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目覚め・演者

 俺たちは怪物から距離を取る。

 奴は五感が鈍いようで、すぐに俺たちを見失った。


「オイラたちの目的はアイツじゃない。このまま逃げるのも手じゃないか?」


 願者丸の提案に、クリファが否と言う。


「だめ。たぶんあれ、裏儀式だから。殺さないと」


 クリファも俺と同じ予想を立てていたようだ。


 泉に潜んでいた、ドロドロの怪物。裏儀式の産物だとしたら、あれほどの戦力を腐らせておくのは勿体無い。

 何らかの役割があるか、製造者でも制御不能な爆弾と見るべきだ。どちらにしても危険極まりない。


 ……しかし、わざわざ俺たちが対処する必要があるのかどうか。人命がかかっている今、タイムロスは避けなければ。


 工藤は渋い顔で怪物がいる方角を見つめ、唸る。


「足止めされるのは嫌ですが、倒さないと後が怖いですね。あの大きさと臭さは、とても放置できません」

「なら、この一晩で決着をつけよう。今夜の間だけ戦って、それ以上かかるようなら、諦めて逃げる」


 無茶はしない。深追いもしない。本来の目的を忘れてはならない。これはあくまで、道中のついでだ。


「わかりました」

「戦争帰りに寄るのも面倒だしね」


 全員の意見が一致した。怪物退治を再開しよう。


 〜〜〜〜〜


 残りの面々も合流し、四方八方から総攻撃を始める。


 まず、怪物全体を炎で燃やす。これは失敗。

 地形を変えるほどの土魔法で落とし穴を掘り、埋め立てる。これも失敗。

 俺の呪いを当ててみる。分離されて失敗。


 失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。


 夜明けが近くなり、皆の間に諦めムードが漂う。

 誰も傷付いてはいないが、目標を達成できないというだけで、士気は下がるのだ。


「いくらなんでも頑丈すぎる。これはちょっと無理そうだな……」


 飯田の弱気な呟きに、末田が同意する。


「逃げるが勝ちでありんす」


 しかしながら、最前線に立つ矢羽と水空は納得がいかないようだ。


「王都で同じ奴に出くわす可能性があるでしょ。その時に対抗策がなかったら、厳しい戦いになるよ」

「そうねー。だいたい、こんな愚図に勝ちきれないのもムカつくし」


 闘争心が剥き出しの水空はともかく、矢羽の主張はもっともだ。

 こいつを作るための理論を応用して、更に強大な怪物を生み出している可能性さえ考えられる。それに立ち向かうためには、策が必要だ。


 俺は悪臭漂う山を駆け回りながら、あの怪物を倒す手段を考え続ける。


「どうにか良い手はないか……?」

「なくはない、かも」


 胸元で光る、双子の声。

 文字通りの神の視点で、何らかの手を思いついたのだろうか。


 子を頼るのは親として情けないが、背に腹はかえられない。大人しく助言をもらおう。


「作戦があるのか?」

「あ、あう……。作戦ってわけじゃなくて……。ママにやったこと、他の人にやったら、役に立てるかなって……」

「あのピカピカ、きっとみんなもできるだろうね」


 願者丸のスキルを強化した、あの光か。

 神の掟に魔力を注ぎ、レベル50をも超えた神域に到達する。それを全員に行えば、スキルの強化によって打てる手が多くなる。そうすれば、打開策が見つかるかもしれない。


 俺は迷わず、双子に頼む。


「やってくれ」

「でも、一度に何人もするのは無理かも……」

「ひとりピカピカにすると、くたくたになっちゃうのだよ」

