王の詭弁
《素駆交矢》
俺は今、王城を制圧している。
国の中枢を担う主要人物の大半は逃げ出している。ここにいるのは、一部の王族と物好きな護衛だけだ。
「どけ」
俺はスキルの車輪で前方の敵を薙ぎ払いつつ、これまでの苦労を振り返る。
ペール国と裏儀式の馬鹿どもを誘導して、どうにか今までやってこれた。
国取りや復讐を望む連中が多かったせいで、田舎町であるグリルボウルに攻め込む理由を提示できなかった。あいつら何かにつけて王都へ行け、王族を殺せとケツを蹴りやがる。
俺にとって重要なのは、狂咲への復讐だ。
奴らと手を組んでいるのも、国中を敵に回しているのも、全ては狂咲矢羽を殺すため。
仲間意識なんか無い。適当に使い潰して、役に立ってもらう。
……こういう考え方、裏儀式の連中と同じだな。
「はあ……。さっさと済ませちまおう」
王城の周囲を雑魚どもに任せ、一人で突き進む。
目指すは円卓。俺が解雇された場所。
激しさを増す攻撃を掻い潜り、複数箇所に仕掛けた魔道具の爆弾を起爆する。
「よし」
狙い通りの階が、狙い通りに崩落した。
俺の魔力によって大量の兵器を用意できたことと、城の構造を把握していたのも大きいが、何よりブラッドレッドの騎士団施設を落とした経験が役に立った。
誰かの悪戯か、それともシロアリか何かの被害によるものなのか、あそこの施設は穴だらけだった。おかげで効率の良い破壊に関するアイデアを得られたわけだ。
「あそこに穴。あそこに……」
城の内部には、秘密の通路が山ほどある。円卓の連中も、新入りですぐに抜けた俺が知っているとは思っていないだろう。
俺だって、教団員が城の内部に潜入していなければわからなかったさ。そいつだって、俺の証言と組み合わせて、ようやく正しい通路を知ったようだからな。
そんな入り組んだ通路のおかげで、王がいる城はあっさりと半壊したわけだ。ざまあねえな。
——穴だらけの廊下を通り、俺は円卓への扉を開く。
「来たか」
第一王子だ。俺をクビにした男。
相変わらず美術品のような顔をしている。体温が感じられない。
「あんた一人か」
傷ひとつない円卓を眺めながら尋ねると、第一王子はあの時から何ひとつ変わらないふてぶてしさで答える。
「配下は逃した。ここには我しかいない」
「立派なこった」
皮肉と共に、俺は円卓の上に座る。
威圧的で権威のある円卓を尻に敷くのは、気分の良いものだ。
「死ぬ寸前まで王座を温めるなんて、秀吉も拍手喝采だろうな。……わかんねえか」
「懐で草鞋を、だったか?」
何故知っている。この世界の偉い血筋に生まれて、この世界で育ったお前が。
俺が顔を上げると、円卓より更に上にある王座から、第一王子がこちらを見つめているのがわかる。
出来が良すぎる機械のような顔。人情の感じられない目。2つの赤色が、監視カメラより正確に、俺の顔を捉えている。
「神の使徒は、お前たち日本人が初めてではない。この世界の幼き神は、定期的に人を招き入れている」
「そうらしいな」
「故に、我々は使徒の有用性を理解している。可能な限り文化や価値観を理解して、懐柔を試みるのが最善だ」
「……そうだな」
「騎士団にいた頃に、末田灯がヒデヨシの逸話を……その様子を見るに、これ以上は不要か」
末田も少し話題に出した程度だったのだろうが、そんな細かいことまで記録して、王族の耳に届いていたのか。
俺は段々と背筋が伸びていくのを感じる。
テロリズムによる破壊は、痛快でさえあった。魔法が存在するこの世界においても非現実的で、非日常的だった。
しかし、そんな不健康な興奮が……第一王子の言葉で剥がされていく。
「お前たちのことは、よく知っている。本来は平和な世界で暮らしていたのだろう?」
「ああ、そうだ。迷惑してるよ。おかげさまで」
「何故、こんな手段を取っている? 生まれつき平和を好むはずのお前が……」
王子は俺の根本に切り込んでくる。
誰にも腹の底を見せないくせに、一方的にこちらの腹を探ってくる。
不快だ。だが、振り払えない。
「目的を計りかねているが、きっと建国ではないのだろう。ペールはペールたる由来があって成立していた。この地では民が納得するまい」
「国なんか知らねえよ。そんなデカい話じゃない」
「なら、私怨か」
国家規模の視点から個人的な視点に、王子の目は大幅な転換を見せる。
「南東の集団と仲違いでもしたか? それとも西の国の野分にでも挑むのか?」
「あんたが知ったことじゃないだろ。これから死ぬって時に、ずいぶん悠長だな」
「人を知るからこそ、かけられる言葉がある。これから先を生きる者への助言だ」
……第一王子は、やはり手強い。殺そうとしても雰囲気で飲み込み、殺意を削いでくる。雰囲気から脱しても、先が気になるような語りでまた削いでくる。
「北での失敗を受けて、お前は神の使徒に立ち向かう勇気を失った。故に、こんな大がかりで遠回りな作戦を立てたのだな」
「俺が弱いと言いたいのか……?」
「手段を間違える男だと言っている」
天使寄雪刃。あいつは強かった。なら積田たちに挑むに際し、より入念な策を練るのは当然だろう。
間違えていない。俺が奴を殺すには、こうするしかないはずなんだ。
自己弁護を頭の中で並べ立てる俺に、王子は顎を向ける。
「お前の復讐に加担する気はない。止めるつもりもない。ただ……短慮を治せと言ったはずだ」
「じゃあこれ以外のやり方があるのかよ!?」
「ある」
あるのか?
