聚落
素駆のヘリはふらついているものの、落ちる様子を見せない。
工藤の剣によってコクピット付近を切り裂かれたはずだが、黒い魔力の塊でバランスを取り、どうにか体勢を立て直している。
「(もはや別物だな……)」
俺たちが乗っていた頃のヘリは、魔道具でありつつも機械的だった。魔力という不可思議を動力としてはいるものの、組み上げられた鋼の機構への信頼と愛があった。
今の黒い魔力に覆われたヘリは、裏儀式の呪物。断じて人に寄り添う乗り物などではない。
「願者丸。工藤。どうしてほしい?」
俺は落ちていった2人と盗聴石を繋げ、連絡を取る。
「援護しようか」
「お願いします」
カッとなっているが、それでも理性を失わない工藤。
殺す気で放った一撃を回避されたため、少し頭が冷えたのか。
「あれは『英雄人形』になった私でも、簡単には倒せそうにありません」
「冷静で助かる」
「積田くんの呪いを当てれば、奴は装甲の一部を犠牲にせざるを得なくなります」
「なるほど。剥がせばいいんだな」
俺は願者丸の方に声をかける。
「願者丸。工藤に呪いが当たらないよう、オペレートを頼む」
「了解。戦況は把握している。分身で手一杯だから、そっちで水空に声をかけてほしい」
俺は彼女の忠言通り、水空に回線を繋ぐ。
彼女も空間把握のスキルを持っている。この戦場を誰より細かく把握できていることだろう。
「水空」
「願者丸くんがいない、城の辺りを見張っとく。ちょっと忙しいから、ヘリ落としは頼むわ」
彼女をして忙しいと言わしめる用事とは、なんだろうか。強敵か、それとも人命救助か。
いずれにせよ、彼女の判断を信じよう。何かあれば、連絡してくるはず。
「頼んだぞ」
「はいよ。……うわ。斬りかかってくるなよー。ほんと短気だなあ……」
水空は何者かに襲われているらしい音声を残し、通話を切ってしまう。
——他の面々にも連絡をしてみたが、裏儀式に足止めを食らっており、参加できそうにないらしい。守りながら戦う必要がある俺たちは、攻める側よりどうしても牛歩になる。当たり前だ。
唯一、動けそうなのは……。
「(人手が足りていて、民を守る義務も持ち合わせてない、あの男か)」
俺は胸元にいる双子を服の上から押さえ、告げる。
「出るな」
「でも……」
「お前たちはカミだが、人間の子供でもある。今は親として守らせてくれ」
「……わかった」
俺たちは限られたメンバーで、素駆の攻略を開始する。
〜〜〜〜〜
ヘリはふらふらと揺れながらも、クラゲのように宙を漂っている。
有機的で滑らかで、そして不気味な挙動だ。
「(あれはもはや、飛田が追い求めていた代物ではあるまい)」
俺は飛田を知らない。だが、機械オタクが求めるものは、あれではないはずだ。
負けを認めたくないがあまりに、友の遺物さえ弄ぶのか。
「(素駆……。お前は今……)」
胸の内側に何かが詰まる。
だが、物言わぬ願者丸の分身が横をすり抜け、背中を無理に押していく。
「……そうだな」
俺は空に向けて、呪いを構える。
右腕に溜まった魔力は、やはり黒々とした紫色。放ってみると相変わらず遅い。
だが、俺の不出来は周りがフォローしてくれる。
「分身だっ!」
願者丸の叫びと共に、分身たちが一斉に魔法を放つ。
数の暴力。裏儀式は数的有利を食い潰して覆す力を持っているが、願者丸の分身には効果が薄そうだ。
黒い触腕が魔法を叩き落とし、呪いへの対処が一手遅れる。
少ない触腕では、呪いを止めきれない。焦げ落ちて、ヘリから離れていく。
「『積田……!』」
ヘリから轟く、不快そうな声。
装甲から伸びる腕の数が増え、呪いを受け止めて、先端部で握る。
「『んなもん、こうして、こうだ!』」
先端のごく僅かな部位に呪いを押し付け、切り離す。
俺のスキルを以前から知っているだけのことはあり、素早く的確な対処だ。
「(この期に及んで、まだ悪感情の出が悪い。昔の素駆を忘れられないからか?)」
呪いを振り絞り、もう1発。
今度は工藤の剣が光を放ち、援護してくれる。
「そんな細腕で、我が英雄の覇道を……止められると思わないことです!」
演劇部の活動で鍛えられた、よく通る発声。
生まれつきの、異様に目立つ上背。
淡白ながらも、根の真面目さが浮き出た顔つき。
全てが噛み合い、工藤は清廉な英雄としてそこに立っている。
なんとも頼もしい姿になったものだ。
巨大な剣は彗星の如く光の尾を残しながら、再び素駆のヘリへと飛びかかる。
「これが、信仰の一撃です!」
この首都にいる騎士団たちの声援が増すごとに、光の剣もより一層の迫力を帯びていく。
集めた信仰心を束ねて、工藤は巨大なビームサーベルを生み出し、天に突き出す。
「『英雄人形:勝利の雄叫び』!」
光の柱。
もはや剣撃でさえないそれは、肉体を持つ身では絶対に避けられない速度で飛び、ヘリのど真ん中を撃ち抜く。
「『委員長……! くさい芝居しやがって!』」
黒い流動体は肌を掻きむしるような動きで内側に潜り込み、腹に空いた穴を塞ぐ。
だが、唐突に膂力が失われ、一部がたらりと零れ落ちる。
「『やりやがったな……。やりやがったな、畜生!』」
活動限界を迎えたらしい。これ以上の修復は不可能だろう。
使われている技術が違うとしても、あれは魔道具。専門家の端くれである俺には、わかる。
「とどめだ」
醜い腫瘍のような、黒々とした触腕の遺体。その中腹に、呪いが着弾する。
機能不全になった黒い魔力を伝い、ヘリまで死の呪いが侵食していく。もはや切り離すこともできないようだ。
「あっ」
不意を突かれたような、願者丸の声。
理由は俺の目にも明らかだ。
落ち始めたヘリから、素駆が脱出したのだ。
「逃げすな!」
俺は奴の姿を見失いながらも、落下予測視点に向けて駆ける。
「願者丸。誰が近い?」
「狂咲だ」
矢羽か。
……嫌な予感がする。