「ぼくたちの力をあげても、その人の感情係数によっては強くならないかもしれないし……」

「やるきがあるのが、いちばんだいじだねえ」


 神にとっても、負担が大きいのか。そのうえ、受け手の努力次第で成果は変わると。

 ならば、最も強化される可能性が高く、手の内が広がりそうな仲間は……。


「工藤!」


 俺は盗聴石で彼女の名を呼ぶ。

 人形のバリエーションが多く、進化の可能性に期待できる。裏儀式への殺意が高く、気力も万全。


「力が欲しい。こっちに来てくれ!」

「はい!!」


 返事をするや否や、工藤は巨体の踏み込みで地面を揺らしながら、崖や岩を飛び越えて来る。


「敵の増援ですか!? すぐに殺します!」


 怯えていた昔の彼女からは想像もできないほど、殺意に満ち溢れている。慣れとは怖いものだ。


「違う。提案があるんだ」


 俺は双子の案を簡潔に伝え、同意を得る。


「わかりました。やってみます」


 一人に注げば、その日はくたびれてしまう。失敗は許されない。

 工藤は緊張により渇いた唇を結び、双子を手のひらに迎え入れる。


「高嶺さん。天見さん。……お願いします」

「まかせてくれたまえ」


 双子は工藤の手のひらに包まれたまま、優しく心地よい輝きを放ち始める。

 直視しても目に痛くない、不思議な光。暗い夜の中で、昼のような安心感が辺りに広がっていく。


「『光:あれ』」


 怪物の一部が近くに落下する。しかし、神の魔力にかき消され、空に溶けていく。

 純粋かつ神聖な力が、邪悪を滅ぼす。まるでおとぎ話のような光景だ。


「ああ……。なんだか懐かしい心地です。こんな経験、初めてのはずなのに……」


 光の中心にいる工藤は、夢を見ているかのように浮いた声で、独白する。


「私が、人形のスキルを選んだのは……この世界でも人形と共に暮らしたかったから……」


 スキルを選んだ理由。死を経た直後の自分を見つめ直し、魂の根本に触れる。


 〜〜〜〜〜


 《工藤愛流変》


 ——私は愛されて育ちました。

 物も人も与えられて、甘やかされて、温室の中でぬくぬくと育ちました。

 客観的に見て裕福で、主観的にも幸せでした。恵まれている自覚はあります。

 受けた幸せを世の中に返すべきだという義務感も、同時に芽生えました。正義を持って生きられることも、またある種の幸せで……。


 ——人形は、母の趣味でした。

 自室に入ると、一面にふわふわの布。可愛らしいデザインのものが多く、統一感がありました。

 私にも同じ趣味を共有してほしかったようで、博物館に連れて行ってもらったり、手編みの人形を貰ったりしました。

 押し付けが強かった気もしますが、悪い人ではありませんでしたよ。私も嫌ではありませんでした。


 ですが、決定的な違いがありました。

 私は可愛いものより、かっこいいものが好きだったのです。


 ロボット。恐竜。ヒーロー。私の名前とは裏腹に、力強い存在に心惹かれてしまいました。

 秩序を重んじる生来の性質によるものでしょうか。自らの強さを示し、周囲を導いていく……そんな姿に憧れたのです。


 ——いえ、それだけではありませんね。

 私は、それだけの人間ではありません。


 正義感。そんな美しく整った願いだけではなく。


「私は……」


 内側から湧き上がってくる、欲望。


 強くなりたい。

 私自身が。


 恵まれた境遇にいながら、親の与えられたものだけを摂取して生きていくのが嫌だった。可愛くないものも手に入れたかった。好きなものを愛でて、好きなものを隣に置きたかった。


