表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

155/181

高く飛ぶ

 積田立志郎。かつて日本の高校生だった、異界の魔法使い。

 今は国中で起きている反乱を静めるべく、王都にいるはずの素駆を探している。


「何処だ……素駆……」


 状況は想像より酷くない。人が生き残っているからだ。


 裏儀式は命を奪って力に変える技術。王都の城下にいる大勢の人々を殺して、血肉を得て、更に人を殺す。

 都に攻め込んだ裏儀式は、どういうわけかその強みを活かしきれず、攻めあぐねている。統制に欠いているわけでもなさそうだが……。


 あるいは、王都の守りが俺たちの想像以上に優れているのか。

 民が強いのか、騎士団が強いのか。


「あれは……」


 水空から通信が届く。

 スキルで何かを捉えたようだ。


「何かあったか?」

「ヘリだ……」


 ヘリ。素駆が盗み出した、神の遺物。スキルによって生み出されたため、一般人の魔力量ではろくに動かせない。

 そして、何より……素駆はあれに強く執着している。飛田という親友の形見だからだ。


 間違いなく、素駆自身が乗っている。鈴木パイルソンのように、素駆に味方している他のクラスメイトがいたとしても、あいつは乗せないはずだ。


「何処だ。こちらからは見えない」

「今、飛ぼうとしてる。王都の外にある……あそこ」


 水空の声を聞く前に、俺はそれを見つける。

 血のような色に燃える、赤い空。その中に飛ぶ、黒々とした塊。


 以前のような木製のヘリではない。装甲で覆われている。


「あれ、ロボの外殻と同じだよね?」


 矢羽の見立ては、おそらく正しい。


 ペール国との戦争で遭遇した、巨大ロボ。あれは要塞が変形したものだったが、技術そのものはヘリにも応用できるだろう。


 頑丈な外装を持ち、普段は鉄壁の盾として働く。魔力を流すことで流体となり、自在に変形するようになる。一部を切り離して槍に変えたり、俺の呪いを受けた部分を切り離したり……。


 あのヘリも、きっと同じことをしてくる。


「『聞こえてるか、王都の愚民ども!』」


 拡声器を通したような、耳障りで音質の悪い声。

 きっと、ヘリからだ。


「素駆……」


 周囲の安全を確保しつつ、俺は見上げる。

 パラパラと独特な飛行音を撒き散らしながら、ヘリは異物……そして遺物として、異世界の空を飛ぶ。


「『見えるか、お前ら。見たな? しっかり両目で見たな? ……よし。絶望させてやるよ』」


 周囲の注目を集めながら、ヘリは黒い装甲を変形させて、内部から取り出した何かをぶら下げる。


「!!」


 傾いてきた日に照らされた、人の姿。煌びやかな服をまとった、金髪の女。

 遠目でもわかる。見間違うはずがない。

 第三王女、リージュ・ヴェルメルだ。


「『見ろ! こいつはこの国の王族だ! この国を落とした証明として、公開処刑を行う!』」


 公開処刑。第三王女を。

 ということは、裏儀式の集団は既に城の内部まで攻め込んでいるのか。王族がついに捕まって、見せしめにこうして……。


 だとしたら、何故王や王子ではなく、彼女を?

 そうか。他の王族に逃げられたのか。きっとそうだ。そう信じよう。


「『今も無様に抵抗している騎士団ども。まだ負けてないつもりなら……かかってこい。王族ひとりくらい、助け出してみせろよ』」


 なるほど。第三王女を目の前で殺すことで、騎士団たちの指揮を落とし、膠着状態にある戦況を裏儀式側に優位にしたいのか。


 素駆は苛立ったような声だが、それにしては冷静かつ非道な手段を選ぶではないか。あいつらしいな。


「素駆くん、あんなことする人じゃなかったのに」


 矢羽の狼狽えた声が聞こえてくる。

 裏切ったという事実を伝えられて、ここまで来た。しかし、実際に彼を目にするまで、信じきれていなかったのだろう。


 気持ちはわかる。俺だって、目を背けたい。


 しかしながら、第三王女であるリージュ・ヴェルメルは眉ひとつ動かさない。人形のような顔で眼下の街を見下ろしている。

 俺たちよりずっと冷静だ。当事者そのものだというのに。


「『あー、人形か何かだと思ってる奴らがいるみたいだな。こいつら、マジで作りもんみたいな顔してやがるからな。勘違いしても無理はねえ。……よし。声も聞かせてやるか』」


