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意志の貴賤

 《素駆交矢》


 円卓が割れ、天使寄(てんしより)雪刃(ゆきは)が現れた。

 たなびく白い髪。自作らしい和服もどき。青白く輝く剣。


「クソっ!」


 俺はステータス画面で初撃を防ぎつつ、手を伸ばす。


 天使寄の背の向こうで、第一王子が会議室から去ろうとしている。哀愁らしきものを漂わせながらも、王族としての佇まいを崩すことなく。


 あいつを引き止めたい。損得抜きにして、あいつにはここにいてもらいたい。

 さっきまであいつの首を狙っていたことなんか、とっくに俺の頭から消し飛んでいる。王子流の話術のせいか、それとも相変わらず俺が甘ちゃんだからか。


「なんでこいつがここにいるんだよ!? 戦争してたんじゃなかったのかよ!? 答えろ、ルール・ヴェルメル!」


 俺の口から王子の名前を呼んだのは、初めてだ。

 きっと、最初で最後になるだろう。


 天使寄が繰り出す10発近い斬撃の向こうで、扉が閉まる。

 もう追うことはできない。目の前の狂った剣士は、俺が横切ることを許さない。


「ウザい」


 天使寄は構えを変え、姿勢を低くする。

 斬撃の数が減り、代わりに厄介さが増す。


「(下段……!)」


 腹より下を狙った、横薙ぎの連撃。ステータス画面を肩の高さに構えていた俺の死角を突こうとしている。


 ウザいのはどっちだよ。当たり前のように殺そうとしてきやがる。


 俺は脛を掠める剣先に冷や汗をかきながら、後方に飛び退く。

 天使寄はまた体を持ち上げて、上段に構える。


「ふっ」


 踏み込んで、唐竹割り。正直だからこそ、素早く、そして力強い選択だ。

 俺は迷わず画面を差し出して、防ぐ。


「(下が空いたら、どうせまた下段だろ!?)」


 天使寄の性格を読み、俺はスキルによって車輪を転がす。


 俺のスキルは『暴輪』。動力不要の車輪を生み出し、自在に操る。普段乗っている愛車も、これに依存している。フレームもマフラーもサスペンションも、何もかもが見せかけだ。


 天使寄は小さな車輪を恐れ、足を止める。


「ちっ」


 舌打ちが聞こえてくる。こいつは昔からこうだ。


 今なら話ができる。そう踏んで、俺は口を開く。


「あの王子との結託……。知多箱に頼まれたのか?」


 こいつの行動は、全てあの女が握っている。間違いない。日本にいた頃からそうだった。


 天使寄はトンボへの催眠術のように、くるくると剣先を回して威嚇しながら、円卓のカケラを蹴り飛ばす。


「そう。全部ちーちゃんのため」

「なら、俺を殺すのも?」

「そう」


 会話しながらも、天使寄の目は俺から離れない。

 今まで会った誰よりも油断がなく、鋭い。まさに狩る側の視線。


「国と組んで、特権を貰う」

「特権。何の……」


 天使寄が突撃してくる。

 機嫌を損ねたわけではない。会話の最中も、あいつはずっと、殺し合いの間合いを測っていた。

 とはいえ、第2ラウンド開始が早すぎて、呆れるしかないな。好戦的すぎる。


 俺は突きを画面で防ぎ、裏儀式で学んだ魔力制御を纏わせる。


「心変わりした理由は、その特権とやらか。どういう内容だ」

「…………。」

「聞けよ」


 画面が光り、表面に魔力の流れを浮かせる。

 天使寄は僅かに怯む様子を見せつつも、画面を避けて突きを放つ。


 顔や肩、太ももに向けて、5回。画面に起きた現象を避けて、俺本体に当てようとしている。

 下手にぶつかり合うより、安牌を選んだわけだ。


「(勘が良いな、こいつ……)」


 画面に触れてくれれば、魔力が剣を包み込み、多少は刃こぼれさせただろう。

 それを勘で見抜くあたり、天使寄は戦闘のセンスが良い。同じ日本人とは思えないくらいだ。


 才能の差か?

 あるいは、経験の差か。経験()ではなく。


「(どうすればいいんだ、これ)」


 第一王子への怒りと困惑が抜けてきて、徐々に不安と恐怖が勝ち始める。


 あの時負けた相手。俺を失墜に導いた因縁の敵。

 俺のレベルは上がり、きっとあいつと同じ値になっているはず。それでも、まだ向こうの方が格上だ。天使寄への対抗策なんか、どれだけ考えても思いつかなかった。もちろん、今も無い。


「(単純に強いんだよ、こいつ……!)」


 長い刃物を持ち、速さでひたすら押してくる。魔法の世界でも、脳筋は怖い。

 小手先の技や作戦は、意味を成さない。それくらいで対処できるなら、国の脅威と呼ばれることはなかったはずだ。


「すー……」


 細い呼吸音と共に、天使寄は蜂が飛ぶような怪しい剣の動きを見せる。


「ふー……」


 指揮棒より自在に、剣が舞う。ステータス画面を曲芸のようにかわしながら、剣の先端が俺に触れる。


 ……さも当たり前のような素振りで、神の加護を得た俺の肌が切れる。


「(スキルか!)」


 剣に威力を纏わせるスキル……ではないな。魔力が芯から湧き出ている。天使寄の手元から送り込まれている感じはしない。


 剣そのものが神の産物なら、納得がいく。そうでなければ、今のように軽い動きで、これほどの威力を生み出すことはできまい。


 スキルで、剣を……。


 ……はあ?


「馬鹿か、お前!?」


 天使寄の理解不能な思考に対し、思わず罵倒が飛び出してしまう。


 あのクソ神が掲示したスキルは、山ほどあった。役に立ちそうなものから、ロマンのあるものまで。

 その中から、よりにもよって剣を。日本にいた頃から剣を握っていたわけでもないくせに。


「なんで、お前……!?」

「何が?」

「その剣だよ、剣! あんだけスキルがあって、なんでそれなんだよ!? 好きな物を増やせるスキルとか、取るべきもんが他にも色々あっただろう!?」

「んー」

「というか、転移先は魔法が跋扈する世界だと薄々察することができたはずだ。剣なんか役に立たないかもしれないし、最悪必要になっても現地調達でいいだろ!?」

「うん。まあ、そうかも」

「そもそも、お前……剣なんか、握ったこともなかったはずだろ……。なんで、こんな……」

「うーん」


 生活に便利なわけでもなく、殺し合いで効果を発揮するかどうかもわからない。俺のようにバイクに執着しているわけでもなく、思い入れさえない。そんなものを、わざわざ神から貰うだなんて。


 俺は戸惑いながら、天使寄の剣の間合いから外れる。

 理解不能の存在を前にして、打ち合う勇気がなくなったからだ。


 天使寄はクスリと微笑みながら、足元の石を蹴り上げる。


「よくわかんなかったから、強そうなのにした」


 馬鹿だ。こいつは本物の馬鹿だ。

 考えることを放棄して、適当に選んだのか。文字通り生きるか死ぬかの場面で、ろくに悩みもせず。


「えい」


 天使寄が足で飛ばした石は、円卓のカケラ。この国で最も硬い魔道具だ。

 天使寄の脚力に乗れば、俺に付与された神の加護の上からでも、痛みを与えるくらいの威力を発揮できてしまう。


「いっ!?」


 剣が届かないと思って油断した俺の膝に、石がぶつかる。

 画面に流した魔力が乱れる。集中力が途切れた証。


「(来る!)」


 この隙を見逃す天使寄ではない。攻めしか頭にないあいつが、突っ込んでこないわけがない。

 そう考えて、反射的に俺は車輪を転がす。さっきはこれで対処できたからだ。


 しかし、天使寄は高速回転する車輪を華麗に踏みつけて、宙に舞う。


「さっき見た」


 振り上げられた剣が、俺の耳を削いでいく。


「ひっ」


 頭を狩るつもりだったはずだ。避けられたのは、単に俺がコケたからだ。

 負けていた。転ばなければ、負けていた。実力で負けていた。この女の剣に、負け、負けて……。


「ああっ……」


 情けない声と共に、俺の中の恐怖が膨れ上がる。

 死ぬ。こいつの剣で。今度こそ。


「あああああ!!」


 俺は無我夢中で逃げ出そうとする。背を向けたところで、天使寄の速度から逃げられるはずがないのに。


 天使寄の刃が、首筋に迫る気配がして……。


「!」


 会議室が崩落する。

 爆発と天使寄の登場、そして俺たちの戦闘が合わさって、耐えられなくなったのか。


 青白い剣が俺の頭上をすり抜けて、何か硬いものに当たる。


「ちっ」


 癖である舌打ちと共に、天使寄は下がっていく。

 俺と同じく足場を失った彼女は、円卓会議室の柱にしがみついて、落ちないように踏ん張っている。


 俺はすかさず服の内側に手を伸ばし、落下に支配されながらも、無我夢中で魔道具を掴む。

 教団で作っていた、出来の悪い量産品。魔道具の銃だ。


「帰れっ! 北に帰れーっ!!」


 散弾を3発。

 さながら、突進する熊に立ち向かう猟師の気分だ。


 天使寄は俺の弾丸を当たり前のように剣で弾き、面倒くさそうな顔をする。


「はあ……」


 侮蔑混じりの、深い吐息。

 あいつの身体能力なら、まだまだ追えるはずだが……何故か追ってこない。本当に面倒くさくなったのか? それとも銃を警戒しているのか?


「ぐふっ……!」


 3階ほど落下した俺は、砂だらけになって泣きべそをかきながら、必死に隠し通路へと逃げ込む。

 崩落の機嫌次第だが、ここは城に仕掛けた火薬が薄い。しばらくは無事なはずだ。現に、今でも形を保っている。


「ふぐぅ……。俺は……俺は……」


 第一王子に言論で負け、天使寄に実力で負け。

 惨めな俺は、たまらず暗がりへと飛び込んでいく。


「復讐のため。あくまで、復讐のためだ。あいつと殺し合うのが目的じゃない」


 折れそうな自分に言い聞かせる。

 狂咲矢羽さえ殺せれば、俺の目的は達成される。飛田の無念を晴らすだけでいい。あいつは天使寄ほどイカれていないし、強くもない。勝てるはずだ。


「俺は……復讐を……」


 頭に叩き込んだ地下通路を進み、俺は城の外へと向かう。

 無意識のうちに拠り所に求めているのか、自然と俺の足はヘリのある方を目指していた。

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