 ルールを蹴飛ばしてでも。

 世の大数に逆らってでも。


 ——そうだ、私は。


「自分の『好き』を、貫きたい!」


 私の内側から、何かが溢れてくる。

 エネルギーの塊。生きた熱。私の中にあるだなんて信じられないほど、力強いもの。


 私は心の底にある力の源に、手を伸ばして——。


 〜〜〜〜〜


 俺たちが見守る中、工藤の体に光が漲る。


 工藤 愛流変   レベル50

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…62    人形

 魔力…50    黒魔法信仰

 防御…40    神性

 魔防…49    死線

 速度…34


 薄桃色の画面が赤味を増し、強い力の奔流を帯びる。

 目を奪われるほどに眩しい。もはや彼女の姿しか見えない。


「これが私の、目指す道……!」


 ステータス以外の何かが変わったようだ。双子の言葉通り、スキルは心の在り方に強く影響されるのか。


 自信に満ちた表情でキリリと微笑む工藤。

 その背後から、怪物の破片が飛来する。


「危ない!」


 少し離れたところにいる水空が、カバーに入ろうと試みる。

 的確な援護だが、工藤は反応できている。不要だ。


「(今の工藤なら……)」


 工藤は胸に両手を当てて、体内から巨大な剣を取り出す。

 明らかに人形の領分を外れた、精巧かつ煌びやかな宝剣だ。2メートルある工藤より更に長く、常人には御しきれないだろう迫力がある。


「私は!」


 威勢を発揮し、振り向きざまに怪物を斬る。

 神聖な魔力を帯びた、輝ける一撃。醜い怪物に触れたというのに、汚れが付く気配がない。


「私は……私が好きなものが、好きです!」


 高らかに叫び、工藤は泉に向けて走る。

 高校生だった頃の彼女は、演劇部に所属していたという。よく通り、よく目立つ声だ。まさに英雄的で、芯が通っている。


「正しいことが好き! 可愛いものが好き! かっこいいメカも、派手な演出も、無口なあの人も、みんなみんな大好きです!」


 無口なあの人とは、誰のことだろう。普段の言動から考えると、俺のことだが……。

 だとしたら、俺は……かなり恥ずかしい。既婚者への公開横恋慕はやめてくれ。


「はっ!」


 工藤は分厚い銀色の剣を軽々と振り回しながら、怪物へと迫っていく。

 掠っただけの木が微塵に粉砕されるほどの、暴力的な行進。止められるものは無い。あれはもはや、神でさえも……。


「全身全霊で、ワガママになります! 私がルールに……そして、歴史になるんです!」


 歴史。ここに来たばかりの頃は、地球の歴史を思い出して書き残していたな。懐かしい。


 工藤はより一層凄まじい神力を身に纏い、悪を滅するべく剣を振り上げる。


「邪魔をするなら……消えろ!」


 泉から這い出た巨大な怪物。山にあるどの木よりも大きく、どの岩よりも圧倒的な体積を誇る、醜悪な塊。

 直接立ち向かうには、あまりにも強大すぎる存在。そんな怪物に、工藤は恐れることなく剣を叩きつける。


 宵闇の中、彗星のように尾を引く一撃。

 聖なる輝きにより、斬り込みと同時に、山から影が消えてなくなる。


「お……」


 頭部らしき塊に剣が埋まり、怪物が声を上げる。抵抗する様子はない。


 だが、進化した工藤のステータスでも、完全には押し込みきれないようだ。とてつもない分厚さの体により、徐々に押し返されつつある。


「お……おお……すく、い……」


 怪物から伸びた触腕が遠くから回り込み、工藤の体を背後から包み込もうとしている。

 迎撃というより、抱擁。工藤を体内に取り込もうとしている。


 しかし、願者丸とクリファの魔法が細かく散り、細い腕の群れは霧散する。


「これくらいなら、ボクでもできる」

「いい魔法だ、クリファ」


 2人の援護を受けて、工藤の剣は迷いを捨て、怪物の腹まで沈んでいく。


「粛清!」


 両断。


 剣から発される浄化の光輝が、怪物の断面から漏れ出す。

 腐臭がする汚物を塵一つ残さず消し飛ばし、跡には蛍のような光だけが残る。


 圧倒的な力。美しく、魅力的で、容赦がない。

 まさに英雄。


「成功だ」

「よかったよかった」


 双子は俺の胸元に戻ってきて、眠そうにしている。力を使い果たしたのだろう。


「ありがとう。ゆっくり休め」


 俺は2人を両手で抱き止めて、工藤に歩み寄る。

 工藤はすっきりした笑顔で振り向いて、巨大な剣を掲げる。


「原初の人形は、信仰の対象として生まれました。人によって作られ、人の願いを一身に受け止める存在。……私もまた、それになれるはずだと思っていました」


 この国から英雄視される彼女。土偶など、太古の昔から信仰を受けてきた人形。2つの存在が重なり合い、意見を一致させた。


「私自身を『人形』にして、信仰を受け……神の魔力を行使する! それが新しい私の力です!」


 工藤の剣が天を突くと、雲が割れて月が見える。

 感動的な演出だが……本当に演出で済むのだろうか。雲の上にいる幼女神が怒っていないだろうか。


「まさか、こういう進化をするとは……」


 人形のバリエーションが増える。人形が意思を持つ。そんな強化だと予想していたのだが……。


 俺の呟きを拾い、工藤は自信に満ちた声を返す。


「人任せにしたくないので!」


 なるほど。委員長らしいな。

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