 素駆はヘリの表面を伝う黒い塊を動かし、盗聴石に似た何かを押し付ける。


「『死神に首根っこ掴まれた気分はどうだ? 感想を言ってみろ』」

「『たかが第三王女を捕らえたくらいで、いい気になるなんて。おめでたい頭をしていますね』」


 民の前だから気丈に振る舞っている……わけではないだろう。恐怖を怒りが上回っているだけで、どちらにせよ冷静ではなさそうだ。


「『これは公然の事実ですが、我が王家には沢山の分家が存在します。他所への嫁入り……犯罪による追放……。色々と理由はありますが、王都のみなさんはご存知でしょう?』」

「『何の話だ? 死ぬ前に国のカサブタでもめくろうってか』」

「『わたくしが死んだくらいで、ヴェルメル王家は滅びませんよ。直系もまだまだ生き残っていますし、分家から呼び戻すこともできます。なりふり構わず人を集めて、財と知恵を絞って、最後までヴェルメルと共にあるでしょう』」


 リージュは頬に押し付けられた石を、不快そうに見つめる。


「『第一王子たるルール・ヴェルメルに何人の妻がいるかご存知ですか? 5人ですよ5人。まあ1人は公にされてませんけどね。あなたも把握していなかったでしょう?』」

「『あいつ……だらしねえな』」

「『これも責務なのです。ヴェルメルという国を残すための策略の一つ。……現に、あなたはそれに踊らされている。この期に及んで勝ちきれず、わたくしという枝をひとつ手折ったくらいで喜んでいる』」

「『負け惜しみか?』」


 素駆の声色が強張り、黒い塊が第三王女の服を裂く。

 肌と血の色が、王女もまた一人の人間でしかないことを思い出させる。


 しかし……ただの人間があの状態に追い詰められて、ああもまともに会話できるものだろうか。肝が座りすぎている。

 王族だからこその精神性……。あるいは、異常性。


「『この国は終わりだよ。王族どもが何処に逃げようと、裏儀式は偏在している。落ち延びた先で殺されるだけだ』」

「『この地に集めたのはあなたでしょう?』」

「『は?』」

「『長年の課題でしたが、おかげさまで一網打尽にできます』」


 裏儀式は各地に散らばっていたが、素駆の号令で集合している。

 ……なるほど。考えようによっては、各地に潜伏されている方が厄介か。


「『わたくしにだって、後悔はあります。もっとこの国を見ていたかった。わたくし自身の手で伴侶を手に入れたかった。ハイバラ……』」


 灰原総兵の名を口に出しつつ、リージュは初めてヘリを見上げる。


「『まあ、よしとしましょう。わたくしも、わたくしの国も、きっと勝ちます。その確信を胸に、神の座に旅立つとします』」

「『……お前は死ぬ。負けを認めろよ』」

「『悔いはありますが、負けた気はしませんね。民は勝っていますもの』」


 王女は微笑む。死の淵にいるとは思えないほど、安堵に満ちた顔で。


「『南門の騎士団が、敵の指揮官を討ち取りました。東では避難民の一団が脱出に成功……ああ、神の使徒が今まさに、戦況を覆そうとしている』」

「『北の城は落ちた。焼け爛れた使用人たちが見えるだろう』」

「『彼らこそが、王を生かしたのです。名誉というものですよ』」


 すると、何処かで騎士団らしき者たちが唸る。

 名誉という言葉が、胸に響いたのだろうか。それとも、王の生存が公表されたからだろうか。


 そんな民草の声など耳に届いていないだろうに、王女は的確に鼓舞する。


「『我が愛する民よ! 敵を見て、折れることなく立ち向かうのです!』」


 誰かが吠える。剣の交わる音が増え、炎より熱い戦火が国民に味方し始める。


 これは素駆の失策だ。王女に発言の機会を長く与えすぎた。

 ……こんな具合でカッとなって、ヘリを盗んでしまったのか? だとすると、あいつは案外……。


「『なら折ってやるさ。徹底的にな』」


 ヘリから伸びた黒い魔力が、リージュの破れた服の内側に這い寄っていく。

 どうしても王女から泣き言を引き出したいらしい。これ以上構っても、裏儀式の指導者としての株が下がるだけだろうに。


「『見ろよ、王都の愚民ども。本当にこれが王族の姿か? 裸の王様なんて、何処の国にいるってんだ。一皮剥けば、いやらしい肉。ただの人でしかない。こんなもんに、崇めるだけの価値があるのか?』」

「『はあ……』」


 呆れた様子のリージュが、黒く粘性のある魔力に口を塞がれながら、ゆっくり目を閉じる。


「『もう話すこともありませんし、後を託して眠ることにします』」

「『は?』」


 リージュは目を閉じたまま、返事をしない。

 本当に寝たわけではないだろう。だとしても、ちょっと図太すぎる。どんな神経をしているんだ。


「てめえ……! おちょくってんのか!?」

「…………。」


 素駆の罵声にも、動じない。目を閉じて黙り込んでいると、本物の彫像のようだ。

 あるいは、偶像か。


 ヘリが大きく揺れた直後、微かな揺れと共に、地上から折り重なった光の束が立ち上がる。


「なんだ!?」


 この世ならざる輝き。神の加護を受けたスキルの産物。

 願者丸の分身が組体操を行い、巨剣を担いだ一人の女を持ち上げているのだ。


「素駆交矢。お前は……この手で……!」


 工藤だ。馬場を殺され、怒り狂っている。主犯である彼を何としてでも斬ろうと、強引な攻勢に打って出た。


 願者丸の分身たちが築いた肉の塔が蠢き、工藤の強大な踏み込みを支える。


「行くぞ!」


 進化したスキルを纏い、英雄人形と化した工藤が斬りかかる。

 これ以上ないほど目立つ神聖な魔力が、首都の上空を塗りつぶす。


「『なんだよ、クソ……。どいつもこいつも、剣ばっか振りやがって……!』」


 ヘリの黒い装甲がムカデのように身を捩り、剣を止めようと立ち向かう。

 だが、剣に灯った神の魔力が、不浄の力を打ち破る強さを秘めていることは、以前の戦いで自明だ。


 天に掲げられた巨大な剣は、海藻が如く伸びてくる黒い魔力装甲を、あっさりと虚無に帰す。


「おお、おおお……!」


 地上から歓声が上がる。

 戦いの合間だろうと、あの輝きを見過ごせないのが、人の()()

 敵である教団たちも同じだ。絶対的なリーダーである素駆が窮地に陥り、慌てふためている。


「飛行兵器が、落ちる!?」

「本国の巨大兵装さえ上回る強度を得た、あの偉大なる決戦兵器が!?」

「馬鹿な。信じないぞ。神の力は我らの手の中にあるはず……」


 魔力を産む人間を使い潰すことで得られる、圧倒的な力。その強さでもって、裏儀式は正当性を主張してきた。

 魔法出力や威勢で上回る技術を見せつけられては、その理論武装にも綻びが出る。


「私が!! 正義だ!!」


 工藤の叫びと共に、清浄な魔力を帯びた剣が振り抜かれる。


 正義。少なくとも、この場においてはそうだ。

 人を守るべく戦う騎士団たちが、無数の絶叫で町を満たし始めている。


「英雄に続けえええぇ!!」


 煙を上げるヘリ。落下しながら睨む工藤。第三王女を抱き止める、願者丸の分身たち。


 戦況は今、こちらに傾いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