。俺なりの工夫だ。


「『走破』!」


 次なる詠唱により、スキルによって生み出された車輪は、本来ならあり得ない挙動を見せ始める。

 車輪の回転力だけで、車体がステータス画面を駆け上っていく。


「ひっ!?」


 狂咲は画面を傘にしつつ、怯えたような声を発する。

 想定外の挙動を前に、死の予感を嗅ぎ取ったのだろう。


 そうだ。もっと震えろ。恐れながら死んでいけ。

 それが、飛田を……俺の青春を殺した罰だ。


「死ねっ!」


 後輪が画面を乗り越えた瞬間、俺は車体の上でブレイクダンスのように身を翻し、外套から抜いた刀で狂咲の首を狙う。


 しかし、見覚えのある顔が割り込み、俺の剣先を弾き返す。


「水空……!」


 生まれつきの化け物であり、狂咲の守護者。俺の仇討ちにおける、最大の壁。

 祭りの屋台に潜んでやがったか。人間離れした奴が、ズル賢い真似をするなよ。


 俺の車輪が地に着いた瞬間、水空は迷わず突撃して拳を振る。


「(おっかねえな、こいつも……)」


 迷いのない追撃に、俺は天使寄の姿を幻視する。

 あいつの精神性に、屈強な肉体が合わされば、怪物呼ばわりされるのも納得だな。


 俺は後輪を回して車体を持ち上げ、水空の拳に前輪をぶつける。


「!」


 水空は退く。

 指の皮膚がめくれている。

 普通の人間は指どころか拳が千切れ飛ぶはずなんだがなあ。


 俺は魔道具の車体から魔法を込めた銃を展開し、発砲する。


「くっ!?」


 魔法の散弾銃。

 裏儀式特有の、血液や骨肉を魔力に変えるプロセスを応用し、有機物を溶解させる弾を作った。これなら水空にも効くはずだ。


 俺はウィリー走法のような姿勢を取りつつ、距離をとって銃を叩き込む。


 さりげなく周囲を確認してみるが、他に人はいないようだ。狂咲と水空だけ、俺に追いついてきた。きっとたまたま近くにいたのだろう。


「(殺すべきってことだな)」


 俺は天の配剤という言葉を信じて、刀を構え直す。

 天使寄のような神の特注品でもない、ただの強力な魔道具だが、ステータスの加護を配分することで威力を得ている。神の使徒にも通用するはずだ。


「『突破』!」


 直進。ロケット推進でさえ生み出せないだろう圧倒的な速度で、ただ突っ切る。


 刀身が水空の画面に当たり、折れる。流石に怪物だけあって、良い反射神経だな。


「(問題ない)」


 柄から新しい刀身が伸びて、再装填される。

 我ながら良いギミックだと思う。飛田がいれば、きっと褒めてくれただろうに。


 俺は車体を回転させ、銃撃を挟んでから再突撃する。


「面倒くせえな!」


 銃弾に溶かされながら、水空が叫ぶ。


 銃、刀、銃、刀。遠距離と近距離を目まぐるしく切り替え、波状攻撃を仕掛ける。これが試行錯誤の末にたどり着いた、俺の戦法だ。

 天使寄や水空のような人外と直接対峙するのは、馬鹿がやることだ。俺はこれでいい。これが俺の強さだ。


「(勝てる)」


 今の俺は、圧倒的な優勢の立場。増援が来る前に、勝ち切るべきだ。


 何度目かの攻防の最中、俺はステータス画面を抜き、振りかぶる。


「『土の……」

「『走破』」


 車輪が回る。

 大地を掴み、かき混ぜ、我が物とする。

 魔法なんか使わせるかよ。


「『突破』!」


 急加速。

 画面の上に血肉が乗り、すぐに落ちていく。


 当たった。ステータス画面が。


「は、ははは!」


 俺は振り返り、遥か彼方にある結果を見る。

 すれ違いざまに当てた画面が、狂咲の喉を裂いた。水空は半狂乱になり、彼女に駆け寄っている。


「キョウちゃん! 球はある!?」

「ごぼ……お……」


 ……なるほど。巫女名の魔力球か。治癒能力があると聞いている。

 なら、確実にトドメを刺す必要がありそうだ。


 俺は再度、相棒に熱を入れて……。


 不意に、背中に死を感じる。


「(死だ。死が迫っている!)」


 勘。騎士団として各地を旅する間に身についた、危機察知能力。

 四方を魔物に囲まれたこともあった。落石に潰されそうになったことも。天使寄に切り刻まれそうになったことだってある。それらの経験が、俺を生かしてくれた。


 俺はバイクを横倒しにしてまで、死に物狂いでそれを回避する。

 えげつない色の魔力。積田の呪いだ。


「矢羽を殺す気か」


 狂咲矢羽の恋人である、積田立志郎。かつてのクラスメイトたちを大勢束ねている、無口な頭目。


 なるほど。2番目の壁だな。

 そういう道を選んだとはいえ、こいつと戦うしかないのか。なかなかつらいものがあるな。


 ……つらいってのに、もう止まれねえや。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