いや、そんなはずはない。ハッタリだ。
「神の掟を読み解き、力を高める。毒を仕込んで殺しに行く。これらはどうだ?」
「はあ?」
あいつらも神の掟も知らない王子にとっては、そう見えるのか。やはりこいつは、人の心がない。人の国にいる資格があってたまるか。
俺は散々窮屈な思いをしてきた心を解き放ち、まくし立てる。
「俺の神の掟は頭打ちだ。ここに来る前に、ヒューマスキンの民を殺してレベル上げをした。40になったら止まった。それが限界なんだ。あんたはどうせ知らないだろうが……」
「掟の解析を試みた者たちの記録は、我も目を通している。お前たちが現れる前からな」
記録。そんなものがあったのか。
そういえば、俺たちの前にも転生者はいるんだよな。なら、そいつらが掟を持っていてもおかしくはない。いや、持っているのが当然だ。
神の使徒が英雄と直接結びつく程度には、この国における加護は知識として浸透している。
「40が限界という点は、過去に記述された通りだ。だが、お前がその壁を破れないとも限らない」
無茶を言うな。そう言いかけて、口が閉じる。
そんなことを断言できるほど、俺は神を知らない。
いや、神だけじゃない。俺自身のことも……。
「スキルとやらも不可解な部分が多い。魔力的な条件を満たせば増えるようだ。今のところ、20程度が上限のようだが……」
「20……!?」
そんな数は聞いたことがない。4つがせいぜいだ。
だが、俺たちはスキルを積極的に取りに行ったことがない。否定できない。向こうには歴史に裏付けされた根拠があるというのに。
王子は困惑する俺に向けて、変わらない氷の視線をぶつけてくる。
「長い研究の末に辿り着く境地だ。お前なら不可能ではない。……いや、今となっては不可能になってしまったかもしれないが」
「それまで我慢しろってのか?」
「怨みを抱く身では難しいか? なら、状況が変わらないうちに、毒でも盛れば良かったのだ。殺したい奴が、お前を警戒していないうちに」
王子の言わんとしていることを、俺は察する。
北にいる天使寄との戦いと、同じ失敗をしている。
「俺は、まだ半端だってのか!? こんなに殺して、尖りに尖って、手段を選ばないことに決めたのに!?」
「お前は手段を選ばなくなったのではない。過激な手段をあえて選ぶようになっただけだ。むしろ弱体化しているのではないか?」
こいつ……。こいつ、俺の覚悟を否定しやがった。
「揚げ足とってんじゃねえよ王子の癖に!」
ついカッとなって、ステータス画面を出してしまう。
オリバーほど鍛えてもいないこの王子なら、ぶつければ即死だろう。
それなのに、手が出ない。ここまで堕ちてきたというのに、まだ理性が邪魔をする。
まさか王子は、俺がそういう人間だとわかった上で、この態度なのか? 全部お見通しで、ここに座っていると?
「素駆交矢。我は未来の王として……そして、一人の友人として、残念に思う」
第一王子の視線が、初めて逸れる。
「お前はもっと、偉大な者になるはずだった」
……偉大。
今の俺は、偉大ではない。
大勢の人間を扇動して、従えて、目的のために奔走して、それでも偉大ではない。
事実だ。
何故なら、当の俺自身が、それに納得している。してしまっている。
「今更……」
いつのまにか玉座を降りている第一王子。背を向ける姿も、さまになっている。
そんな彼に向けて、俺は震える声で叫ぶ。
「んなこと言われて、今更引き返せるかよ!」
第一王子の言葉は、俺を説得するためではない。俺に命乞いをしているわけでもない。
ただ単に、俺に興味があったから。王子という立場でありながら、俺という個人に期待していたから。立場の違いを踏まえた上での奇妙な縁……その名残として、俺に語りかけただけだ。
「そうだ。もう引き返せない。我は……お前と絶交しなくてはならないな」
途端、円卓が砕ける。
この国で最も偉大な魔道具。王都を守る外壁よりも更に頑丈で、歴史あるアーティファクト。この国の象徴であり、騎士団の誇りであるそれが……。
「こいつでは、お前の代わりにはならないからな」
石ころになった円卓の下から……白い髪が躍り出る。
見覚えのある姿。一度見たら忘れられない容姿だというのに、またしても俺の前に立ちはだかるか。
「天使寄……!」
「邪魔」
数えきれない血を吸ってきた剣が、青白く光る。




